トヨタ自動車が2022年11月に発売した『クラウンセダン』。このモデルは「クロスオーバー」などクラウンシリーズの他のモデルと毛色が異なる。
車格は一クラス上のEセグメントフルサイズ。クルマの成り立ちも他がエンジン横置きの前輪駆動(FWD)ベースとなったのに対して伝統的な後輪駆動(RWD)ベースを継承している。そして来年で70年となるクラウン史上初めて内燃機関を持たないピュア電動車が用意された。
◆クラウン初のピュア電動車はFCEV
クラウン初のピュア電動車はバッテリー式電気自動車(BEV)ではなく、世界的にみてもまだまだマイノリティの燃料電池車(FCEV)。なぜクラウンセダンのフル電動パワートレインにFCEVを選んだのか。チーフエンジニアの清水竜太郎氏は3月に都内で開催されたトヨタの水素エネルギーイベントで次のように語った。
「FCEVをより多くの方々にお買い求めいただきたいという思いがありました。ウチには先発のFCEVとして『MIRAI(ミライ)』がありますが、ミライだけでは吸引力に限りがあります。クラウンというなじみ深いブランドで水素エネルギー利用の認知度の拡大を図りたいと考えたのです。もちろん日本が国策として水素エネルギープラットフォームを推進しているので、我々もしっかりそれに応えなければということもあります。難しいからといってやめたりせず、とにかく続けること。それが大切なことだと思うんです」
クラウンシリーズの中でクラウンセダンだけがRWDとなった大きな理由は、ミライと車台や水素システムを共通化することにあり、高級車といえばRWD、という単純な図式ではない。高級車を作るだけなら昨年トヨタがリリースしたプレステージモデル『センチュリー』ですらエンジン横置きFWD。それで十分顧客に受け入れられるものを作れるのである。
◆クラウンFCEVで苦労したのは質感
現行ミライが登場したとき、エンジニアは分割型の高圧水素タンク、水素の経路、燃料電池の置き場など、さまざまな苦労があったと語っていた。その作り込みのおかげでクラウンセダンではその苦労はほぼパスできたという。クラウンFCEVの開発で苦労したのは、技術面よりクルマの質感の部分だったと清水氏は振り返った。
「FCEVとひとくちに言っても、クルマによって期待されるものは違う。ミライはドライバーズカーですが、クラウンセダンはショーファーユースを無視できません。だからといって運転がつまらなくてよいということにもならない。静粛性、乗り心地、タッチの上質さについてはトップオブトップ、クラウンシリーズの最高峰モデルと感じていただけるレベルを目指しました。FCEVのようなクルマは官公庁向けというイメージがありますが、絶対数は少ないながら一般のお客様からも引き合いをいただいています」
清水チーフエンジニア◆商業ベースに乗せるどころの騒ぎではない
走行時無公害、燃料補給の時間の短さ、静粛性の高さ等々、さまざまな長所を持つFCEVだが、状況は決して順風というわけではない。水素をクルマに補給する水素ステーションの数が少なすぎるという意見があるが、それはFCEVの数が少ないためだけではない。水素そのものの製造、輸送、貯蔵コストが高すぎ、商業ベースに乗せるどころの騒ぎではないという課題が根底にある。
アメリカでは圧縮水素の充填価格が日本円で1kg(走行100km強ぶん)あたり約5000円にも達し、水素ステーションが続々閉鎖に追い込まれている。ガソリン換算でリッター800~1000円に相当するような金を気前よく支払うユーザーがごく限られるのは当然と言える。日本の圧縮水素充填価格は1kgあたり1000円台後半~2000円台前半だが、経済合理性が保たれているかどうかはきわめて疑わしい。
◆新エネルギーの選択肢をアピール
が、逆の見方をすると、水素価格を劇的に下げる何かが起これば水素エネルギー利用のハードルが一気に低くなるとも言える。エネルギー価格の面で水素が競争力を持つようになれば、利便性との合わせ技で将来のメインストリームになる可能性は十分にある。水を電気分解ではなく熱分解で製造できる新型原子炉の実用化、電力価格の大幅な下落、利用のメドはまったく立っていないが最近何かと話題にのぼっている天然水素鉱床の開発等々、ネタは何でもいい。クラウンセダンFCEVはそんなブレイクスルーの登場前、新エネルギーに水素という選択肢があることを世間にアピールし、関心を持ってもらうためのクルマとも言える。
「水素イベントのトークショーで話をさせていただいた時も客席には若い方々の姿が多く、私としても大変勇気をいただきました。水素は決して筋の悪い技術ではありません。これからも市販車を通じて認知度の拡大を図っていきたいと思っています」(清水氏)
この取材時の水素イベントではクラウンセダンFCEVの短距離ロードテストも行われたが、試乗枠はたちまち予約で埋まっていた。ユーザーの関心自体は高いのである。果たしてその未来をトヨタがどのような形で開拓していくのか、今後に注目したいところである。
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