運転中、周囲への意思表示として使われるウインカーやハザードランプ、身振り手振りなどのサイン。安全運転には不可欠な一方、使い方次第ではトラブルの原因にもなりうる運転マナーの鬼門だ。“運転マナー警察”にはならない、ドライブ時のスマートなコミュニケーション術を探る。
文/藤井順一、写真/写真AC
■ 対向車からの「Yaeh!」(ヤエー!)に応えてますか?
対向車へ向けて、左手でピースや手を挙げて行われる挨拶。通称「ヤエー!」と呼ばれるコミュニケーション。
これは1970~80年代頃、ツーリングのライダーたちの間で広まったハンドサインが起源といわれる。諸説あるが、運転中の挨拶であり、道中の安全を祈念する意味も込められたものだったという。
挙げるのが左手なのはバイクの場合、右手を離すとスロットルを握れず減速してしまうためだったらしい。
ちなみに、2000年代前半にインターネットの某有名掲示板のバイク関連のスレッドにおいて、「Yeah!」(イエー)と書くつもりが、「Yaeh!」(ヤエー)と打ち間違えた書き込みが発端となり、以降、「ヤエー!」が愛称としてライダーの間に浸透していったといわれる。
ちなみに筆者は1990年代末頃、当時の愛車のユーノスロードスターで本州からフェリーで海を渡り、北海道へドライブに出かけた際、対向車線のライダーたちが、すれ違う度に手を挙げてきて、それに応えた記憶がある。
見慣れないナンバーかつ、オープンで走行していたこともあるだろうが、すれ違うバイクから挨拶などされたことはなかった当時の自分にとって非常に印象深い出来事だった。
その後、バイク乗りという趣味性の高いコミュニティ内での挨拶は、やがて同種のクルマ(特にオープンカーやスポーツカー、同じ車種同士)やロードバイクなどの自転車にまで広がり、ツーリングに最適な峠やリゾートなどに限らず、都市部を含めて、クルマやバイクの愛好家同士のコミュニケーションとして浸透していった。
だが、この挨拶文化も今は昔。“趣味車乗りのオジ”たちによる「ヤエー!」を知らない若者世代への、無視されたことに立腹する“ヤエー! ハラスメント”はあまり褒められたものではない。
また、同じバス会社やタクシーの運転手間などでよく見られる同僚ドライバーに対する対向車線への挨拶は、乗客の安全性を確保するという観点から禁止する、といった方針を示す企業も一部には見られる。
運転中にハンドルから手を離し、対向車の反応を目で追うというのは、不安定なバイクはもちろん、クルマだって安全上の問題がないとは言いきれないからだ。
同じクルマ、バイクを愛する者同士のコミュニケーションや文化は美しく尊い。いわゆる“ありがとうハザード”がそうであるように、自分が発したサインに対して反応があり、コール&レスポンスとなればいいが、そうでなくとも一喜一憂しない、そういう気持ちの余裕が現在の「ヤエー!」のたしなみといえるかもしれない。
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■ランプ消灯やパッシングで「お先にどうぞ」
見通しの悪い交差点や、道路を右折する際に、対向車が道を譲ってくれるシーンはよくあること。その際に主に用いられる合図が、ランプの消灯やパッシングだ。道を譲られた側もこれに応えて「パッシング」をする。
こうした行為はもちろん道路交通法に示されたものでなく、ドライバー同士が互いの安全のためのコミュニケーションとして育まれてきた日本の優れた文化といえるかもしれない。
ただし、パッシングには譲り合いや感謝の気持ちを込められるいっぽうで、ネガティブな意思表示としても用いられる。
先行車へのパッシングはあおり運転での象徴的な行為だし、無理な割り込みや急停車に対する注意の際にも用いられる。
また、関東では対向車へのパッシングが「お先にどうぞ」の意味を持つのに対し、関西では逆の意味となるなど、地方によって交通マナーの解釈は異なる場合がある。
ゆえに、対向車へのお先にどうぞのパッシングもドライバーによっては、「早く行け!」、「危ないだろっ」といった注意喚起であるかもしれない。
ヘッドライトの消灯も、都心のような街灯が明るい道路の場合では、消灯したヘッドライトに気づかず、そのまま走行してしまうといったことも起こりうるなど、さまざまなトラブルの原因ともなりうるのだ。
こういったことからも、ヘッドライトはあくまでも暗い夜道を安全のために明るく照らすものであって、ドライバー同士のコミュニケーションツールとして用いることは控えたほうが無難だろう。
■対向車のパッシングでネズミ捕りの注意喚起
休日の日中にクルマでドライブ。普段は走行しない地方の幹線道路を走っていると、見通しのいい直線的な道路にもかかわらず、対向車線からこちらに向けられるパッシング。
「何か悪いことをしたかな」と疑問に思いつつ走行していると、数km先で警察によるスピード違反の取り締まりに遭遇し、「あの時のパッシングはコレだったのか」と後から気づいた、なんて経験をお持ちの方もいるだろう。
対向車線のドライバーへ、スピード違反の取り締まりを知らせるために行われる“親切パッシング”、これに“事なきを得た”ドライバーもいるだろうが、そもそもこうした行為は人助けなのか、無謀運転のドライバーを助長したり、警察の職務を妨害したりする違法行為なのか、と考えると意見は分かれるだろう。
こうした行為の意図が「法定速度を守って安全に走ろうね」という注意喚起と考えれば、安全運転にも寄与しているともいえる。
スピード違反の取り締まりはパトカーや白バイなどによる追尾方式と、「定置式取り締まり」(いわゆるネズミ捕り)やオービスなどに大別されるが、定置式取り締まりは、警察官の動員や場所の確保、近隣住民との折衝、安全性などの面から、より効率的な自動速度違反取締装置や移動式オービスへ移行が進み、実施頻度自体が以前より少なくなっている。
その分、以前にくらべ対向車へ知らせる親切パッシングを見かける機会も減少してきているし、そもそも法定速度を遵守して走っているドライバーに対しては「この先のねずみ取りだけは気をつけて」という意図すら伝わらないだろう。というか、むしろ気分を害する可能性すらある。
また、運転歴が浅く、ねずみ取り自体に接する機会が少ない若年ドライバーにとってはパッシングの意図が伝わらない可能性大。「小さな親切大きなお世話」ではないが、親切パッシングとは、ある種の自己満足のために行われるコミュニケーションなのかもしれない。
■ドライバー同士のコミュニケーションは日進月歩
トラックやバスのドライバーたちが駐停車のサインであるはずのハザードランプの点灯に「ありがとう」の意味を込めて使い始めたものが、一般のドライバーにも伝わり普及したのはいつの頃だったろうか。
筆者は普段、初年度登録から四半世紀経ったマツダロードスターに乗っているが、信号待ちで後ろに止まったミニバンやSUVが、こちらの低い車高を考慮して、ヘッドライトを消してまぶしくないように考慮してくれることにいつも感謝している。
法律で定められているわけでもないのに、安全に、気持ちよく運転できるようにドライバーたちが培ってきたコミュニケーションは日本の誇るべきクルマ文化だ。
今後、クルマの電動化が進めば、より複雑なコミュニケーションが生まれるかもしれないが、願わくば、自己のわがままを通すためでなく、相手のドライバーへの思いやりとして生まれてくるものであってほしい。
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