「百年に一度の自動車変革期」にあたり、次世代技術に注目が集まるなか、バッテリーEV(BEV)の普及が「踊り場」を迎えている。主要国で2023年の暦年販売台数の伸び率がハイブリッドカー(HEV)を下回った。生活習慣や嗜好が「BEV向け」の人に行き渡ったのでは…と言われている。今後ここからさらにBEVが普及するためには、(たとえば「急速充電器の整備」などとは別に)社会の仕組みを整える必要がある、と自動車ジャーナリストの清水和夫氏が語る。

文/清水和夫、画像/清水和夫、AdobeStock

■中古BEVは急落する? それとも大丈夫?

「もしトラ」という言葉をよく聞く。「もし2024年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプ氏が当選したら、世界はどう変わるか」という意味で使われるが、その一環で「エンジン車が復活するのでは」と期待するアメリカのアンチBEV派も少なくない。「もしトラ」の予言が当たると、BEVは一時の過熱状態を脱し、「ほらね、ハイブリッドが見直されているよね」という論調も現在よりさらに勢いづくだろう。

 だからといってBEV開発に手を抜いてよいわけではない。むしろ「BEVの課題を正面から見直し、持続可能なBEV普及シナリオを考える時間的な余裕が与えられた」と受け止めるべきであろう。「BEVかHEVか」ではなく、再生可能なエネルギーが持続的に使えるモビリティ社会の構築が最終的なゴールだからだ。

「もしトラ」だろうが「BEVかHEVか」だろうが、未来は混沌としており、あらゆるオプションを用意しておくことが重要と言える。

 たとえばトヨタ自動車ほどの規模と資金があれば、どのメーカーもあらゆるオプションにチャレンジできるが、中小規模のメーカーは選択と集中が必要だろう。

 そのいっぽうで、こうした課題は「BEVやHEVをどれくらい、どう作るか」というサプライサイドの話に過ぎない。これだけでなく、これからは「中古になったBEVも含めて、長くユーザーに安心して使ってもらえるシナリオ」を考えることが重要であろう。

BEVはどこまで普及してゆくのか。「2050年までにカーボンニュートラル社会に」というゴールは決まっているので、そこへたどり着く道を模索中。「すべてBEVに」は現実的ではないが、一定以上の普及は確実。問題はそれに合わせて社会をどこまでどう変えるか、という点にある

■サブスクは救世主となるのか

 CASE(コネクテッド、自動化(知能化)、シェアリング、電動化)の予言どおり、自動車界では電動化と知能化が進みつつあり、それにともないクルマの価格はどんどん高くなっている。バッテリーのコストは高く、半導体もコストがかさむ。若いユーザーはとても新車が買えない状況だ。

 そこでサブスクリプション(一定の料金を払うことで利用できる仕組み)という新しいクルマの利用法が少しずつだが広まってきた。これは「所有」から「利用」に価値を重んじるゲームチェンジだ。そこでトヨタはKINTOを立ち上げ、売り切りビジネスではない選択肢を提供している。

料率の高い若者でも安価に車両保険を利用できるKINTO。人気車に乗ることもできるし、商談のほとんどをオンラインで可能なところも利点

 筆者は実際にKINTOでGR86を契約した若いユーザーに話を聞いたことがあるが、自動車保険は若い人ほど保険料が高いので(保険料が一律で契約料に含まれる)KINTOは、若者にこそご利益があるという。実際には友人二人と割り勘で費用を負担し、GR86のドライブを楽しんでいるという。

 いっぽうで、BEVはどうか。残存価格を高く設定し、補助金を使うと一次ユーザーはBEVを利用しやすい。しかし、数年後にリース車が戻ったとき、リース元は車両を高値で買い取ることになる。ところがBEVの中古車は現在(いくつかのモデルで)高くは売れない。

 つまり二次ユーザーが買い取るときは「誰か」が損をすることになる。

 もし、ポルシェ911カレラ(ガソリンエンジン搭載のスポーツカー)のようにリセールバリューが高く維持できるモデルであれば、リースで回すことになんの問題もない。が、BEVのタイカンは、911のようにはいかない。

 走行距離が少ない新古車を買うユーザーもいるが、走行距離が多い中古BEVは下取り価格が不安定でリースを回すことが難しい。まして、2024年度からタイカンの補助金は大幅に減額されている。

「下取りが難しいクルマ」はいずれ新車販売に影響が出る。兎にも角にも、BEVはリセールバリューを高め、合理的に二次ユーザーへバトンタッチする必要があるのだ。

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■BEVのリセールが低い理由は

 現状のBEVは「リセールバリューが低い」と認識されているが、BEVの中古車予測にはいくつかの仮説がある。

 その仮説のひとつ(A)は「BEV中古車は大幅に下落する」という説。

 BEVの減価償却率は現時点ではそれなりに(ガソリン車よりも)低いが、テスラやBYDの新車が値下げを繰り返していることを考えると、今後中古車相場がさらに大幅に下落する可能性が高い。そもそもバッテリー技術はまだ未成熟分野であり、バッテリーの革新的な技術が現れると、既存のバッテリーの価値は急落する可能性も高いのだ。

 BEVが中古市場に並んだ場合、搭載バッテリーが「最悪の状態で使われたのでは」とセカンドユーザーは心配する。「このクルマは急速充電を繰り返したか、あるいはゆっくり充電したのか」が分からないからだ。

 知り合いの「BMW i3」オーナーは10年10万kmを走破したが、バッテリーはあまり劣化していないと聞いた。この個体は急速充電(CHAdeMO)をほとんど利用していないという。

 200Vの交流でゆっくり充電すると、リチウムイオンバッテリーは長持ちする(ゆえに「CHAdeMOのインフラが少ないから日本はBEVが普及しない」と考えるのは間違っている)。

 バッテリーは、その使い方がバッテリーの劣化(寿命)に大きく影響する。だが現在世界で販売しているBEVの多くは「どのように使われてきたか」の履歴が残されていない。こうした状況が続くのであれば、「一巡後」のBEVの価格は大幅に下落すると予想せざるをえない。

 もうひとつの仮説(B)は「中古BEV価格は下落しない」という説。

 一部の中古BEV専門店からは「BEVはガソリン車と比べて部品点数が圧倒的に少ないぶん、バッテリー性能さえ安定していれば故障も少なく、相場価格も維持しやすい」という声もある。

 しかし、「バッテリーさえ安定していれば」という条件付きなので、結局、仮説(A)も(B)も、バッテリーの使われ方次第となる。その意味では仮説(A)も(B)も同じ課題に直面しているのだ。

 車両コストの40%を占めるバッテリーの実態が不透明なまま、床下に収まっているのは気持ちが悪い。

 リチウムイオンバッテリーは発火しやすい高エネルギーを有する部品だ。中古車として販売店に並んでいても、どのBEVがまともなのか、まともでないのか、現状では分からない。販売員に聞いても答えることはできないだろう。こうした不安がある中では、そもそも健全な中古車市場を成り立たせるのは難しい。

ガソリン車の半分とも1/5とも言われるBEVの部品点数。そのぶん整備費用は安くなる…と言われていたが、しかし車両本体価格のうち40%を占めるバッテリーの性能評価がブラックボックス化されており、中古価格が不安定化している

 ライフサイクルの中で、バッテリーの性能が大きく問われるBEV特有の課題が浮かび上がっている。エンジン車で成長してきた伝統的な自動車メーカーは、売り切りのビジネスモデルなので販売後のクルマにはあまり興味がない。

 政府もBEVを普及させるための補助金を与えているが、この政策は売り切りビジネスを助長するだけなので、愚策と言わざるを得ない。上述のとおり、一次ユーザーは補助金を利用できるが、二次ユーザーは補助金もなく、バッテリーの履歴も分からないまま、宝くじを買うように、中古車をチョイスするからだ。

 だが、もしバッテリーの履歴を正確に記録し、デジタル技術の「ブロックチェーン」(BC)というツールが使えるならば、中古車BEVは買いやすくなる。BCはデータを絶対に書き換えられないNFT(ノンファンジブル・トークン)なのだ。

■ブロックチェーン(BC)はバッテリー性能を正しく証明できるか

 バッテリーの充電履歴をデータで取得し、それを分散して記録するのがBCであり、この仕組みには中央集権的なサーバーが存在しない。完全に「Peer-to-Peer(ピアトゥピア)」で繋がるので、結果的にサーバー管理者が存在しないので、不正が起きないのだ。この仕組みは仮想通貨でも使われている。

 自動車業界の鬼才と言われるステランティスのカルロス・タバレスCEOは昨年ブロックチェーンを使う車歴システムを構築すると発表し、きたるBEV時代のサスティナビリティ(持続可能性)に備えている。またホンダはゼロシリーズのBEVではBCを使うとコメントしている。

2022年2月にイタリア本国で発表された(ステランティスの)アルファロメオ・トナーレ(HEVとPHEV)は、車両情報をブロックチェーンで管理している。今後このやり方が主流になってゆく…のか…?

 現在、モビリティにおけるBCを牽引するのはアメリカのMOBI(Mobility Open Blockchain Initiative)という非営利団体。ここには日米欧を中心に参画企業が集まり、BCとWEB3.0を進めている。

 一方、欧州はGAIA‐X、ドイツはCATENA‐Xというデータ連携するコンソーシアムも活発に動き、バッテリーの使い方からクルマの素材(部品)のカーボンフットプリントをデータでマネージメントする仕組みが出来ている。そしてMOBIと連携しながら国際的な協調領域が広がっているようだ。

 日本はこの欧米の取り組みにどう連携するのか、産官の動向が気になるところだ。

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■欧州電池規制法やバッテリーパスポートへの対応

 国内においてはBEVのリセールバリューを高めるためにBCが鍵を握っているが、それと同時に欧州では厳しい環境規制が矢継ぎ早に提案されている。

 そのひとつが欧州炭素国境調整メカニズム。これは環境規制の緩い国で生産したものを欧州に輸入する抜け道を防ぐために、欧州内外のカーボン排出量の差を国境で課金するメカニズムだ。

 さらにクルマの設計から廃車に関する規則案 (End-of-Life Vehicles規則) が提案され、BEVのLCA(ライフサイクル・アセスメント)が重要となる。具体的には回収とリサイクルを考慮した設計が要求される。

 バッテリーに関しては欧州電池規制法が2025年2月に施行され、バッテリーの原材料から設計・生産、そしてリユース・リサイクルにわたるLCA全体のデータを開示することが義務づけられる。その対象はクルマだけでなく産業用から携帯型などEU域内で販売するすべてのバッテリーが対象となる。

 BEVのカーボンフットプリント(LCA全体で排出する温室ガスをCO2に換算)は2025年2月から開示義務となる。

 さらに2027年2月からQRコードで読み取るバッテリーパスポートが施行され、原材料やカーボンフットプリントの閲覧が可能となる。

 このように、欧州では実効性のあるSDGsを推し進めるための規制が厳しさを増すなか、ステランティスのカルロス・タバレスCEOはBCを使うことはもちろんのこと、「バッテリーの重量を今後10年で半減すべき」とコメントしている。

■業界団体に向けた提言

 以下、官民そろって早急に進めるべき社会整備を書いておく。

1.バッテリーの使用状況の履歴を残す仕組みは、BEVだけではなくHEVもPHEVも同じ課題である。「HEV対BEV」というような議論は意味がなく、早急に取り組むべきことは「(原材料である希少金属の)資源確保」と「回収リサイクル」という、上流から下流までのライフサイクル、クルマの一生を評価する仕組みが必要だ。その意味ではHEV大国である日本は積極的にBC導入を急ぐべきである。

2.希少金属を大量に搭載するBEVが海外に再販されると、希少金属を回収できなくなる。欧州電池規制法のように、回収リサイクルを可能とするBEVの設計が必要だろう。業界を上げて仕組み作りが必要だし、車電分離という話も聞かれる

3.BCは車両からデータを取得するが、テスラが自前の充電器でADASデータも含めて走行データを取得し、安全性評価に使っている。現状のCHAdeMOは電力のやり取りしかできないが、テスラのように充電時に車両からデータを得るよう連携させる仕組みが必要だろう。すでに欧州ではGAIA-X/CATENA-Xが先行し、強靭な社会・持続可能性・経済発展・イノベーションを促進する取り組みが活発化している。

4.欧州は循環型社会をめざした新たな法規制が進むものの、日本でも脱炭素&資源循環の達成に向けた企業間データ連携基盤が必要だろう。日本は「ウラノス」というデータ連携があるが、それに関わる制度設計ができてない。

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