山梨県は11月18日、「富士山登山鉄道構想」において、鉄軌道を使った次世代型路面電車(LRT)を断念し、レール不要のゴムタイヤ式新交通システム「(仮称)富士トラム」を検討すること発表した。プロジェクトも「(仮称)富士トラム構想」に改称された。


◆来訪者数のコントロールが必要

富士山の環境を保全するにあたって課題とされているのが増大する訪問者数だ。山梨県では、五合目の来訪者数をコントロールする手段として、山麓の富士吉田と五合目とを結ぶ既存の有料道路「富士スバルライン」にLRT軌道を敷設することを検討してきた。

富士スバルラインを再利用するのは工事コストの低減のため、道路として路面を維持するのは緊急自動車の通行のため、そして軌道系のアクセスとするのは、一般自動車の通行を制限するためだ。道路の交通規制は国の管轄で、道路交通法では望ましい規制はできないというのが山梨県の見解だ。

今回LRTに代わって、路面の磁気マーカーや白線で車両を誘導する、ゴムタイヤ式の新交通システムが発表された。これら磁気マーカーや白線は法律上も軌道としてみなされるため、軌道法が適用され、富士スバルラインは軌道となる。軌道なので一般車両の進入を規制して、来訪者数をコントロールできるようになるわけだ。

◆大規模な工事が不要な磁気マーカー誘導システム

富士トラムは、ゴムタイヤで走る電車の形をした、電車とバスの両方のメリットを備えたニューモビリティだ。LRTと比較して大幅なコストダウンが期待できる。

車両は路面の磁気マーカーや白線を車載器で感知して進路を決定し、自動運転も可能だ。道路に鉄軌道を敷設するような大規模な工事の必要はなく、運用メンテナンスも軽微。動力源として山梨県が推進する「グリーン水素」も使用可能だ。

海外では同様のシステムがすでに運行している。山梨県の資料には、マレーシアのサラワク交通公社がクチン市で導入した、中国のCRRC(中国中車)が開発したART(自動運転高速輸送)の写真が流用された。写真では路面に描かれた白線が見える。

山梨県は将来的な国産化も期待している。路面の磁気マーカーによる車両誘導は、国内企業では愛知製鋼がすでに実証実験を繰り返している技術だ。

富士トラムに想定されるものと同様の新交通システム。マレーシアのクチン市で導入が検討されているART=自動運転高速運輸

◆さまざまなアプローチを検討

山梨県は2021年2月に富士山登山鉄道構想を発表し、富士スバルラインにLRTを運行させる構想を提案した。2024年9月に事業化検討に関する報告を、10月に技術面の課題および総合的な事業化方針について調査報告を公表した。

報告では、事業化については、線路を県が、車両を民間が整備所有し、民間が運営する「上下分離」が適しているとされた。往復運賃1万円で年間利用者数300万人、設備投資額合計1486億円、40年間運用の想定で、県も民間も採算がとれる。運転ダイヤは6分間隔、東京の地下鉄並みとなる。急勾配や急カーブ、メンテナンスなど技術面の課題については解決できるとされた。

いっぽうで山梨県は2023年11月から、富士北麓の6市町村のすべてで長崎幸太郎知事が出席する住民説明会を開催し、続いて県職員が地域住民からの意見を聞く場を14回設け、LRTと他の交通システムと比較するなど、さまざまなアプローチを検討してきた。2024年11月13日には、LRT構想に反対する団体から長崎知事が直接意見を聞く会を開催した。

反対意見として、鉄軌道の敷設など大規模工事が必要、環境破壊が避けられない、建設費や災害復旧費のコスト面が過大などの指摘があった。

◆延伸してリニアと接続

これらのプロセスを経て県では鉄軌道案を断念し、富士トラムに実現可能性を見出したという。LRTを本命として検討していたところ、バックアッププラン、サブプランに切り替えた形だ。

富士トラムの機能は五合目の来訪者数コントロールするだけに留まらない。山梨県では、ゴムタイヤで一般道路も走れるという車両の利点を生かして、富士山とリニアモーター中央新幹線新駅「山梨県駅」を結び、県内各地へ二次交通網を構築するグランドビジョンも描いている。

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