Mitsubishi Motors Thailand(MMTh)で試乗および工場視察を行った(写真:三菱自動車工業)

富士山麓のオフロードコースで三菱自動車のピックアップトラック、「トライトン」を堪能したおよそ半月後、同じ三菱の「エクスパンダーHEV」を思い切り走らせた。

エクスパンダーという名前を知らない人も多いだろう。このクルマは、東南アジアのファミリーカーであるMPV(マルチ・パーパス・ヴィークル)。今回の試乗の舞台は、タイ・バンコクからクルマで1時間強の距離に位置する、Mitsubishi Motors Thailand(MMTh)のテストコースだ。

パジェロやランエボで培った技術

テストコースの気温は35℃、さらに路面からの照り返しが強い。試乗の目的は、2024年2月に発売されたエクスパンダーHEVの実力を見極めること。そのため、さまざまな走行条件で、ガソリン仕様車と乗り比べた。

エクスパンダーHEV(タイ仕様)のボディ寸法は、全長4595mm×全幅1750mm×全高1750mm(ホイールベース2775mm)で、3列シートを持つ前輪駆動車(FF)だ。

なお、エクスパンダーにはアウトドア志向の「エクスパンダークロス」もあり、「エクスパンダークロスHEV」も今回、試乗することができた。

【写真】三菱自動車の「エクスパンダー」「エクスパンダークロス」のスタイリング(10枚)車高が上がり樹脂のクラッディングが装着されるエクスパンダークロスHEV(写真:三菱自動車工業)

エンジンは、ガソリンモデルが搭載する直列4気筒1.6リッターMIVEC(4A91型)をベースに新設計した、HEV専用の4A92型(最高出力70kW/最大トルク134Nm)。

ここに先代(タイでは現行車)「アウトランダーPHEV」用フロントモーター(85kW/255Nm)、インバーター、ジェネレーターを流用したハイブリッドシステムを搭載する。駆動用バッテリーはHEV専用のリチウムイオン電池で、電気容量は1.1kWhだ。

このハイブリッドシステムの最大の特徴は、「7つのドライブモード」があること。トライトンのようにトランスファーを持つ4輪駆動ではない前輪駆動車なのだが、トライトンと同様に、「パジェロ」や「ランサーエボリューション」で培った走行制御技術を応用するシステムを搭載している。

基本の2モードは、EV走行となる「EVプライオリティ」モードと、強制的にエンジンを動かし、ジェネレーターで発電した電力をバッテリーへ充電する「チャージ(回生)」モードだ。

注目は走行特性を変化させる5つのテレインモードで、「ノーマル」「ターマック」「ウェット」「マッド」「グラベル」がある。

こうした本格的なオフロード車向けのようなモード名を見ると、エクスパンダーHEVが4輪駆動車だと勘違いしてしまう人がいるかもしれない。

これら5つのモードでは、前輪のスリップを検知すると駆動力を制御する「トラクションコントロール」、前輪左右の駆動力と制動力を制御する「アクティブ・ヨー・コントロール(AYC)」、加速時のモーターやエンジンの出力を調整する「アクセルレスポンス」、速度域や路面状況に応じてステアリングの手応えを調整するステアリング制御、そしてシフトポジションを統合制御する。

エクスパンダーHEVのパワートレイン。バンコク国際モーターショーにて(筆者撮影)

4輪駆動と見紛う走り

まずはクルマの基本特性を知るため、時速60kmのスラローム走行でHEVのノーマルモードとガソリン車を比べた。

HEVは重量が少し重いが、グイグイっと曲がり踏ん張りが良く、実に扱いやすい。これはバッテリーパックを前席下に置き、最低地上高を205mmとガソリン車と同じにしながら、重心の高さを10mm下げたことや、車体床部にサイドメンバーとクロスメンバーを追加したことで車体剛性が上がった効果だ。

ターマックモードでスラローム走行をすると、ステアリングのガッシリ感としっかり感が増し、さらにAYCの作動によりMPVとは思えないスポーティな動きをする。

次に、散水車を使った定常旋回を時速50〜60kmで試した。ノーマルモードでも決してアンダーステアが強すぎる印象はない。

ウェット路面で定常旋回するエクスパンダーHEV(写真:三菱自動車工業)

さらにウェットモードにすると、トラクションコントロールが強まると同時にAYCが効果を出し、ステアリングはターマックと同じガッシリ・しっかりしたものに。またウェットモードでは、アクセルレスポンスが緩やかになっていることに気づく。だから、安心感があるのにけっこうなハイペースで走れるのだ。

今回はダート路面での走行はなかったが、マッドモードやグラベルモードになれば、さらに4輪駆動と見紛うようなクルマの前後バランスの良さや、旋回性の良さを実感できることだろう。

エクスパンダーHEVは、こうしたハイブリッド技術と7つの走行モードを持ったうえで、タイでは「e:motion(イーモーション)」と名付けたマーケティング戦略を打ち出されている。

FFでテレインモードを装着する三菱車としては、2023年8月にインドネシアでワールドプレミアした新型「エクスフォース」が先行していた。

新たな「ダイナミックシールド」デザインが採用されるエクスフォース(写真:三菱自動車工業)

こちらは全長4390mm×全幅1810mm×全高1660mmと、トヨタ「ヤリスクロス」やホンダ「WR-V」クラスのコンパクトなSUVで、「ノーマル」「ウェット」「グラベル」「マッド」、4つの走行モードを持つ。

今回は試乗できなかったが、エクスパンダーHEVとともに、日本のユーザーが大いに気になる三菱の最新モデルである。

話をエクスパンダーHEV試乗に戻そう。次は、通称「フィーリング路」での走行だ。

フィーリング路は、荒れたアスファルト路、ひび割れたコンクリート路、マンホールによるギャップがある路面、石畳など、世界に存在する12種類の路面を模したテストコースで、ここを走るとエクスパンダーHEVの素性の良さを強く感じる。

フィーリング路を走るエクスパンダークロスHEV。荒れた路面状況にも注目(写真:三菱自動車工業)

車体剛性が高く、またショックアブソーバーのセッティングやブッシュ類の変更、そして外部からの音の侵入を防ぐ部材の措置など、いわゆるNVH(音・振動・路面からの突き上げ)性能の高さがわかるのだ。

その他、全長1.5kmの周回路を直線で時速100km、コーナーで時速60〜70kmをノーマルモードで走行。ロングドライブにも十分、適合していることを確認できた。

気象状況が頻繁に大きく変わり、それにともなう走行環境の変化にフレキシブルに対応することが必須である東南アジアにおいて、エクスパンダーHEVは、安心した日常生活を送るための良き相棒なのだと思う。

グローバルの生産拠点「MMTh」

エクスパンダーHEVと新型トライトン(日本向けを含む)は、このテストコースからクルマで30分程の距離にある、レムチャバンのMMThで生産されている。

エクスパンダーHEVの最終組み立て工程(写真:三菱自動車工業)

同施設では、ほかに先代トライトンと車体を共用する「パジェロスポーツ」、日本では先代モデルにあたるアウトランダーPHEV、さらに日本では販売が終了した「ミラージュ」とそのセダンモデル「アトラージュ」も生産されている。ミラージュは、タイで今も根強い人気を持つ1台だ。

今回、エクスパンダーHEV、ミラージュ、アトラージュの生産を行う、MMTh第3工場の最終組み立てラインを視察した。同じ工業団地内に、パジェロスポーツを製造する第1工場、トライトンを製造する第2工場、そしてエンジン工場のMECがある。

ハイブリッド用電池パックの生産工程(写真:三菱自動車工業)

MMTh全体での年間生産能力は、完成車のみで42万4000台。2022年度の実績は、年間27万台だ。

日本の岡山県水島工場(23万8000台)、愛知県岡崎工場(21万5000台)、インドネシアMMKI(15万6000台)、フィリピンMMPC(4万3000台)、そして中国GMMC(2万7000台)をしのぐ、三菱として世界最大規模を誇る。

また、MMThは輸出拠点であり、中南米、中東、アフリカなど世界120カ国向けに出荷しているという。

レムチャバン港にあるMMThの完成車保管場所。最大2万3000台の保管が可能(筆者撮影)

そのうえで、三菱のグローバル事業を販売台数で見ると、2022年度の世界83万4000台のうちASEAN(東南アジア諸国連合)が全体の32%(うちタイは6%)でもっとも多く、以下、中東・アフリカ・中米(18%)、北米(16%)、日本(11%)、オーストラリア・ニュージーランド(10%)、欧州(7%)、中国(6%)と続く。

こうした数字を見れば、三菱にとっていかにMMThの存在が大きいかがよく分かるだろう。

仮に次世代パジェロがあるとしたら

筆者は過去にもMMTh第3工場を視察しているが、製造ラインにおける部品の配置や、コロナ禍より自社でソフトウエアを開発した従業員のシフトを短時間にすることができるシステムの導入など、今回の取材ではさまざまな点で大きく進化していることを確認した。

日本のユーザーの中には、タイ生産における品質が「日本生産と同レベルなのか」という疑問を持っている人がいるかもしれないが、MMThで働く人たちはグローバル向け生産拠点として誇りを持って、部品サプライヤーと協力して高い品質を実現している。

バンコク国際モーターショーにてプレゼンテーション後の三菱関係者らによる記念撮影の様子(筆者撮影)

その証明が、日本ですでに人気が高まっている、新型トライトンである。

日本では、新型トライトンベースの次期パジェロスポーツが日本向け「パジェロ」として日本市場に投入される可能性があると一部で報じられているが、今回のMMTh取材でその事実は確認できなかった。

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ただし、仮にそうした次世代パジェロが誕生したとするならば、トライトン、エクスパンダーHEV、エクスフォースなどで熟成された走行制御技術を総動員する、三菱のフラッグシップになることは間違いないだろう。暑いタイでの取材を終えて、素直にそう思った。それだけエクスパンダーHEVは、実力の高い1台だったのだ。

【写真】三菱自動車の「エクスパンダー」「エクスパンダークロス」のスタイリング(10枚)

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