コンパクトなボディに元気なエンジン。ホットハッチはファミリーカーに高性能なパワーユニットを搭載したハッチバックモデルだ。ここではそんな小さな実力者たちの系譜を辿ってみたい。(本稿は「ベストカー」2013年8月26日号に掲載した記事の再録版となります)
文:片岡英明
■痛快な走りを楽しめる それがホットハッチ
クルマ好きや走り屋にとって悪魔のささやきにも似た魅惑のカテゴリー、それが高性能2BOXをストレートに表現した『ホットハッチ』だ。
最近、久しぶりにホットハッチと呼べる熱~い走りのクルマに出会った。プジョー208GTiである。悪天候の箱根でステアリングを握ったが、運転するのがメチャ楽しい。
ホットハッチの売りは、コンパクトサイズのボディに、ひとクラス上の高性能エンジンを組み合わせ、痛快な走りを楽しめることだ。
MTも積極的に変速操作をしたくなるマニア好みの味付けとした。足も意のままの気持ちいい走りを引き出せる設定とし、使うパーツも吟味している。
それだけじゃない。小柄だから日常の取り回し性はいいし、維持費だって安くすむ。しかも後席も荷室も実用になる広さだ。
プジョー208GTiには偉大な先輩がいる。1980年代にストリートファイターとして名を馳せ、WRCなどのモータースポーツでも大暴れしたプジョー205GTIだ。
1986年に日本にも導入され、冴えた走りが走り屋たちのハートを射止めた。
これをベースにターボを装着し、4WD化したのがWRC参戦のためのホモロゲーションモデル、205ターボ16だ。驚嘆するほど刺激的な走りは今も語り草となっている。
プジョー205GTIのライバルとして送り出されたランチアデルタHFインテグラーレも刺激的なホットハッチだ。このクルマもWRCで驚異的な速さを見せつけた。
ホットハッチと呼ばれる高性能ハッチバックが誕生したのは1970年代半ばだ。ブームの火付け役となったのは、VWゴルフに設定されたGTIである。
高性能な1.6LのSOHCエンジンを搭載したが、このエンジンは当時のF3マシンを席巻するほど素性がよかった。足の味付けも絶妙だった。日本には並行輸入のかたちで持ち込まれ、2代目から正規輸入が始まった。
ツインキャブを装着し、サスペンションを強化した日本のホットハッチも長い歴史を誇る。1970年代初頭、日産はFFスポーツのチェリーX1をリリースしたが、ホットハッチ第1号はシビックRSだ。少し遅れて2BOXデザインを採用したスターレット(KP61)が登場する。動力性能は控えめだったが、後輪駆動ならではの操る楽しさを強烈にアピール。
ホットハッチの黄金期は排ガス対策がひと段落した1980年代だ。大きく進化したのはエンジンで、OHVからSOHCエンジンになり、ついにはDOHC4バルブになる。また、ターボや可変バルブタイミング/リフト機構、5バルブ化、電子制御燃料噴射装置など、高度なメカニズムを採用したホットハッチも少なくない。
1.3Lクラスのトピックは1982年に登場したホンダのシティターボだ。
1.2Lの4気筒SOHCエンジンにIHI製ターボと電子制御燃料噴射装置を装着し、強烈な加速を見せつけた。発展型のターボIIは「ブルドッグ」のニックネームで愛され、ボーイズレーサーの代名詞にもなっていた。
FF車に生まれ変わった3代目の「かっとびスターレット」(EP71)にもホットハッチが用意されていた。1986年1月に加わったインタークーラー付きターボ(110ps/15.3kgm)だ。
見どころは、パンチ力があるだけでなくエコも先取りしていたこと。過給圧を標準過給とロー過給に変えられる2モードターボを採用し、刺激的な加速と穏やかな加速の両方を楽しむことができた。
これに続く1989年登場の4代目スターレットのターボ搭載車は豪快な加速を引き出せるだけでなく、止まる性能も一級だ。4輪ディスクブレーキやABSなど、時代に先駆けて安全にも目を向けていたのだ。
1Lエンジンを積むホットハッチにも名車が多い。筆頭は3気筒エンジンを積むダイハツの2代目シャレードだ。世界最小のディーゼルが話題を集めたが、1984年にはガソリンターボのデ・トマソを送り出した。エアロパーツに加え、カンパニョーロ製アルミホイールやMOMO製本革ステアリングなどでドレスアップ。
1Lのターボエンジンは高回転まで小気味よく回り、フットワークも冴えていた。これに続くシャレードGT-tiはDOHCターボへと進化。当時は世界最速のリッターカーの名声を誇示していたほど。
日産はマーチにターボ車をラインアップした。度肝を抜かれたのは1989年登場のスーパーターボとモータースポーツ参戦のために登場した“R”だ。
時代に先駆けてターボとスーパーチャージャーの2段過給を採用し、クラスを超えた痛快な加速を見せつけた。
これに対しNAエンジンで勝負に出たのが1986年登場のスズキカルタス1300GT-iだ。
1.3LのDOHCエンジンは高回転まで気持ちよく回る。足もいいからレースやラリー、ジムカーナでも速さを見せた。
1.3Lクラスと同じように、モータースポーツ参戦を意識したクルマが多いのがテンロクのホットハッチだ。その筆頭はグループAレースで常勝を誇ったシビックSiと後継のSiR、そして進化型のタイプRである。
ZC型DOHCエンジンを積むSiは高回転まで気持ちよく回り、フットワークも軽やかだった。ライバルのカローラFXとは名勝負を演じている。
1989年秋、4代目シビックに驚速のホットハッチ、SiRが加わった。DOHC・VTECエンジンはリッター当たり100psを超え、7000回転を超えても天井知らずの伸びと鋭い加速を見せつけた。フットワークも冴えているから運転するのがとても楽しい。
これに対し三菱のミラージュは、ターボで武装して刺激的な走りを生み出し、4代目ミラージュサイボーグRでは切れ味鋭いMIVECエンジンを投入した。この時代のホットハッチは、レーシングエンジン並みに高回転が得意だった。
マツダも負けてない。FF2BOXブームを築いたファミリアは、ターボに続いてフルタイム4WDを送り出した。この時に1.6LのDOHCターボを積むGT-Xを設定し、シビレる走りを手に入れている。
日本のスポーツ4WDの夜明けはこのクルマからで、マツダは本気でWRC制覇に燃え(マシン名称はファミリアの欧州名の323)、投入したファミリアGT-Aも個性的な1台。
似た設計思想から生まれたのが日産のパルサーGTI-Rである。2LのDOHCターボにフルタイム4WFを組み合わせ、舗装路でも悪路でもアグレッシブな走りを見せつけた。
鳴り物入りでWRCにデビューしたもののWRCで不遇の時を過ごしたパルサーは、その後路線変更して、スポーツモデルはもう設定しないのかと思いきや、1997年のマイチェンでVZ-R、VZ-R・N1をデビューさせ、N1は1.6Lで200ps(VZ-Rは175ps)!
日本のテンロクスポーツでは今でもこのN1のスペックを超えるクルマは登場していない。
モータースポーツと密接にかかわっていたのがホットハッチで、レース、ラリーに勝つことを優先。だから、メーカーもN1耐久(現在スーパー耐久の前身)、ラリー、特にWRCにも力を入れた。勝つためにはパワーアップは必須でパワーウォーズも激化。このパワーウォーズもホットハッチの歴史を振り返るうえで無視できない。
魅力を全身で表現していたのが20世紀のホットハッチなのだ。
(写真、内容はすべてベストカー本誌掲載時のものです)
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