大型トラックの用途の中にはバッテリーEV(BEV)では効率的に行なえないものがあり、燃料電池EV(FCEV)が脱炭素に向けた本命技術とも言われる。

 長距離輸送や重量物輸送がBEVの苦手な分野とされるが、最近、欧米でこうした分野の燃料電池に関する発表が相次いだ。「BEV or FCEV」ではなく、お互いの短所を補うべく、燃料電池技術の開発が活発化している。

文/トラックマガジン「フルロード」編集部
写真/Cellcentric GmbH & Co. KG・Hydrogen Vehicle Systems Limited

セルセントリックの次世代燃料電池

セルセントリックの次世代燃料電池は長距離輸送向け。出力はBZA150型(150kW)の2倍以上、燃費は20%向上するという

 大型トラックの脱炭素における本命技術は水素燃料電池とされることが多い。その理由はいくつかあるが、長距離輸送や重量物輸送などエネルギー集約的な輸送はバッテリーEV(BEV)が不得手とする分野で、エネルギー密度の高い水素の活用が適しているのは間違いない。

 最近、これらの分野に向けた燃料電池の開発が活発化している。

 セルセントリックは2024年6月3日のプレスリリースで、長距離トラック用となる次世代燃料電池を発表した。将来的に欧州と北米市場に投入されるものとみられる。

 なお、セルセントリック社は商用車市場の世界2大グループとなっているダイムラー・トラックとボルボ・グループが2021年に合弁で設立した企業だ。燃料電池システムの開発・製造・販売を行なっており、両社における技術開発を含めると、数十年に及ぶ燃料電池技術の蓄積がある。

 日本のメーカーも燃料電池では高い技術力を持っているが、乗用車用の燃料電池を流用する場合、大型トラックには複数のシステムを搭載するケースが多い。セルセントリックの新型燃料電池は大型トラック用だけあって単一のパッケージで、高度に統合されたコンパクトで軽量なシステムとなっている。

 従来品の「BZA150」型と比べて、燃料(水素)消費量は20%少ないという。単体での燃費20%向上は、内燃機関の「枯れた」技術では実現困難で、新技術の可能性を感じる。これによりトラックの総保有コスト(TCO)を低減したほか、ライフサイクルを通じて信頼性、堅牢性、持続可能性を高めている。

 米国のトレードフェア(ACTエキスポ)で公開された新型燃料電池は、ダイムラーやボルボグループ各社が実証試験を行なっているBZA150型の次世代に当たり、水素による長距離輸送に最適化されている。

 大型トラックの中でも長距離輸送用トラックは最大のボリュームゾーンとなり、持続可能な物流を実現するために最も重要な分野だ。中でも北米の長距離トラックは走行距離が長く、速度も速い。その北米市場が求める要件に適合するなら、世界の他の市場にも通用するだろう。

 セルセントリックの長距離トラック用燃料電池は、いわゆる技術実証を目的としたものではなく、2030年より前に量産を開始する計画だ。

長距離輸送用の燃料電池システム

セルセントリックによる燃料電池の仕組み(模式図)。プラチナ触媒により水素分子をプロトンに分解し、プロトン交換膜を通して大気中から取り込んだ酸素と反応させる。この際の電子の移動が電流となり、副産物として水が発生する。この燃料電池をいくつも重ねたものがFCスタックだ。

 新型燃料電池はコンパクトなデザインながら350kW(470hp)を発揮し、高度に統合された単一のシステムパッケージにより重量も軽い。航続距離や積載量など大型ディーゼル車と同等のパフォーマンスを実現する。

 BZA150型より燃料消費量を20%低減したのは、電力密度を30%向上したことで可能になったそうだ。

 また、車両インテグレーションに関しては、ピーク負荷時の排熱を40%低減したことでトラック本体の冷却要件が大幅に緩和された。商品戦略上は極めて重要な改善点となるだろう。

 セルセントリックのCTOを務めるニコラス・ローラン氏はACTエキスポにおいて次のように話している。

 「弊社の次世代燃料電池システムは大型車のゼロ・エミッション輸送に新しい可能性をもたらします。そのパフォーマンスは、とても要件の厳しい(北米の)大型トラックによる長距離輸送に合わせてあります。

 長距離輸送という市場は、燃費だけでなくあらゆる側面において総保有コストに敏感です。航続距離、耐久性、信頼性、そのどれか一つであっても犠牲にはできません。

 開発で念頭においたのは北米の長距離輸送に求められる要件を満たすことです。TCOという観点で見れば、セルセントリックの次世代燃料電池はゼロ・エミッションの長距離輸送においてゲームチェンジャーとなるでしょう。私たちはこの重要な市場において、持続可能な輸送を実現するという大切な役割を果たします」。

 長距離輸送用トラックの累計走行距離は、100万kmを超えることも珍しくない。稼働時間も長く、新型燃料電池のライフタイムは、実稼働時間にして25,000時間とした。車両としての耐用年数を超えても、システムは持続可能性に貢献する。

 トラックの一度の走行距離が長いほどBEVによる輸送電動化は難しいとされ、米国、メキシコ、カナダの「USMCA」市場で水素ベースのモビリティソリューションの需要拡大が見込まれている。

 また、米国では環境庁の「大型車温室効果ガス排出基準 フェーズ3」の最終案が公表され、政策的に助成金が用意されるなど大型車のゼロ・エミッション化に向けた道筋が整ってきている。

 セルセントリックが当初から北米の大型長距離輸送市場の要件を考慮するのは、こうした市場予測に基づくもののようだ

重量物輸送も燃料電池に?

イギリスのHVSは同国のエクスプロア社に燃料電池トラクタを提供する。プラント輸送など重量物輸送を得意とする運送会社だ

 いっぽう、イギリス初の燃料電池トラックメーカーであるハイドロジェン・ビークル・システムズ(HVS)は2024年6月6日、運送会社のエクスプロア・プラント&トランスポート・ソリューションズに30台の燃料電池トラクタを供給するパートナーシップで合意したと発表した。

 この合意のもと、エクスプロアはイギリス国内で最新の燃料電池トラクタを運行する。サービス&メンテナンスは車両に付属し、安全な水素の扱い方や充填方法などの教育・ドライバートレーニング、運行に必要な水素インフラなども提供されるという。

 2015年に設立されたエクスプロア社は、航空機から原子炉まであらゆるモノを運ぶ重量物・特殊輸送の専門企業だ。

 HVSのチーフ・コマーシャル・オフィサーを務めるジョン・マクリースター氏は次のようにコメントしている。

 「今回の合意は両者が共有するビジョンの試金石となります。弊社の革新的なゼロ・エミッション燃料電池技術は、重量物輸送や長距離輸送、給油時間の短縮が必要な輸送の脱炭素を可能にします。ロジスティクスの持続可能性を先導できることを楽しみにしています」。

 HVSは大型商用車業界を革新することを目指し、燃料電池パワートレーンをゼロから開発している。効率やパフォーマンスなどの観点からBEVには不可能な重量物輸送や長距離輸送の脱炭素を実現し、環境負荷を低減するためだ。

 化石燃料への依存から脱却する上で大型商用車の本命技術とされる燃料電池だが、欧米のメーカーは長距離輸送や重量物輸送などBEVが苦手とする分野から実用化を目指しているようだ。

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