これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。

 当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、売れ筋だった5ナンバークラスミニバン市場に投入されたディオンを取り上げる。

文/フォッケウルフ、写真/三菱

■家族の要望に応えるワゴンとミニバンのクロスオーバーモデル

 現在、新車市場におけるミニバンのラインナップは、以前に比べて売れ筋車種以外は淘汰され、選択肢が限定された感がある。実用性を重視するユーザーの多くがSUVに流れ、スライドドアが必要なら軽自動車のスーパーハイトワゴンを選ぶユーザーが増えたことも、ミニバンクラスの状況を変えた要因と言っていい。

 かつてファミリーカーの分野で主流だった4ドアセダンからその座を奪取し、一気に増殖した5ナンバーサイズのミニバンについても、現行車種ではトヨタ シエンタ、ホンダ フリード、日産 セレナしか存在しない。

 1990年頃は車両価格や維持費の安さ、スマートに運転ができて使い勝手がいいコンパクトなミニバンは、家族にとってベストな選択だった。そんな車種を求めるニーズに対して、三菱が2000年1月にリリースしたのが「ディオン」だった。

シンプルながら個性を強調したフロントまわりで誕生。発売2年後にはマイナーチェンジでよりコンサバな方向へ変更される

 スマート・デザインとエコロジー・コンシャスという基本思想をもとに開発したSUW(スマート ユーティリティ ワゴン)の第2弾として登場したディオンは、国産ミニバンの元祖とも言えるシャリオを筆頭に、RVR、さらにデリカスペースギアとともに三菱の販売の主力となるべく期待されていた。

 ディオンはミラージュディンゴをベースとしながら、ホイールベースと全長をそれぞれ延長しているが、全幅を1695mmに設定して5ナンバーサイズとしていた。現在ならコンパクトミニバンに属するが、三菱はディオンを「5ナンバー3列シートの7人乗りワゴン」と銘打ってリリース。今風に言うなら、ワゴンとミニバンのクロスオーバーモデルというスタイルを具現化していた。

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■優れたパッケージングと機能を両立した独自のスタイル

 「高密度、こだわりワゴン」というコンセプトを掲げたデザインは、子どもからお年寄りまで、人に優しく、人と物を楽しく快適に運ぶという考え方を基本としている。

 高いノーズとボクシーなキャビン、クリアなイメージを強調する特徴的なヘッドランプと大型グリルで構成される上質感と安定感を強調した厚みあるフロントデザインによって、今どきのミニバンのような箱型とは一線を画すものとしていた。ボディサイドはおおらかな面処理が施されたことで、室内の広さを感じさせた。

リアコンビランプやサイドにまわり込んだ造形で上質感を演出したリアガラスによってリアビューにも独特の表情を与えている

 車内は、開放感を演出する広いガラスエリアと高めの着座位置によって、ゆとりや落ち着き感を提供する。運転席まわりやドアトリムの造形は凹凸の少ないシンプルな作りとすることで質感の高さを表現。乗員が上質な空間で心地よく過ごせることに注力したデザインとなっていた。

 ロータンブル&スクエアスタイルとフラットフロアの採用によって室内は十分な広さが確保されている。ただ広いだけでなく、左右と前後にウォークスルーが可能な、「H(エイチ)ウォーク」を採用するなど仕切りのないワンルーム感覚の空間を実現したことで、ゆったりくつろぎつつ、優れた利便性も実感できる。

 スマートユーティリティワゴンとしての特徴として、多人数乗車ができることと、多彩な用途に対応できる実用性が挙げられる。室内の広さは5ナンバーサイズのワゴンとしては十分に満足できるもので、そこにミニバンのような使いやすく多彩なシートアレンジ機能をプラスしていた。

 2列目シートは、チャイルドシートを装着している場合でも3列目への乗り降りが楽に行えるよう、左右独立分割のロングスライド機構とウォークイン機構が採用された。3列目は床下反転格納式を採用。格納時にはフラットで広く使いやすい荷室スペースとすることができるうえに、シート全体をワンタッチで後方へ回転させてベンチとしても活用できた。

 2列目の分割ロングスライド、3列目の床下反転格納式シートのいずれもクラス初の機能であり、スマートユーティリティワゴンの面目躍如と言える、優れた使い勝手を実現していた。

■快適で誰でも扱いやすい特性で家族に喜びを提供

 パワーユニットは、街なかで多用する低中速領域で扱いやすい特性としながら、優れた実用燃費を発揮する2Lの4G63型GDIエンジンを新開発して搭載。トランスミッションは4速ATとなる。

 4G63型GDIエンジンは、走りの面のみならず環境性能に長けたエンジンとして注目を集めた。国内の排出ガス規制に対応するとともに7都県市指定低公害車基準にも適合したうえに、2010年燃費基準もクリアするなど、開発時に掲げたエコロジー・コンシャスが徹底追求されていた。

 デビュー当初は4G63型GDIエンジンのみの設定だったが、2002年5月に実施したマイナーチェンジでは2Lの4G94型GDI仕様と、1.8L直列4気筒の4G93型GDI+ターボチャージャー仕様がラインナップされる。

 快適性と操縦性の調和はファミリーカーにとって外せない要素だが、ディオンは、フロントがマクファーソンストラット式、リアにマルチリンク式を採用。扱いやすさを重視し、ハンドリングは穏やかな印象で、カーブで生じる車両の傾きも適度に抑えられて違和感がない。

 5.2mという小さな最小回転半径や、ボクシーなフォルムや広いガラスエリアによってもたらされる見切りのよさによって、運転がイージーに感じられる。こうした特徴は、奥様がハンドルを握る場合にも喜ばれるポイントと言える。

ヒップポイントを前席よりも後席のほうが高くなるようレイアウトすることで、良好な見晴らしを実現。ドアはヒンジ式だが、開口部を大きく設定し、ナチュラルハイトと段差の少ないサイドシルによって楽に乗り降りできる

 ギリシア神話に登場する喜びを司る神に由来するネーミングが与えられ、デビュー当初は多くのユーザーにメリットを提供して喜ばれたが、やはり多人数乗りという点ではスライドドアを持つミニバンを凌駕することができず、スマートユーティリティワゴンという斬新な狙いはいまいち浸透しなかった。

 取りまわしのいいコンパクトなボディながら、多人数乗車が快適に行えて、実用的な機能も充実。2006年3月に生産終了後、後継モデルが登場することもなかったが、合理的な設計がなされているうえに159万8000円からという車両価格で、圧倒的なコストパフォーマンスは大きな魅力だった。

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