これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。

 当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、自動車業界に多くの話題を提供してくれた、日産ティーノを取り上げる。

文/フォッケウルフ、写真/日産

■独特のプロポーションがもたらす優れた居住性と実用性

 デビュー時に「意欲作」とか「先見の明がある」と称賛されたクルマは、既存のジャンルにとらわれない新しさで世間の興味を引き、その後に他のメーカーが追従して新ジャンルを確立することもあるが、往々にして短命でその生涯を終える傾向が強い。

 「快適・快速ハイトワゴン」をコンセプトに開発された「ティーノ」もセンセーショナルなクルマとして注目されたが、ヒットモデルになることがなかった1世代限りの名珍車に分類される。

1998年にデビューした5ドアトールワゴンのティーノ。フロントシートに3人乗ることができる新コンセプトで話題に

 ティーノは広い室内空間に新しい機能を包み込んだ、ワイド、ショート、ハイトな「ティーノ・プロポーション」を特徴とするオールマイティなハイトワゴンという触れ込みで、1998年12月に市場へ導入された。

 全長4270mmというショートボディに、1610mmの全高と1760mmの全幅を生かして車内にゆとりのスペースを確保し、フロントシートに横3名、つまり2列シートで6名が乗車できるパッケージを実現していたことをセールスポイントとしていた。

 多人数が乗れるだけでなく、後席は3つに分割して脱着できるリアマルチユースセパレートシートが採用され、目的に応じた多彩なシートアレンジが可能となっている。日本の交通環境で扱いやすいコンパクトなボディサイズなのに、多人数が乗車できる居住性と、幅広い用途に対応できる実用性を有していたわけだ。

 モノスペースワゴンとかワンボックスワゴンと称される6~7人乗りのワゴンが世界的に流行していたことに加え、日産としてはバネットやセレナといった実用性に特化したミニバンとは差別化を図ったモデルとして、快適性と高性能を持ち味とするティーノには大きな期待を寄せていたはずだ。

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■先進性とスタイリッシュなフォルムで新ジャンルをアピール

 外観は5ドアハッチバックよりも全長がやや長めの、4ドア+ハッチゲートの1.5ボックスワゴンという雰囲気。フロントウィンドウの傾斜を強め、ルーフラインを丸くした全体のフォルムには野暮ったさはなく、新しいジャンルのクルマであることをアピールするには十分なほどスタイリッシュだった。

 細部も凝った作りがなされており、フロントまわりは、ウイング形状のフロントグリルとフロントターンランプを4灯式ヘッドランプの下に配した独特の3次曲面ランプによって、立体感のあるダイナミックなイメージを強調している。サイドはモノフォルムシルエットに、鋭いウェッジを伴ったスピンドルシェイプのサイドウインドウや、ボディとの一体感を強調する立体的な樹脂製サイドシルによって躍動感を演出している。

 ワイドな車幅と適度に膨らみをもたせたブリスターフェンダーがリアまわりの安定感を演出しつつ、バックドアウインドウに沿ったデザインのリアコンビランプの造形と相まって醸し出された雰囲気も新しさを感じさせる要素だ。

3ナンバーサイズのワイドな車幅と、流れるように膨らんだブリスターフェンダーによって安定感を演出しながら、フロントウィンドウの傾斜を強め、ルーフラインを丸くするなどスタイリッシュな雰囲気が漂う

 全幅は1760mm、全高を1610mmとすることで、室内空間と荷室スペースはコンパクトカークラスと同等の4270mmという全長からは想像できないほど広々としていた。室内幅は1500mmという十分にゆとりがあるため、前・後席とも3名が座れるスペースが確保できた。室内高も1220mmという余裕があったので窮屈な印象はない。

 前席はマルチユースベンチシートによって3名が乗車できるが、コラムシフトと足踏み式パーキングブレーキを組み合わせて前席ウォークスルーができたので、居住性はもちろん利便性という点でも大きな不満を抱くことはなかった。

 後席は3座独立のマルチユースセパレートシートを採用。ダブルフォールディングやリクライニング機構のほか、脱着機構も備えていたので、乗車人数や積載する荷物に合わせてスペースをアレンジできた。特に中央席をはずして、両サイドの席を内側へ寄せて取り付ければ、200mmのロングスライドが可能となり、足もとは650mmというLサイズのサルーンを凌駕するほどのスペースが確保できた。

■「技術の日産」を彷彿させるメカニズムを数多く搭載

 パワーユニットは2.0Lの「SR20DE」と1.8L「QG18DE」の2タイプを設定したほか、2000年3月にはハイブリッドカーの「ティーノハイブリッド」も追加された。

 ハイブリッド仕様の動力源は、当時としては先進のシステムで、モーターは17kWの最高出力を発生する交流同期電動機とし、駆動用バッテリーはマンガン系正極リチウムイオンバッテリーをふたつ搭載した。エンジンはQG18DE型をベースにしたミラーサイクルエンジンで、最高出力101ps、最大トルク14.4kgmという動力性能を達成していた。

 ”NEO HYBRID”と呼ばれるハイブリッドユニットは低速時、中・高速時、急加速時など、走行状況に応じて動力源を使い分けて最適な動力伝達を行っているが、その要となるのが新開発ハイブリッド用高速電子制御システムだ。

 エンジン、モーター、CVT、バッテリーといったハイブリッドシステムを構成するユニットをすべての運転領域において最適に制御することで、滑らかで力強い加速とスムーズな減速を実現しながら、同クラスガソリンエンジン車に比べて2倍以上の燃費向上と排気ガスのクリーン化を両立している。

 ハイブリッドの販売台数は100台限定。インターネットによる受注生産という時代を先取りした販売方法も話題となって100台は早々に完売。その後は反響を見て、増産を検討するとしていたが、ティーノハイブリッドが登場した2000年当時の日産は、カルロス・ゴーンCOO(当時)が提唱した経営再建のためリバイバルプランを推進している真っ最中。決して小さくない開発コストが負担となるティーノハイブリッドが増産はもちろん、カタログモデルとして販売されるも見送られた。

ティーノハイブリッドのハイブリッドシステム「NEO HYBRID」は、エンジンとモーターを最適に使い分ける高効率な動力伝達を行い、同クラスガソリンエンジン車に比べて燃費は2倍以上向上するとともに、CO2排出量を2分の1以下に削減するなど、環境性能の高さを実現している

 “ティーノ・プロポーション”という独自性を打ち出し、2列シートで6人乗れて、多彩なシートアレンジができるなど、オールマイティに使えるクルマとしてファミリー層に支持されることを狙っていたが、3ナンバーサイズであったことや価格が割高であったことなどが影響して売れ行きは低迷する。

 日本では2003年3月に生産を中止していたが、欧州では2006年3月まで生産が続いていたことは、海外市場を意識した作り込みが功を奏したのかもしれない。

 既存のクルマとは違う斬新なアイディアが採用され、NEO HYBRIDをはじめとした”技術の日産”の名に恥じないメカニズムも数多く搭載された。ごく普通のありふれたクルマではないから、たとえ1世代限りで生涯を終えたとしてもこうしてクローズアップされているわけだ。

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