これまで日本にはたくさんのクルマが生まれては消えていった。そのなかには、「珍車」などと呼ばれ、現代でも面白おかしく語られているモデルもある。しかし、それらのクルマが試金石となったことで、数々の名車が生まれたと言っても過言ではない。
当連載では、これら「珍車」と呼ばれた伝説のクルマや技術などをピックアップし、その特徴を解説しつつ、日本の自動車文化を豊かにしてくれたことへの感謝と「愛」を語っていく。今回は、登場から20年以上を経ても色褪せない未来的なスタイルを持つ、三菱i-MiEVを取り上げる。
文/フォッケウルフ、写真/三菱
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■三菱が長年に渡って培ってきた技術とノウハウの結晶
EVが現在ほど一般的な選択肢ではなかった2009年。三菱は“クルマ社会の次の100年の扉を開くパイオニア”と銘打った電気自動車を国内市場に導入した。
軽自動車の「i(アイ)」をベースにした小さな環境対応車は、「Mitsubishi innovative Electric Vehicle」の略であるMiEVを冠し、「i-MiEV(アイ・ミーブ)」と名付けられた。
三菱が約40年にわたって蓄積してきた電気自動車技術の集大成として開発されたi-MiEVは、環境汚染、地球温暖化、石油エネルギーの枯渇といった自動車社会が直面する課題に対応するクルマとして期待され、「EVをマイカーに」と考えるユーザーが多くなかった時代に電気自動車の普及推進に大きく貢献する役割を担った。
i-MiEVは、リアミッドシップレイアウトを採用したiの特長であるロングホイールベースを生かし、大容量の駆動用バッテリーを床下に、パワーユニットを荷室下に搭載した。こうした主要ユニットの搭載方法により、日常的な用途において充分な航続距離を確保するとともに、ベース車と変わらぬ居住スペースや荷室スペースを両立している。
また、高度な車両統合制御技術「MiEV OS(MiEV Operating System)」を導入することで、新世代の電気自動車にふさわしい高性能・信頼性を実現したのも注目すべきポイントだ。
EVとして要となる主要コンポーネントは、駆動用バッテリーとモーターだが、バッテリーはエネルギー密度の高いリチウムイオン電池が搭載されている。GSユアサ、三菱商事、三菱自動車の3社から成る合弁会社「リチウムエナジー ジャパン」が製造したリチウムイオン電池は、計88個の電池セルが直列に接続されており、大容量かつ高性能をセールスポイントとしていた。
モーターは小型・軽量・高効率な永久磁石式同期型モーターをi-MiEVのために専用で開発。アクセルを踏み込んだ直後から180N・mの最大トルクを発生するモーターならではの特性によって軽快な走りを味わわせた。もちろん、減速時には回生ブレーキ機によってモーターを発電機として働かせることで、回収した電気は駆動用バッテリーに充電される。
EVならではのポイントは動力源だけでなく、複雑な変速機構を必要としないモーター特性を生かし、変速を1段に固定した軽量・小型のトランスミッションを採用したほか、家庭用AC200V/AC100Vでの充電を可能にする小型・軽量の車載充電器も採用していた。
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■航続距離は自宅付近の移動を想定した160km
外観はiと変わらず、曲線を多用した斬新なデザインを踏襲。もともと未来的で上質なスタイルだっただけに、先進的なEVであることを表現するにはうってつけだった。軽自動車としてはもちろん、三菱としても初めて採用したLEDヘッドライト、リヤコンビランプもLEDとしたこともi-MiEVの先進性をアピールする要素だ。
車内は基本的な造形はiと同様だが、メーターは電力消費およびエネルギー回生の状況を視覚的に表示するパワーメーターと、駆動用バッテリーの残量を表示する駆動用バッテリー残量計、直近の平均電力消費量からおおよその残り航続可能距離を算出して表示する航続可能距離表示を設けるなど、EVならではの機能が付加された。
EVはエコの象徴でもあることから、内装材にはグリーンプラスチックが用いられていた。竹繊維とPBS(ポリブチレンサクシネート)を組み合わせた内装材をテールゲート内側のトリムに使用することで、従来のPP(ポリプロピレン)製と比べて、原料採取から廃棄でのCO2排出量を約10%削減したという。
EVならではの静粛性がもたらす快適性は、当時の軽自動車クラスにおいてはトップレベル。そのうえ応答性に優れ、低速領域から高いトルクを発生する電気モーターの特性を生かし、ドライバーの操作に対する反応のよさと力強い加速フィールは、iのターボエンジン搭載車を上まわる能力を実現した。
爽快な走りが味わえるだけでなく、エネルギーを効率よく使うこともEVにとっては重要な要素である。そこでi-MiEVは、EVコンポーネント情報を集約して高度に統合制御するMiEV OS(MiEV Operating System)が搭載された。
バッテリー状態の常時モニタリングや回生ブレーキ機能によるエネルギー回収、滑らかで力強い発進制御などを行うことで、省エネルギーを実現しながら快適で安全・安心な走りを可能にしていた。また、高電圧システムはボディ骨格の内側に搭載するとともに、駆動用バッテリーを井桁フレームによって保護することで、全方位からの衝突によるダメージに備えるなど、万が一の備えも万全だった。
一充電走行距離は160km(10・15モード)とし、自宅周辺などの近距離移動に対応できるが、ガソリンエンジンを搭載する軽自動車に比べればかなり短い。駆動用バッテリーを搭載するには軽自動車の小さなボディでは限界があったことは否めない。
しかし、一般的なユーザーが走る1日の平均走行距離が、平日では約90%のユーザーが40km未満、休日では約80%のユーザーが60km未満という三菱が独自に行ったアンケート調査の結果もあって、三菱としては、160kmという距離をネガティブな要素とは考えていなかったようだ。
2022年に登場したeKクロスEVが、WLTCモードとはいえ180kmの航続距離としていながら、多くのユーザーから支持を得られたことを鑑みると、160kmでも日常使いには大きな問題ではなかったと言えるだろう。
とはいえ、実際にドライブしてみると、気象状況や渋滞、急発進したりエアコンを使っていたりするとカタログに記載された能力は発揮されず、しかも走行中に電池残量がみるみる減っていく様子は、EVに慣れていないドライバーに不安を与えたものだ。
充電システムは、自宅はもちろん外出先でも充電できる3WAY方式を採用。急速充電にも対応していたが、当時は急速充電器の数が少なく、200Vの普通充電なんて現在のように充実していなかったこともドライバーの不安要素だった。
ちなみに現在は、高速道度のPA/SAにはもれなく充電施設があり、一般道でも自動車ディーラーやショッピングモール、コンビニにも充電施設が設けられており、その数は全国で2万拠点を超え、ガソリンスタンドに肩を並べている。
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■現在大人気の軽自動車EVが支持される礎を作った
デビュー当初は、法人および自治体への販売から始まり、個人向けの販売は2010年4月から開始される。法人向けは459万9000円だったが、個人向けの価格はそれよりも61万9000円安い398万円に設定された。
軽自動車で300万円オーバーというのは最新鋭の技術を数多く採用したEVということを差し引いでもかなり高額だ。
しかし、経済産業省が実施していたクリーンエネルギー自動車等導入促進対策費補助金(114万円)を活用すると、実質負担額は284万円に収まった。なおかつ環境対応車普及促進税制に基づき、購入時の自動車取得税と自動車重量税も免税だった。
2009年に登場し、2021年に生産終了となるまで、何度か改良が実施され、性能のアップデートやグレードの追加、安全性の向上など着実に進化を続ける。2018年に実施された一部改良では、フロントバンパーとリアバンパーの造形が変更され、低重心で安定感のあるスポーティなスタイリングが強調された。
この変更はデザインのテコ入れだけでなく、道路運送車両の保安基準の改正に伴う対歩行者安全強化のためでもあり、バンパーの形状変更によって全長が85mm拡大されて3480mmとなった。このためi-MiEVは軽自動車から登録車に変更されてしまう。前代未聞の変更だったが、登場から9年を経て、すでに市場での存在感が希薄になっていたことから販売にはさしたる影響はなかった。
それでもEVの普及促進を図るために車両価格を294万8400円に引き下げ、デザインに手を加え、機能も新たに追加し、グレード展開の見直しを行うなど、量産EVの先駆車は、最後まで進化・熟成を重ね、ユーザーに向けた訴求を続けていた。
ハイブリッドカーが一般的な選択肢として販売台数を伸ばし、ガソリン、ディーゼル車もクリーンであることが必須となった時代だからこそ、i-MiEVの登場はそれなりにインパクトがあった。
インフラが整っていなかったことや、環境車に対してユーザーの意識がまだ未成熟だったことはi-MiEVにとって少しだけ不利だったかもしれないが、eKクロスEVやサクラが売れた今なら、もっと脚光を浴びたかもしれない。
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