米国と言えば自動車大国で、巨大なボンネットトラックが長大なトレーラを引っ張って大陸中を駆け回っているイメージがある。実際に米国内の温室効果ガスのかなりの部分を輸送セクターが排出しているのは事実だ。
しかし最近では、カリフォルニア州が一部トラックのゼロ・エミッション化を義務付け、他州も追随する動きを見せるなど、脱炭素に向けた規制強化が続いている。そんな中、「電気」でも「水素」でもない第3の選択肢として「再生可能ディーゼル(RD)」の利用が急増している。
トラックの脱炭素における切り札となるかもしれないRDとは何なのか? 従来の「バイオディーゼル」との違いについても解説する。
文/トラックマガジン「フルロード」編集部
写真/Volvo Group・Peterbilt・NESTE・USDA・伊藤忠エネクス
大量のCO2を排出している中大型トラック
米国の環境保護庁(EPA)によると、輸送セクターは同国の温室効果ガス排出量の28.9%を占める。「発電」がこれに続き24.8%、「産業」が22.7%だ。セクター内の割合では小型車が58%、中大型車が23%、航空機が8%、その他が6%、船舶が3%、鉄道が2%となっている。
あらゆる産業で温室効果ガスの削減が求められているが、大量のCO2を排出しているトラック業界の排出削減も急務となっている。
こうした背景から米国の輸送研究機関であるATRI(アメリカン・トランスポーテーション・リサーチ・インスティチュート)は、近年利用が急増しているトラック用の代替燃料「RD=再生可能ディーゼル」の環境影響評価を実施した。
従来の研究より、トラックを内燃機関(ICE)からバッテリーEV(BEV)に切り替えることでCO2排出を30%低減可能であることがわかっている。同様に、既存のICEにRDを使用した場合のCO2削減効果は67.3%に達し、BEVへの移行より高くなった。
これは、いわゆる「テールパイプ・エミッション」のTTW(タンク・トゥ・ホイール:車両自体からの排出)ではなく、車両や利用するエネルギー(燃料や電気)の製造プロセス、さらにその原料の製造段階まで含む全ライフサイクルでのWTW(ウェル・トゥ・ホイール:燃料等の製造時を含む排出)によるCO2削減量の比較だ。
「軽油」だけではないディーゼル車の燃料
今日、大型トラックのほとんどはディーゼルエンジンを搭載している。ICEであるディーゼルエンジンの燃料(ディーゼル燃料)には、専ら「軽油」が使われている。これは米国に限ったことではなく、世界で共通だ。
軽油は原油を精製することで得られる化石燃料で、炭化水素に富みエネルギー密度が高い反面、燃焼により多くのCO2を大気中に放出する。化石燃料の燃焼によるCO2の増加は、地球の気温を上昇させる効果(温室効果)があるため、化石燃料への依存を減らす取り組みが進められていることは周知のとおりだろう。
いっぽう、ディーゼルエンジンで燃焼可能なのは軽油だけではなく、食用油などを軽油に近い性状に加工し、非石油系のディーゼル燃料とすることも可能だ。中でも、生物資源(バイオマス)に起源をもつ燃料を「バイオ燃料」と総称する。
また、大気中から回収したCO2を原料に合成した燃料は「eフューエル」または「合成燃料」と呼び、これも再生可能とみなされる。ただし燃料における「再生可能」の定義は国や地域によって異なる。
(なお米国において「ディーゼル燃料」の要件定義は複数あり、引火点や粘度などの試験に適合した「ASTM D975」や、含有する硫黄の濃度による「ULSD」、カリフォルニア州大気資源局(CARB)の「CARBディーゼル」などがある)
ディーゼルエンジンで燃焼するバイオ燃料には2種類がある。すなわち「バイオディーゼル」と「再生可能ディーゼル(RD)」だ。これらの燃料を軽油と混ぜたり、軽油の代わりに単独で用いたりする。
バイオ燃料は燃焼すればCO2を排出するが、そのCO2は植物等が大気中から取り込んだものであるため、製造工程を含めると全体の炭素収支がプラスマイナス・ゼロとなる。「カーボンニュートラル」とみなされる仕組みは、バイオ燃料もeフューエルも同じだ。
2種類のバイオ燃料
2種類のバイオ燃料のうち、「バイオディーゼル」は脂肪酸メチルエステル(FAME)を含む燃料のことだ。
FAMEはディーゼルエンジンで燃焼できるが、化学的な性状は石油から作る軽油とは異なっており、一般的に軽油に混合して用いる。たとえば「B5」バイオディーゼルは、軽油に対してバイオディーゼルを5%含む燃料で、「B20」なら同6~20%含む燃料となる(米国での定義)。
バイオディーゼルは植物油や動物性の脂肪を加工して製造するが、最終的な処理を経ても酸素を含むためエネルギー密度が低く、エンジン部品に対する腐食性がある。また燃焼時のNOx排出量が軽油より増える可能性も指摘されている。
FAMEの比率が高いほどエンジンへの負の影響が大きく、エンジン側の改修が必要となる。このため従来のトラックでそのまま使えるわけではないのだが、最近、ボルボなど一部のメーカーは100%バイオディーゼルの「B100」燃料への対応を発表している。
いっぽう、「再生可能ディーゼル」ことRDは化学的な性状を軽油と同等にしたバイオ燃料のことだ。このためRDは任意の比率で軽油に混ぜることができ、また100%バイオ燃料としても用いることができる。
RDは従来型のトラックにそのまま給油できる「ドロップイン燃料」である。
RDの製造方法は複数あり、代表的な方法は水素化処理だ。廃棄物やバイオマスから製造した油脂に高温で水素を反応させ、高圧をかけて水と酸素を除去する方法で、RDとして商品化するにはさらに追加の処理が必要になる。
特にドロップインという特性は運送会社にとってメリットが大きく、車両やインフラにあまりコストを掛けられない中小企業であっても、従来の仕事を続けながら脱炭素の取組を進めることができる。
2023年、米国の輸送セクターの軽油消費量は464億ガロン(2100億リットル)だった(RDやバイオディーゼルも含む)。このうち77.8%(1634億リットル)がトラックによる消費だそうだ。そして、米国内で325万台が走っている長距離輸送用の大型トラクタが1273億リットルを消費している。
ディーゼル燃料に混合するバイオディーゼルは、トラック業界で広く使われてきた。しかし、近年はRDの使用量が急増しており、2022年にバイオディーゼルを抜いた。併せて米国内での製造量も急速に増えている(従来は欧州などからの輸入が多かった)。
米国の2023年のRD消費量は28億ガロン(106億リットル)となった。これは前年比で66.9%、2018年比で500%の急増で、米国のトラック業界でRDのブームが起きていると言えるだろう。
CARBの報告(2022年)によるとRDの約7割がカリフォルニア州で販売され、州の低炭素燃料助成金の対象となった。世界のRD消費は2023年に36.9億ガロンと推定され、実に77%が米国内で消費されている計算となる。
RDには「世代」がある?
RDは一般に、その原材料により第1世代から第4世代に分類される。この分類は研究者等によって若干の差異が認められるものの、おおむね次のようなガイドラインに従っている。
第1世代 : 食用作物を原料とするRD。原料には大豆油やDCO(トウモロコシからアルコールを醸造する際に副産物として製造される食用油)などがある。こうした原料は「食用バイオマス」とも呼ばれ、食品の供給と直接的に競合するため、第1世代RDの需要が増えると食料品の価格高騰を招く可能性がある。
第2世代 : 食用作物をそのまま原料にするのではなく、その廃棄物を原料とするもの。廃棄される食品(生ゴミ)のほか、農林業の余剰生産分なども含まれる。代表的な原料はUCO(使用済み食用油)など。「非食用バイオマス」とも呼ばれる。
第3世代 : 藻類やシアノバクテリア(ラン藻類)から取り出すバイオマスで、これらの生物の中にはアルコールや油脂を生産する種があることが知られている。現在は大規模な実用化に向けた研究開発段階にある。「藻類バイオマス」とも呼ばれる。
第4世代 : 研究段階のRDで、遺伝子編集技術により藻類等の燃料生産性を飛躍的に高めたり、望ましい性状の油脂を生産するもの。
今日、大量生産され一般的に入手可能なRDはほぼ第1・第2世代燃料に限られている。CARBはカリフォルニア州で消費されたRDを原材料までトレースしており、28%がUCO、25%が牛脂、21%がDCO、18%が大豆油となっているそうだ。
米国でのRD消費量の急増により国際貿易にも変化が生じている。農業大国とされる米国だが、米国農務省(USDA)が2024年6月に公開したレポートによると、今や油脂類の輸入額が輸出額を大幅に上回り、たとえば大豆の場合、2023年に純輸入国に転じた。
RD急増の背景にある環境規制
地球温暖化を食い止めるという大義のもと、CO2の排出量を削減するための環境規制が世界中で進められているが、中でも米国カリフォルニア州は全米に先駆けて先進的な取り組みをすることで有名だ。
現在、大型車の「脱炭素」で主流となっている電動化では、TTWが重視される。局所的な大気汚染の削減には重要な指標だが、より長期的・全球規模での温暖化対策としてはWTWでの排出削減が重視される。こうした観点から同州はRDを積極的に支持しているのだ。
カリフォルニア州は「ACT規制」及び「ACF規制」によりゼロ・エミッション車(ZEV)の受け入れを強制的に市場に求めており、用途にもよるが2036年までに州内の中大型トラックは全てZEVとする必要がある。また、先述の通りRDの市場価格を抑える施策が導入されているため、利用が急速に広がっている。
なお、同じく積極的な環境規制を行なっている欧州連合(EU)はRDの利用拡大を含めて加盟国に柔軟なアプローチを認めている。RD以外に非バイオ系の再生可能燃料(RFNBO=合成燃料とグリーン水素)も重視され、逆に食用バイオマスの燃料転換(第1世代RD)は認めない立場のようだ。
いっぽう、我が国にとってもRDはエネルギーの海外依存を減らし、中小企業が多い運送業界の脱炭素を進める上で重要になるだろう。藻類やシアノバクテリアの活用など先進的な取り組みが進められているが、政策的な方向性が乏しい。また、RDとバイオディーゼル、バイオ燃料の定義もあいまいである。
補助金や税控除など政策の影響を受けやすいのはRDのリスクでもある。実際にUSDAも「(カリフォルニア州の)政策やインセンティブが無ければ、RDの消費拡大も起きなかった」としており、RDの製造・消費が減少に転じるシナリオは考えにくいとしても、その伸び率は全米や州レベルの政策に強く依存している。
食料品との競合のほか、RDは「持続可能な航空燃料(SAF)」とも競合する可能性がある。RDとSAFは原材料がほとんど同じで、自動車以上に電動化が難しい航空機のためにSAFの製造が優先されれば、RDの供給は減るだろう。
RDに限らず、バイオ燃料は脱炭素に不可欠となるため、特定の業界(だけ)のための政策は、全体としてのCO2削減量を押し下げる可能性があり、避けるべきだ。
国内でもRDを活用した実証運行などは何度も行なわれているが、米国のような大規模商用化には至っていない。とはいえ大型車の脱炭素においてコスト効率を考慮すれば今度RDの利用が拡大していくのは間違いなく、トラック事業関係者はバイオ燃料の動向にも注視する必要がありそうだ。
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