ナカニシ自動車産業リサーチ・中西孝樹氏による本誌『ベストカー』の月イチ連載「自動車業界一流分析」。クルマにまつわる経済事象をわかりやすく解説すると好評だ。第32回となる今回は、アナリストならではの視点で読み解く「6・3ショック」、型式認証試験における不適切/不正事案について。

※本稿は2024年6月のものです
文:中西孝樹(ナカニシ自動車産業リサーチ)/写真:トヨタ ほか
初出:『ベストカー』2024年7月26日号

■議論の中で欠けている2つの視点

トヨタ ヤリスクロス。トヨタではヤリスクロスのほか、カローラフィールダー/アクシオが出荷・生産停止中で再開時期も未定だ(2024年6月26日現在)

 6月3日にトヨタ自動車、ホンダ、マツダ、ヤマハ発動機、スズキの5社で、型式認証試験における不適切/不正事案が発覚しました。

 発端はダイハツ工業の国内型式認定に関わる不正問題を受け、年初から国土交通省が型式指定を受けた85社へ、過去10年間の国内指定申請で不正の有無の調査を求めてきた結果です。

 上記5社で対象38車種、うち現在生産中の6モデルが生産・出荷の一時停止に追い込まれています。17社は継続調査中のため、まだまだ不正事案の報告が続く可能性もあります。

「なぜ、自動車産業に不正が連鎖するのか?」

「そもそも国内認証制度に問題があるのではないか?」

 こういった議論で欠けている視点が2点あると感じてきました。

 第1に、時系列で問題を整理し、時代背景も含めた真因を理解せず、多種多様なものを「不正」でひとまとめにしていること。

 第2に、認証制度の国連基準と国内基準が一緒くたにされていることです。これを整理し、数字を客観的に分析しないと、事件の真相には迫れないと考えています。

 今回の事案は以下の3点に整理できます。

 第1に、トヨタ、ホンダ2社の不正対象台数は延べ600万台にも達し、その試験実施年で分類すれば、トヨタ、ホンダ合計で2013年以前が全体の59%となる353万台、2014年に同7%の44万台、2015年に同20%の120万台となり、この時期に全体の86%に相当する516万台が不適切事案として報告されています。

トヨタとホンダ:不適切事案の試験時期と対象台数(出所:会社資料から筆者作成)

 第2に、より厳しい「ワーストケースシナリオ」で開発している車両開発のデータを、認証試験データとして提出した不正事案がほとんどです。トヨタ、ホンダの不正対象台数の実に99%を占めました。

 第3に、2016~2017年に大きな認証不正、最終検査不正を起こした日産、三菱自、SUBARUの3社は今回の調査で「不正行為なし」の結果を報告しています。

 不正問題は2016年以降、大きく減少します。国内認証制度の違反は企業として命取りになるということで、各社体制を改め、順法意識を高め、人的資源も潤沢に配分してきたのです。

 不正を発生させない企業努力の成果が垣間見えます。過去に大きな型式制度の不正問題を起こした三菱自、日産、SUBARUの3社にはそれ以降に不適切事案がなかったことも事実です。

■2016年以前と2020年以降とでは不正の本質が違う

 2016年以降は国内認証ルールが全般的に守られているにもかかわらず、なぜ、近年に不正が連鎖しているかに疑問が湧きます。

 今回発覚した2020年の「ヤリスクロス」の開発担当はトヨタ100%子会社のトヨタ自動車東日本(TMEJ)でした。2022年の日野自動車、2023年のダイハツ工業、豊田自動織機と、2020年以降に判明した不正問題はトヨタグループ企業だけで連鎖しているのです。

 破ってはいけないルールを再び破りだしたグループ企業の動機は非常に根が深いものがあるのです。企業文化や風土に根付いたグループガバナンスの重大な問題が根底にあると考えるべきです。

 今回の調査で炙り出された2016年以前の問題と、2020年以降のトヨタグループ企業で連鎖した問題は、不正の本質が違うと筆者は考えます。

■国内認証の運用がガラパゴスなのだ

 2016年以前の問題としては、認証制度の運用に真因があると考えます。

 日本が「1958年協定」に参加して以来、自動車基準調和世界フォーラムで保安基準の国際調和が進んできています。ここで調和されたルールを「UNR(国連基準)規則」と呼びます。

 日本には独自の国内認証制度がありますが、保安基準、試験項目にUNR規則を積極的に採用していますので、日本の技術要件はかなり国際基準に沿ってきています。

 2024年6月現在、国内認証の172項目の内104項目がUNR規則を採用し、7割弱がすでに国連基準です。この比率は2009年には38%に過ぎなかったのです。

国内認証制度におけるUNR規則採用比率(出所:自動車基準認証国際化センター〈JASIC〉)

 UNR規則に従い審査官による立ち会い試験を実施してきたなら不正が入り込む余地はないはずです。しかし、国内認証制度では必ずしも立ち会い試験を必要とせず、(1)メーカーが自ら実施する認証試験、(2)開発試験での有効データを認証データとして提出することでクリアできます。

 開発試験のデータを提出したが、国内認証のルールに適していなかったことで「不正」と呼ばれた事案は、トヨタ、ホンダの不正対象台数の99%を占めています。では、なぜルールと違う開発試験のデータを提出したのでしょうか。

 クルマの開発は、グローバルモデルで求められるより厳しい保安基準やNCAP(新車アセスメントプログラム)などで、より高いスコアを得られるように国内保安基準よりも厳しい「ワーストケースシナリオ」に沿って開発されます。

「ワーストケースシナリオ」で得られたデータを国内認証として提出すること自体は許されているのですが、勘違いや技術者の都合のよい解釈で運用を間違ってしまったわけです。悪意が介在した可能性は低く、より効率的なアプローチを選択したが、結果としてそれは国内認証のルールどおりではなかったということです。

ワーストケースシナリオの一例。JNCAPの試験に合わせ頭部保護試験をより厳しい衝撃角度(65°)で行い、その数値を認証申請で使用。本来は法規に沿った角度(50°)で改めて試験をし、その結果を提出しなければならなかった

 国内認証は、技術要件ではUNR規則とほぼ同等で世界基準になりつつあるのですが、その運用は日本固有でガラパゴスなのです。

 新しい時代の競争環境を踏まえ、認証制度のあるべき姿の議論を求めるのはまさしく正論なのです。

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