ひろた・せいじ/1973年生まれ。1998年オートステージヒロタ(現ネクステージ)設立。2010年ネクステージ社長、2022年会長。2023年9月より会長兼社長(筆者撮影)昨夏にビッグモーターの保険金水増し請求が大きな社会問題となって以降、揺れ続ける中古車業界。東証プライム上場で中古車販売大手のネクステージは、2023年9月6日の「文春オンライン」に、ビッグモーターと「同様の不正が横行している疑いがある」と報じられた。9月11日には、浜脇浩次社長(当時)が辞任し、創業者でもある広田靖治会長が社長を兼務する人事を電撃発表(「不正報道で揺れる「ネクステージ社長」が激白」)。同時に、社員に対する「インセンティブ(月間の契約台数と利益に応じて手当が決まるシステム)」を廃止することも決めた。中古車業界では異例となるインセンティブの廃止にはどのような狙いがあるのか。広田靖治新社長に直撃した。

不正根絶にインセンティブを撤廃

――昨年9月、「文春オンライン」で、ビッグモーターと「同様の不正が横行している疑いがある」と報じられました。

ビッグモーターは意図的に車両を傷つけて保険金を過大請求したりしていたが、われわれはそのようなことはしていない。組織的に関与して起きたトラブルもない。

とはいえ、従業員個人が“インセンティブほしさ”に保険契約を捏造した事案があったことなどは事実だ。ただ、そういった問題はその都度適切な対応を行い、再発防止にも当然努めてきた。また、それらの事象を隠蔽などせず、関係各所に正しく報告してきた。

――文春からの取材を受けるまでは情報を開示してこなかったのでは。

保険契約の捏造に関しては、担当保険会社にも報告済みだ。保険は金融商品なので、保険会社から関係省庁にも報告がなされたと認識している。

当該従業員の処分はもちろん、現場でなぜそのようなことが起きたのか原因を解析し、再発防止策も打っていた。

ビッグモーターで起きたような不正ではないとはいえ、問題が起きていたことは事実だと認め、昨年10月からインセンティブを撤廃した。それまで当社は営業会社だったが、今後はマネジメント会社に変わっていく。

――インセンティブ廃止がなぜ不正防止につながるのでしょう。

中古車業界では、1人のスタッフが車両の販売から納車までを一貫して担うのが当たり前だ。個人のインセンティブがあるので、他のスタッフが担当している業務に対して、インセンティブをもらえないのにわざわざ協力する気が起こりづらい。

第三者の目がないので、業務がブラックボックス化してしまう。そうすると、自分のインセンティブほしさにお客様に嘘をついたり、勝手に約束をしたりする可能性が高まってしまう。

今回インセンティブを撤廃し、複数人で案件に対応する“チーム制”を導入した。ブラックボックスがなくなるので、不正を撲滅できると思っている。

――インセンティブをなくせば問題が解決するのでしょうか。

決してインセンティブだけではないと思う。成長企業ゆえに従業員数も店舗もどんどん増えて、会社が目指すべき考え方を全員にしっかりと持たせられなかったことも要因の1つだ。

今後は会社の仕組みを変えるだけではなく、社員の教育も会社がしっかりと指導していく。目指すべき指標として“台数”や“粗利”を掲げるのではなく、お客様満足度などを一番頭に出す。

台数は結果としてついてくるものだ。“会社として何を大切にしているのか”というKPI(重要業績評価指標)自体を変えていくことで、会社も大きく変わっていく。

昨年10月以降は、朝礼や日報でも「昨日は何台売れました」「今月は何台売れました」「粗利がどうでした」ではなく、お客様からいただいた賞賛の声や不満の声、スタッフの満足度などを前面に出して朝礼や日報を作るようにしている。

人材流出を危惧して踏み出せなかった

――インセンティブは不正の誘因にもなりますが、従業員のモチベーションを上げるというプラスの側面もあります。廃止によって、そうしたプラス効果が失われる問題をどのように考えますか。

私は長年、インセンティブをなくしたいと思っていた。かつ、社外取締役からもそういった意見をいただいていた。今回廃止できたことで、ひとつ重い荷物を下ろした気分でいる。これまでインセンティブの廃止になかなか踏み出せなかったのは、ライバル企業に人材が流出してしまうことを危惧していたからだ。

反面、これまで現場では、同じ労働時間にもかかわらず、インセンティブの存在によって給料が倍くらい違うようなケースもあった。こうしたことに対する不満や、正当に評価されなかったことから会社を去ってしまう人もたくさんいたと思う。

インセンティブがなくなったことで、今後は人の定着ができるようになり、お客様の満足度も上がると思っている。

なぜかというと、インセンティブを気にせずに業務マニュアルのプロセスを意識して業務に準ずることが可能になるので、商品知識などを集約してお客様に提供できるからだ。これは最終的にお客様の満足度向上につながり、それによって販売台数や収益も上がっていくと考える。

ネクステージの店舗。業界大手では異例となる“インセンティブ廃止”で企業改革に乗り出している(筆者撮影)

――そうはいっても、インセンティブ廃止後に付属品・金融商品の販売といった「付帯ビジネス」が一時低下しました。

あれはインセンティブがなくなったから落ちたわけではない。当時は記者やYouTuberが店舗に来ることなどもあって、従業員が警戒・萎縮して活動量が低下してしまった。過度に慎重になり、お客様に保険やローンを勧めなかったりしたことがあったと思う。

だが、われわれは業務マニュアル、プロセス評価を含めて間違ったことをやっているわけではないので、少しずつ付帯ビジネスは回復している。

――インセンティブ撤廃について、従業員から「給料が下がる」という不満の声はなかったのでしょうか。

業界的にもベースアップの流れはあるので、会社全体の給料の平均値と中央値は上がっている。ただ、トップ・オブ・トップの営業マンは、人によっては3割ほど給料が下がった。

しかし、彼らからの苦情はあまりなかった。会社の今後の方針などを、個別でしっかりと話して納得してもらった。

クレームを減点項目から外した

――インセンティブ以外に廃止した制度はありますか。

以前はお客様からクレームが来ると、そのクレームを受けた従業員や店長の評価が下がる仕組みにしていたが、それも廃止した。クレームが評価の減点項目だと、クレームが発生してもそれを報告せずに隠蔽してしまう可能性があるからだ。

――浜脇氏が退任し、創業者の広田会長が社長にカムバックする形となりました。会社を変革するには、新人材の登用が必要ではないですか。

この会社は私が作った会社だ。私の会社なので、私自身が変わることによって会社自身も変わると思っている。リーマンショック時に会社が潰れかけたりするなど、これまでも様々な問題に直面してきた。そういう時もすべて、私が作った会社だから私が守るしかないし、私が変わるしかないと思って乗り越えてきた。今回も、自分が変わることで会社も変わると思っている。第一歩は私が変わることだ。

――業界最大手だったビッグモーターの弱体化は、ネクステージにとってチャンスですか。

買い取りにおけるお客様の満足は結局、「高値で買ってもらえること」だ。その点に関して、かつてのビッグモーターはすごかった。しかし、そのブランドが毀損して販売力が低下したことや、資金的に苦しくなったことで、積極的な買い取りができなくなり、当社の買い取り台数は増加している。

また、ビッグモーターは国土交通省から工場の指定取り消し処分を受けているので、その影響で“整備難民”となった方の当社への流入もある。

――伊藤忠商事がビッグモーターの事業再建を行う方向です。

伊藤忠はもともと輸入車ディーラーのヤナセを子会社に持つなど、自動車業界に関わってきた商社なので、それほど驚きはなかった。伊藤忠はしっかりした企業なので、信頼回復もやっていただけると思う。受け入れ先としてはよかったんじゃないかと考えている。

――ネクステージがビッグモーターを買収する可能性はなかったのでしょうか。

われわれ自身、昨秋にあのような報道をされてしまったので、まずは自分たちの目の前のことに対応するほうが重要だと思っており、そこについての考えはなかった。

バリューチェーンを構築し、中古車への見方を変える

――経済学で“レモン市場”という言葉があるように、もともと中古車業界は透明性が低く情報の非対称性が大きい市場の代表格です。どのように透明性を確保していきますか。

まずは、よりお客さんファーストでやっていくこと。今までの「年間20万の販売台数のうちクレーム率が1%しかないからいいだろう」という話じゃない。ご利用いただいたすべてのお客様に、「ネクステージはよかったね」と言ってもらうことが目指すところだ。

インセンティブをなくすことによってブラックボックスもなくなる。複数人による分業ができることによって、健全なサービスを提供できる。当社は大きく変わっていける。

――ビッグモーター問題に端を発して、業界全体の風評が悪化しています。どのように対応しますか。

われわれが推しているのは「バリューチェーン」だ。中古車を購入したお客様が、購入後も点検や車検、消耗品の交換を当社でしていただくことで、車両の品質がよい状態で担保される。そうした車両をお客様が当社に売却して、それをわれわれがまた新しく再販することによって、車両の品質自体が上がっていく。

東洋経済オンライン「自動車最前線」は、自動車にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら

バリューチェーンを構築するのは、収益的な側面も当然あるが、車両の出所や整備状況をわれわれが把握して、品質向上にもつなげられる。そうすれば、車両のリユースはどんどん進む。「中古車はしょせん中古車だよね」というお客様の声を変えていく。

当社が業界大手として、そうしたサービスを展開することで成長している、収益を上げているところを見せることができれば、追随する企業が出てきて、業界全体が変わっていける。それがお客様の信頼回復につながって「中古車っていいよね」となって、中古車をもっとご利用いただけるようになると考えている。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。