日本では類を見ない公道を封鎖しての市街地レースとしても注目を集めた(写真:Formula E)

意外におもしろかった――。

日本初開催となった「フォーミュラE」世界選手権、2023-2024年シリーズ10の第5戦「東京E-Prix(イープリ)」の決勝が終わった直後、レース会場にいた自動車業界関係者、メディア関係者、そして観客の間からそんな声が聞こえてきた。

この「意外」という言葉の裏には、「開催に懐疑的だった」という見方と、「無関心だったが、誘われたから軽い気持ちで来てみた」という前提があるように思う。

いずれにしても、日本ではF1(フォーミュラ1)と比べ、事実上「無名」に近いフォーミュラEが今回、多くの人の「気持ちの変化」を引き起こしたことは確かだ。

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ワンメイクでもチューニングの力量が問われる

フォーミュラEは、2014年から実施されている電気自動車(BEV)レースで、2020年より世界選手権として国際自動車連盟(FIA)の認定を受けた。FIA認定の世界選手権には、ほかに耐久レース(WEC)、ラリー(WRC)などがある。

フォーミュラEは、F1と同じ国際格式のフォーミュラレースなのだ。なお、フォーミュラとは「規定」を意味する言葉で、ドライバーがマシンの中心線に沿って着座する左右対象のレース専用マシンのことをいう。

東京E-Prixで観戦者用のスペースに展示されたポルシェのマシン(筆者撮影)

フォーミュラEの現行マシンは、2022-2023年シリーズ9から規定された第3世代(ジェネレーション3:GEN3)。シャシーは全チームが同じワンメイクで、チームの力量は独自開発するモーター、インバーターなどと、それらを搭載するリアサスペンションの設計に問われる。

モーターの最高出力350kW (通常モードで300kW)。バッテリーもワンメイクで、電池容量は41kWh。充電方式は、ヨーロッパの量産型BEV規定のひとつであるCCS-2を使う。充電器はABB社のワンメイクで、出力は160kW。これを2台のマシンで同時に使うため、1台あたり80kWの出力で充電することになる。

モーターはマシンの前後にあるが、駆動用は後輪のみ。前輪モーターは、減速時のエネルギー回生専用となる。タイヤは、韓国ハンコックのみが供給する。

会場に展示されていたABB社製の充電器(筆者撮影)

レース中にモーター制御などのセッティングを変更することができるのも特徴だ。ただし、通信機能を使ってチームがOTA(Over The Air)で行うことは禁止されており、ピットで車両の走行状況を見ながら、エンジニアがドライバーにセッティング変更を無線で伝え、ドライバー自身がステアリングの各種スイッチを手動で変更する。

こうした最新の各種規定については、レース開催初日に日産が自社ピットで報道陣向けに実施した技術説明の際に確認した。

F1とは違う「対決方式」の予選

話を本稿冒頭の「意外におもしろかった」という部分に戻そう。「懐疑的」という見方については、その多くがF1を筆頭とする一般的なモータースポーツとの比較によるものだ。中でも、音の問題が大きい。

モータースポーツでは、エキゾーストノートと呼ばれる排気音も人の気持ちを高揚させる醍醐味のひとつであったが、BEVのフォーミュラEにエンジン音や排気音はない。比較的音量レベルが低い高周波のモーター音がするだけで、コーナーでのタイヤのスキール音も、さほど目立たない。

エンジン音がなく静かなことも市街地レースに向いていると言える(写真:Formula E)

そうした静かな空間の中でマシンの挙動を見ていると、路面のギャップを通過する際、マシン全体がガタガタと響いていることがわかる。F1など、既存のモータースポーツに慣れ親しんだ人にとっては、レース現場で「無機質さ」を感じるかもしれない。

レース規定でも、F1とは違いがある。F1の予選は、予選中のラップタイムで競われるが、フォーミュラEの予選は、準々決勝・準決勝・決勝と対決して勝ち上がっていく方式で、見応えがある。

また、決勝には「アタックモード」という要素もある。これは、通常300kWの最高出力を一時的に350kWまで引き上げるモードだ。しかし、このアタックモードを使用するには、ひとつのコーナーに設定される「アクティベーションゾーン」を通過する必要があり、そこを通過するときはタイムが落ちる。

決勝レースでは、タイヤ交換や充電などのためのピットストップが義務付けられていないので、アタックモードによるチーム戦略がレース勝敗を大きく左右するわけだ。こうした「これまでにないレース規定」に対して、「ゲーム性が強くて馴染めない」という、既存モータースポーツファンの声がある。

上空から見たサーキットの様子。まぎれもなく東京・有明の景色である(写真:Formula E)

その他、コース設定についても、市街地レースに特化したフォーミュラEはコース幅が狭く、抜くポイントがあまりないことをネガティブ要因として挙げる人もいるようだ。

参戦「する/しない」メーカーの捉え方

このように、さまざまな点で違いのあるF1とフォーミュラEは、参戦するチームや自動車メーカーの捉え方も違う。

現在のフォーミュラEには、日産、ポルシェ、ジャガーなどがメーカー本社直轄のいわゆるワークス活動として参戦している一方で、メルセデス・ベンツ、アウディ、BMWが近年、相次いで撤退している。

S字コーナーを駆け抜ける日産のマシン(写真:Formula E)

その理由について、F1と比べた際の観客数やテレビ視聴率の低さ、派生する事業などに対するコストパフォーマンスの悪さなど、マーケティング戦略に対する懸念を示している。

また、BEVという観点での不安もある。フォーミュラEが誕生した2014年から2020年代前半は、グローバルでBEVシフトが急激に進み、フォーミュラEはまさに「BEV市場拡大の象徴」であった。

それが、直近ではBEVなど環境関連ビジネスに対する投資(ESG投資)バブルに陰りが見え始めたことや、BEVシフトに積極的だった中国経済の減速、そしてアーリーアダプターと呼ばれる初期需要が欧米で一巡したことなどにより、グローバルでBEV市場が「踊り場にある」と投資家やメディアが表現するようになっている。

フォーミュラE運営企業も、持続的な成長に向けて「今が正念場」であることは間違いない。

室内でゆったり観戦できる心地良さ

今回の東京E-Prixは、開催初日の3月29日、午前7時半に現場入り。午前中は横なぐりの雨が振る中、最終準備が進む各チームの様子を視察した。

そして、コースの各所を実際に足を運んで確認。1周2.582kmと、鈴鹿サーキットの半分以下の短さだが、コーナーは18あるテクニカルなレイアウトだ。

メインストレートは、東京ビッグサイト東館に隣接する駐車場で、そこから「ゆりかもめ」が上空を通過する一般公道に出て戻って来る。

ゆりかもめの軌道下を走るマクラーレンのマシン(写真:Formula E)

途中、路面のギャップが大きくマシン全体が完全にジャンプしてしたり、公道と駐車場の境にある段差で大きくマシンが跳ねたりと、チームやドライバーからは「かなりバンピー(路面が粗く跳ねる)」という声があがった。

それでも、各チームは主催者から事前に得たコースに関するデータから作成した、デジタルツイン(デジタル再現)によって十分なシミュレーションを行っており、開催初日と翌日の予選・決勝まででプラクティスは合計1時間ほどしかなかったものの、的確にマシンセッティングを進めることができていたようだ。

東京ビッグサイトの館内に設置された大画面での観戦もできた(筆者撮影)

観戦スタンドは東京ビッグサイト東館の隣接駐車場サイドに集中しており、コース全体を見わたすことができないのは、市街地コースなので致し方ない。観客は、会場内のモニターでレースの動向を探る。

一方で、東京ビッグサイト東館の中で食事をしながら、大画面でレースを楽しめるメリットもある。鈴鹿サーキットや富士スピードウェイといった大規模サーキットでも、観客がゆったり過ごせる大きな室内空間はほとんどない。

東京E-Prixでは、ドライビングシミュレーターでeスポーツを楽しんだり小型電気カートで子どもたちが走行したり、天候を気にせずレースとアトラクションを楽しめる環境に好印象を持った。

eスポーツ向けドライビングシミュレーターを体験するGAMING ARENA(筆者撮影)

また、レースチケットを購入していない人でも無料で楽しめる「E-Tokyo Festival 2024」を実施したのもよかった。こちらは日本の自動車メーカー各社が量産しているBEV、プラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCEV)、EVバイク、超小型モビリティなどを展示したものだ。

E-Tokyo Festival 2024で展示されたekクロスEVとリーフ(筆者撮影)

出展した複数の自動車メーカー関係者に、フォーミュラEとE-Tokyo Festival 2024について聞いてみた。

すると「フォーミュラEは日本では無名であり、どうなるものかと心配していたが、かなりの人が集まっていて驚いた」「(こうした電動車展示スペースは昨年の)ジャパンモビリティショーよりゆるい雰囲気だが、より自然な形で電動車に触れてもらえている」といった反応があった。

主催者発表では、フォーミュラEとE-Tokyo Festival 2024を合わせた入場者数は2万人だったという。

スタート前に岸田首相と小池都知事が

3月30日15時からの決勝スタートを、筆者はメインストレート先の第1コーナー奥のカメラマンスタンド近くで待ち構えていた。すると、コースを逆走して黒塗りのセンチュリーが護衛のクルマに囲まれてスタート/フィニッシュラインに向かい、しばらくして観客席から歓声があがった。

スタート前、メインストレートに姿を見せた岸田首相と小池都知事(写真:Formula E)

サプライズで登場した岸田首相が、環境にやさしいフォーミュラEの東京開催を祝福したのだ。国は「2050年カーボンニュートラル」を掲げ、GX(グリーントランスフォーメーション)政策を推進しているところだ。

また、同席した小池都知事も、カーボンニュートラルの観点から開催の重要性を強調した。東京都も環境政策「ゼロエミッション東京」を遂行中であり、フォーミュラEは同政策に対するプロモーション活動という位置付けにある。

決勝レースはトップ集団が絶えず混戦し、ファイナルラップまで誰が勝つのかわからい展開だった。モータースポーツを初めて見た人にとっても、十分に楽しめる内容だっただろう。

都市部から遠いサーキットと異なり、市街地レースは観戦のハードルも低い(筆者撮影)

「ゼロエミッション東京」に向けた議論を

こうして無事に開催されたフォーミュラE、東京E-Prix。日本で自動車産業が発達して以降、ラリーを除いて公道で、特に市街地でモータースポーツを行うのは今回が初めての出来事だ。

過去にも横浜やお台場でF1を開催する構想があったが、警察からの許可が下りないなど開催へのハードルは高かった。それが今回、「カーボンニュートラル」というお題目によって奇跡的に開催されたという印象だ。

そのうえで、東京都に対して問いたいのは、フォーミュラE開催に投じた「費用」とそれにともなう「効果」だ。

ガソリン車やハイブリッド車から、PHEV、BEV、FCEVというZEV(ゼロエミッションビークル)への呼び水として、「フォーミュラEの東京開催は本当に必要だったのか?」をデータとして示してほしいと思う。

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また、本来であれば、使用する電力を再生可能エネルギー由来とするなど、実質的なゼロエミッション環境での実施が望まれたところだ。そうした課題についても、効果測定による報告書で明記してほしい。今後の開催は、そうしたデータを示したうえで議論するべきである。

さらに言えば、東京ノーカーデイ/ノーカーウイーク(クルマを使わない日/週)のような、フォーミュラEよりも人々の「ゼロエミッション東京」に向けた行動変容をもたらす可能性についても、この機会に議論を深めてほしい。

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