絶大な人気を誇るスーパーハイトワゴン軽自動車。その中でも販売1位、2位を争うスズキ スペーシアとホンダ N-BOXが、2023年秋に相次いでモデルチェンジして新型に生まれ変わった。この2台を水野さんはどのように評価するのか?

※本稿は2024年4月のものです
文:水野和敏/写真:奥隅圭之
初出:『ベストカー』2024年5月26日号

■軽スーパーハイトの評価

スズキ スペーシア カスタムハイブリッドXSターボ(2023年11月登場)

 今回はN-BOXとスペーシアです。いわゆるスーパーハイト軽ワゴンは圧倒的な販売台数を誇り、今や日本で最も売れているカテゴリーです。

 そのなかでも販売トップを争う2車がN-BOXとスペーシア。以前もこの2車を取り上げましたが、2023年夏から秋にかけてモデルチェンジしました。特に前型から進化した点などを中心に、徹底的に評価してみます。

 いつも言っていることですが、軽自動車の規格は抜本的に見直しを検討すべき段階に来ていると思います。N-BOXやスペーシアに限りませんが、上級グレードでは180万円から200万円超えの販価になった軽自動車は、室内の広さとともに質感も高まり、運転中のユーザーに軽自動車であることを忘れさせます。

 しかし、ブレーキや操安性などの緊急時の対応性能や、衝突安全性能は軽自動車の規格です。

 例えば側面衝突。登録車は1300kgの台車をぶつける試験をしますが、軽自動車は950kgです。実際、Bピラーやサイドシルを見ればわかりますが、ほとんどすべての軽自動車は「軽減された特別規定」で側面衝突の認証を取得しています。

 現実の交通事故では、軽自動車より重い車両と衝突することも多くあります。質量が小さく、また認証の衝突安全条件も緩い軽自動車がより大きなダメージを受けるのは物理法則からも当然のことです。軽自動車のユーザーはそのことを忘れてはなりません。

ホンダ N-BOX カスタムターボ(2023年10月登場)

 前置きが長くなりました。両車の細部を見ていきましょう。

 当然ですがプロポーションは両車ほぼ同じです。Aピラーの角度やルーフとの位置関係、キャビンの大きさやボンネットフードの高さ、ヘッドライトの後退角など、まったく同じです。

 軽自動車には車体サイズの制限があります。そのなかで室内空間を大きく取ることを優先しながら、衝突安全性などの法規対応や灯火類の位置や見え方などの規定を満たすと、「同じ」になっていきます。

 車体前端からダッシュパネルまでの距離は、衝突対応やユニット部品の搭載を考えれば同じになります。クラッシャブルゾーンは、前輪がダッシュパネルのタイヤハウスに当たることで止まります。当然フードの長さも同じになります。

 機能を追求すれば到達点はひとつです。F1だって共通の規定で性能を極限まで追求していけば同じ形状になるし、戦闘機だって機能を求めていくとほぼ同じ形状になります。

 とはいえ、N-BOXのほうがややホイールベースが長いですね。これはパワートレーン配置の違いです。そのぶん運転席の足元に余裕があり、ペダル配置にオフセットもなく自然です。

 ドライビングポジションは、ステアリングがやや遠いため、足で合わせると手が伸びてしまい、ステアリングで合わせると足元が窮屈です。ステアリングにはチルト機構は備わりますが、テレスコはありません。

 この、ステアリングが遠いのはコンパクトクラスでも多く見られますが、衝撃吸収のスペースが大きい普通車と違い、ボンネットが小さい軽自動車はハンドルと人の頭の距離を5cm程度離して(長くして)前面衝突時の傷害値を、距離で稼いで軽くしているためです。

■シンプルなN-BOXのインテリアには好感

N-BOXのシートはクッションにストロークがあって効果的に身体をホールドしてくれるのが高評価

 N-BOXのシートはとてもいいです。座った時にスッとお尻が沈み込むことで両サイドの出っ張りがなくともしっかりとお尻の位置を支えてくれます。乗降時に腿裏が引っ掛かることもなく、とてもスムーズ。このシートはよくできています。助手席側シートは運転席ほど座面が沈みません。硬さを変えていますね。

 コストの低減でシンプルな表示としている液晶パネルのメーターは、むしろ視認性がよく見やすい。インパネはブラック基調で、艶消しブラックの色調が合っていて上手い配色です。

 後席の広さはいまさら言うまでもないのですが、シート自体の作りがよくできていて座り心地がいい。座面の厚みもたっぷりあり、座面の先端も腿裏まできちんとサポートができています。

 ホンダは後席前倒時に座面がリンクで下がるので、低くフラットな荷室を作れます。座面を下げて収納するので、クッションも厚くできるのです。倒した後席を引き上げると座面ごと起きるので、さらに低くフラットな荷室が後席部にできます。これはフィットなどと同じ機構で便利です。

 スペース系登録車の後席よりも格段にいいシートです。登録車では「安さ」がユーザーメリットになりますが、スーパーハイト軽自動車の上級グレードの価格は、今や登録車よりも高価です。

 このクラスのユーザーは後席の使い勝手と快適性を、安さ以上に重視して求めています。ユーザーニーズを掘り下げた商品展開と言えます。

 エンジンルームを覗くと、スペーシアよりもN-BOXのストラットアッパーが高い位置にあります。高い分だけサスペンションのストローク量も10cm程度伸ばすことができます。

 これには車種ラインナップの規模と構成が関わってきます。スズキは軽自動車のラインナップ(車種)が多く、車高の低いアルトにも対応できる、共用プラットフォームを作る必要があります。一方ホンダはN-BOXのほかはN-ONEとN-WGNだけなので、極端に低くする必要がありません。

 N-BOXのエンジンマウントは流体封入ゴムを使い、車体側のブラケットは樹脂製ですね。これはプジョーも全車で使っていますが、この樹脂製のブラケットは振動も吸収できます。

 スペーシアは一般的な鋼板製のブラケットです。しかしマウントは流体封入を使っています。この、手が込んだ鋼板製のブラケットだったら、樹脂製ブラケットのほうが低コストだと思います。

 スズキは多様な軽自動車ラインナップに適応する構造に徹底しています。ラジエターコアはアルトのフード高に合わせた設計です。サスアッパーの構造などを見ても、車体構造としてはN-BOXのほうがしっかりとした作りです。そのぶん30kg重い940kgです。

 N-BOXのターボ過給圧は電制です。小排気量での出力レスポンスと排ガス対応からですが、贅沢な作りです。

■スペーシアの後席は快適な座り心地

座面先端を引き出すことでオットマンになる機構を組み込んだスペーシアのリアシートを「軽自動車を作りなれたスズキらしいアイデア」と絶賛する水野さん。後席は座面表皮のグリップがよく身体が滑らない

 室内を見ましょう。スペーシアは少しゴテゴテした印象です。色の使い方に統一感が不足しています。ブラックを基調としていますが、艶消しや輝いたピアノブラック、シボ入りが箇所によって使われていて、色調もバラバラで統一感がありません。シボも場所によって目の粗さやパターンが違い落ち着きません。

 運転席側の大きなカップホルダーやインパネ助手席側の小物収納トレーや、多くのUSBポートなど、使い勝手を優先した造形です。

 ドライビングポジションはやはり衝突安全対応でステアリング位置は遠い。ステアリングはチルト機構だけで、テレスコがないので最適なドラポジを得られないのはN-BOX同様です。

 シート自体はN-BOXのほうがクッションの沈み込みが大きく、座り心地もいいです。スペーシアはクッションストロークがあまりないためお尻が沈みません。しかし、表皮クロスが滑らない素材なので、座ってしまえばお尻も背中もしっかりと馴染みます。このクロスはいいです。

 スペーシアの後席は面白いですね。座面先端が可動な構造で、引き起こすことで後席に置いた荷物の落下防止になる。さらに手前に引き出して角度をつければオットマンになる。これは実用的なナイスアイデアです。

 それを抜きにしても後席はクッションストロークもたっぷりあり、また座面長も長く座り心地に優れます。これは長距離移動でも疲れません。後席を前倒させると座面はリンクで下がり、フラットで広い荷室になります。

 助手席座面を引き起こすと、その下には荷物入れがあってバケツのように取り出せるのは、スズキの得意ワザです。この構造でも助手席の座り心地は悪くありません。

■スズキ スペーシアの走り

フロントを大きめにロールさせて操舵反応を機敏にするN-BOXに対し、スペーシアはリアサスをストロークさせて追従させる操縦性とするのが特徴。両車のハンドリングは対照的な性格だ

 エンジンを始動すると、3気筒エンジンの振動をフロアに感じます。ステアリングにも微振動が出ています。軽自動車ということを考えれば、この程度の振動は許容範囲でしょう。

 いつものように歩くほどの極低速で左右にステアリングを大きく切ります。車体の左右反応に差はなくバランスされています。切り始めの反応がややダルに感じますが、これはトレッドが狭く重心が高い軽スーパーハイトゆえに、穏やかな動きを狙ったものでしょう。

 低速で走ると、路面のザラザラ感を拾います。これはショックアブの極低速域、0.05m/sec域での動き出しのフリクションが渋く、路面振動が伝わるためです。速度を上げると「コツコツ振動」に変わるし、乗り心地も硬めです。

 サスペンションのセットは前型と比較して、明らかに固まっています。特にフロント。下りながらのコーナリングでわざとこじるように操舵して、フロント外輪に荷重を集中させ、沈み込ませるような運転をしても、前型のように前傾してお辞儀をする姿勢にはなりません。

 さらに、リアの応答性にも遅れがなく、スッと追従します。急激にリアが流れ出すようなこともありません。

 しかし……リアのサスストローク自体は不足した印象です。あと20mmストロークを増やせればそれなりにしなやかな足になります。

 エンジンは高回転でも3気筒の振動や不快な音は感じません。ターンパイクの急勾配をグイグイ上がっていき、力不足を感じることもありません。

 下りの急制動でもノーズダイブは小さく、リアの接地が抜けることなく後輪の制動力もしっかりと使えているため、姿勢は安定しています。

 ハイトワゴンであることを忘れてしまうほど、操舵と車体の動きのバランスはよくなりました。よく研究してセットアップを合わせ込んでいます。タイヤのチューニングも上手です。

■ホンダ N-BOXの走り

手前がスペーシアで奥を走るのがN-BOX。軽自動車のサイズ制限もあり、車体形状は似る

 まずはゆっくりと走り出します。操舵に対し明らかに反応が機敏です。舵を入れた瞬間に足が動いてロールが始まっています。足の動きが速く、路面の微小な段差乗り越えでも乗り心地はスムーズです。

 ただ、操舵に対する車体の動く量がちょっと大きすぎる場面があります。フロントのスプリングレートを20Nm程度上げて余計な動きを止めたいところです。

 現状では、フロントはヒョコヒョコ動き、相対的にリアは動かず踏ん張っています。フロントのスプリングを少し固めれば、前後のバランスが取れてこの余計な動きは抑えられます。

 ショックアブの減衰は今のままでいい。減衰を強くすると動き出しの微小入力での突き上げが出てしまい、滑らかな乗り心地が出ません。この乗り心地ではスプリングの硬さよりもショックアブのフリクションが影響します。

 N-BOXはリアの動きを抑え込んだ、少し前に流行っていたFF車のセットアップ方法です。

 これだと操舵に対するフロントの反応を機敏にして軽快感の演出はできるのですが、フロントの動きが大きく、フラットライド感はありません。とはいえ、下り坂のコーナリングで外側の前輪に荷重が集中しても、前につんのめる姿勢になることはありません。

 ただ、最新のセットはこれとは逆に、フロントの動き(ロール)を抑えて左右のタイヤ接地性を向上させ、リアは、フロントの追従に必要な量だけ(いなせる量)ストロークをさせて、スタビリティ限界を上げたセットアップ方法になっています。プジョーやVW、そしてトヨタも最近はこの方向にセットしています。

 急制動を試すと、ややノーズダイブ(前のめり)が大きく後輪の接地力が抜けてしまいます。少しフロントの沈みを減らして後輪の接地力を増やしたいところです。ただし、姿勢の乱れはありません。

 エンジンはロングストロークを活かした低中速域のトルクがあって、乗りやすい特性です。

 スペーシアとN-BOX、両車の狙いの違いがはっきりとわかりました。

■スズキ スペーシア カスタムハイブリッドXSターボ……92点

トランクケースをイメージした外装デザインだという新型スペーシア。豊富な軽自動車ラインナップゆえの共用化により、ややサスストロークが不足気味。水野さんの採点は92点

 軽自動車のスーパーハイトということで、パッケージング自体は旧型から大きく変わることはなく、プロポーションも同じように見えるが、乗り心地や操縦安定性はガラリとセットアップの方向を変えてきた。

 全体的にバネを固め、特にフロントの無駄な動きを減らしてそれに追従させたリアの動きとして運転の軽快さや楽しさを向上させている。だがややストロークが不足する場面があり、乗り心地は硬めになっている。

 インパネは便利装備をいろいろと付けすぎてゴチャゴチャした印象。座面先端に可動式オットマンなどを装備した後席、アイデアがスズキらしく素晴らしい。

●水野和敏 取材メモ
・インパネ周りは小物入れやカップホルダーをはじめいろいろな装備品を盛り込んだのはいいのだが、デザインが統一されていないため、ややごちゃついた印象だ。
・後席の座面先端を引き出してオットマンや荷物ストッパーになるアイデアはとても面白い。シート自体はやや硬いのだが、表皮が滑らないため姿勢が維持できる。
・操舵に対してフロントの反応をやや遅らせるセッティングは重心の高いハイトワゴンの安心感につながる。

●スズキ スペーシア カスタムHYBRID XSターボ
・全長:3395mm
・全幅:1475mm
・全高:1785mm
・ホイールベース:2460mm
・最低地上高:150mm
・最小回転半径:4.6m
・車両重量:910kg
・エンジン:直列3気筒DOHCターボ
・総排気量:658cc
・最高出力:64ps/6000rpm
・最大トルク:10.0kgm/3000rpm
・モーター:3.1ps/5.1kgm
・トランスミッション:CVT
・WLTCモード燃費:21.9km/L
・Fサスペンション:ストラット
・Rサスペンション:トーションビーム
・タイヤサイズ:165/55R15
・車両価格:207万3500円

■ホンダ N-BOX カスタムターボ……92点

カスタムでもメッキパーツを抑えてシンプルでシックな外装を表現するN-BOX。低車高モデルを持たないホンダだけに、サスジオメトリーに余裕を感じる。水野さんの採点は92点。同点!

 前後ともにシートのよさが特筆点。特に前席は座った時のお尻の沈み込みによってしっかりと身体がホールドされ、落ち着きもいい。最近のホンダはシートがよくなった印象だ。

 操縦性はややクラシカルなFF車のスタンダードで、フロントサスがソフトで軽快な印象だが、相対的にリアの動きが鈍く追従性に遅れを感じる。また、全体的にも動きが大きいのはマイナスポイント。フルブレーキングでのノーズダイブもやや大きく、後輪の接地が抜けてしまう。

 エンジンはロングストロークで低中速域からトルクがしっかり出ていてドライバビリティに優れる。

●水野和敏 取材メモ
・シンプルな造形に仕上げたインテリアはセンスがよく高評価。インパネの色味の設定も上手な合わせができている。液晶表示のメーターもシンプルで見やすい。
・前席のクッションはストロークがたっぷりあって座るとお尻がスッと沈み込んで身体を効果的にホールドしてくれる。このシートはよくできている。
・フロントサスがソフトでロール量が多め。相対的のリアサスが粘ってしまい追従性に遅れがでる。

●ホンダ N-BOX カスタムターボ
・全長:3395mm
・全幅:1475mm
・全高:1790mm
・ホイールベース:2520mm
・最低地上高:145mm
・最小回転半径:4.7m
・車両重量:940kg
・エンジン:直列3気筒DOHCターボ
・総排気量:658cc
・最高出力:64ps/6000rpm
・最大トルク:10.6kgm/2600rpm
・モーター:―
・トランスミッション:CVT
・WLTCモード燃費:20.3km/L
・Fサスペンション:マクファーソン式
・Rサスペンション:車軸式
・タイヤサイズ:165/55R15
・車両価格:204万9300円

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。