ニコラの2024年上半期の決算が発表され、同時に燃料電池トラックの実走行による燃費データも公開された。貴重な燃料電池トラックの燃費データを、同クラスの大型ディーゼル車と徹底比較した。
文・グラフ/トラックマガジン「フルロード」編集部
画像/Nikola
貴重な「FCEVトラックの実燃費」データ
米国の新興トラックメーカーでバッテリーEV(BEV)・燃料電池電気自動車(FCEV)を製造するニコラの2024年上半期の決算が発表された。
第2四半期のFCEVトラックの販売台数が予想の上限を上振れするなど目覚ましい改善がみられるものの、財務は依然として赤字であり、新エネルギーの大型トラックが真の意味で走り始めるまでまだ時間がかかりそうだ。
いっぽうで、決算以上に注目されたのがFCEV大型トラックの燃費データだ。ニコラは同社のFCEVの累計走行距離が55万マイル(約90万km)を超え、その燃費は水素1kgあたり7.2マイル(=11.59km/kg)だったと発表した。なお、現状でニコラが発売しているFCEVは大型トラクタの「トレFCEV」のみだ。
市販のFCEVトラックは世界的にほとんどなく、実走行による燃費データは極めて貴重だ。せっかくなので、FCEVトラックとディーゼル車の「燃費」を比較してみた。
もちろん水素と軽油は性状が異なり、単純に燃料消費量を比較しても意味がないため、金額(日本円)に変換した上で「走行1kmあたりの燃料費」を求めた。ちなみに為替レートは1ドル=147.3円で計算した。
現状のグリーン水素はかなり高コスト
水素価格は変動が大きく、エネルギー資源に乏しい日本と産油国である米国では当然ながら価格差もある。2024年の日本の市場価格は1kgあたり1600~2200円、米国のグリーン水素(再生可能エネルギーから作った水素)は5~12ドル(736~1767円)だ。
また、政府は水素のコスト目標を設定しており、2023年6月に改訂された日本の「水素基本戦略」では、2030年に「30円/ノルマルリューベ」となっている。水素は1ノルマルリューベ当たり0.09kgなので、kgあたり約334円だ。米国エネルギー省(DOE)なども同様に目標価格を設定している。
ここでは、軽油+ディーゼル車と比較するため、次のような代表値について、FCEVの燃費(トレーラを1km動かすのに必要な水素の価格)を求めてみた。(価格 : 燃費)
(日本)2024年の市場価格 2000円 : 172.56円/km
(米国)2024年のグリーン水素価格 10ドル (1473円) : 127.08円/km
(米国)DOEの2026年中間目標 2ドル (294.6円) : 25.42円/km
(日本)2030年の政府目標 334円 : 28.81円/km
(米国)DOEの2031年目標価格 1ドル (147.3円) : 12.71円/km
(米国)2024年のグレー水素価格 1.5ドル (221.0円) : 19.07円/km
石炭や天然ガスなど化石燃料から製造する「グレー水素」は再生可能燃料ではないが、FCEVの燃料としても排気ガスは出ないので、いわゆる「局所的にゼロ・エミッション」ではある。100%グリーン水素ではなくてもある程度のCO2削減は可能だ。
いっぽうディーゼル車の燃費だが、国交省の20トン超トラクタのJH25モード燃費値が「2.32km/L」となっている。この値は「トラックマガジン フルロード」本誌のドライバー投稿(海コントレーラで2.3km/Lや、バルクトレーラで2.7km/Lなど)と大きくは変わらない。
(JH25モード燃費値は、従来の「重量車モード燃費値」に代わり、より実態に近いとされるJH25試験法を新たに導入した2025年度の目標燃費値)
米国のトレーラ燃費は一般に5~8mpg(マイル/ガロン)とされ、基本的に長距離輸送トレーラとなるDOEのクラス8トラック平均燃費が6.5mpg、つまり2.76km/Lだ。軽油価格は、日本の全国価格10週平均が154.3円、米国のオンハイウェイ・ディーゼル全米平均が3.755ドル/ガロン(146.1円/L)となる(いずれも8月5日時点)。
ここからディーゼル車でトレーラをけん引する場合の1kmあたりの燃料費を求めると、日本の場合で平均66.51円/km、米国の場合で同52.93円/kmとなる。
水素はそれぞれ172.56円/km、127.08円/kmであったので、現状のグリーン水素は軽油の2~3倍の、かなり割高な燃料であると言わざるを得ない。グレー水素を認めるなら軽油に対するコストパリティ(コストが同等となる水準)は達成可能だが、CO2の削減効果には疑問符がつく。
パリティ価格は遠いが水素は大型トラックの本命技術
水素はトラック用次世代燃料の本命とされる。特に大型トラックでBEVよりFCEVが重視されるのは「航続距離」と「積載量」のためだ。FCEVならディーゼル車と同じ量の荷物を、同じ距離だけ運ぶことができるが、BEVはそうではない。
トラックをBEV化すると、同じ荷を運ぶのにより多くのトラックが必要になり、環境性能を相殺してしまう。このため、内燃機関車がガソリン車とディーゼル車に分かれたように、ゼロ・エミッション車ではBEVとFCEVに分かれる可能性がある。
FCEVの普及を阻んでいるのが高価な車両価格と燃料電池システムの耐久性とも言われるが、実際に燃費を比較してみてわかるのは、水素価格が最大の障壁ということだ。イニシャルコストを吸収するどころか、かえって高くつく現状では「実証」の域を出ない。
調査会社のSNEリサーチによると2024年上半期の世界のFCEV販売台数は5621台で、前年同期より大幅に減った。最大のマーケットは中国でそのほとんどが商用車だ(2501台中2478台)。中国と韓国で世界シェアの7割を占める。日本は世界4位だが乗用車に集中しており、本命の商用車で存在感が乏しい。
FCEVが減少に転じた理由の一つとして、SNEリサーチも指摘するのがグリーン水素の価格変動の大きさだ。水素社会の進展に伴い価格の低廉化が進むというのが各国が描くシナリオだが、最近はエネルギー価格とともに水素価格も高騰し、思惑とは逆行している。
ニコラのFCEV燃費データから、燃料コストがディーゼル車と同等になるグリーン水素の価格(パリティ価格)を計算すると、約580円/kgとなる。市場価格(2000円前後)との乖離は大きい。
政府の水素基本戦略では2030年ごろまでに「基準価格と参照価格(既存燃料とのパリティ価格)の差額を支援するスキームを検討する」としている。FCEVトラックが現実的な選択肢となるのは、こうしたスキームの導入以降になるだろう。
逆に言うと、パリティ価格を達成すれば運送会社にとって水素は燃料費を節約するオプションとなるため、普及が急速に進む可能性があり、やはり大型車の脱炭素における本命技術であることに変わりはない。
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