ベストカー本誌でおなじみの水野和敏氏が、自動車メーカー開発現場で培った幅広い視点から、「本当の」自動車技術を徹底的に伝授。実際に開発現場で「作ってきた」からこそわかる、本当の技術講座だ。今回はちょっと「水くさい」アレについての話!?

※本稿は2024年10月のものです
文:水野和敏/写真:ベストカー編集部
初出:『ベストカー』2024年11月10日号

■冷却水は名前ほど冷却しない……と思いきや!?

R35GT-Rのエンジン周辺。エンジン冷却液用のラジエターは通過風が70℃前後と高温のため、最後方に配置する

 暑さが厳しかった2024年の夏、クルマの冷却系のトラブルをいくつか耳にしました。自動車の冷却系と言えば、真っ先にエンジンを冷却するラジエターが頭に浮かぶことでしょう。

 ところで、一般的な自動車のラジエター(熱交換器)は、どんな仕事をしているのかご存知ですか? 具体的に言うと、ラジエターの入り口と出口で水温は何度程度冷されているでしょうか? 最近はCO2や燃費対策をするので水温は以前の80℃から、少し高めの90℃程度になっています。

 エンジン本体やオイルを冷やした冷却液は90~92℃でラジエターに取り込まれます。薄い1~2層の構造となったラジエータコア(本体)のチューブ内部を冷却水が効率よく走行風に当たりながら流れて水温は低下します。そしてラジエター出口では86~88℃程度となります。

 意外に思われた方もいるでしょう。しかし、ラジエターで下げる水温はわずか3~4℃程度なのです。

 しかし水温の低下はわずか3~4℃でも、エンジン冷却と室内のヒーター用に搭載している8~10L程度の大量の冷却液の量は、実はすさまじい熱交換で、例えば風呂のお湯なら数分もかからず沸かしてしまうほどの仕事量なのです。

 エンジン内部の理想的な水温は、この86~88℃程度です。これより低いと、特に、最近の直噴方式のエンジンではオーバークールとなって燃料と空気の混合不足になったり、エンジンの燃焼制御や機械的な作動に不調をきたします。

 逆に117℃以上では冷却液が沸騰してオーバーヒートになり、摺動部分の油膜切れや、エンジン本体の熱歪みなどを引き起こし、エンジンの損傷に繋がります。

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■ラジエターの汚れがオーバーヒートを引き起こす

冷却系はエンジンだけではなく、自動車のコンディションを安定させるために重要

 最近のクルマのラジエターはアルミ製のコアが1~2層の薄い構造になっています。1層あたりの厚さは16mm程度です。

 各コア層では、冷却水が流れるパイプの間に0.3~0.4mmの薄いアルミ板にルーバー加工を施した波状のフィンが溶着されて配置されていて、ここに冷却風を通して効率よく冷却液を冷やしています。

 冬場の融雪剤をまいた雪道を走った後や、泥で汚れた道を走った後などは、この薄いアルミフィンの表面が融雪剤の結晶や泥の薄い膜等で覆われたり目詰まりします。これにより冷却性能が格段に落ちます。定期的にラジエターを確認し、汚れが付着しているようなら水で洗い流してください。

 ただし、薄いアルミ板のフィンはとても弱く、損傷しやすいので、直接ブラシで擦ったり、高圧水を使わずシャワーにして優しく流してください。

 ちなみに、ラジエターを通過した後の風は70℃程度に上昇しています。エンジンルーム内には、この70℃の風が常時吹き込んでいるので、バッテリーなど熱に弱い部品の搭載位置には工夫が必要なのです。

 また、エンジンルーム内の空気の流れをしっかりとデザインし、効率よく抜いてやることで、より多くの冷却風が通過し、空気抵抗も低減します。一般に、空気抵抗が少ないクルマは、ラジエター冷却風の効率もいいのです。

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■インタークーラーは冷却系の最前列に配置する

エアコンコンデンサーも冷却系。80℃を50℃まで冷やすため、エンジンルームの最前部に配置される

 最近多いターボエンジンでは、過給により熱を帯びた吸気を冷やすためにインタークーラーを装備します。

 ターボチャージャーで圧縮された吸気は80~100℃にもなります。これをそのまま吸気管からシリンダーに送り込むと、ノッキングや異常燃焼を起こします。吸気の適温とされる40~50℃に冷やすためにインタークーラーを通すのです。

 以前は空冷式インタークーラーが一般的でしたが、最新のエンジンでは水冷式が多く使われています。これは、より精度の高い吸気温度コントロールのためです。空冷式インタークーラーは「冷やす」ことしかできません。外気温がマイナスになる冬場の北海道などでは吸気が冷えすぎてしまいます。

 特に直噴ガソリンエンジンでは、冷えすぎた吸気がシリンダーに供給されると、直噴された燃料との混合が不十分となり、不完全燃焼になり、出力の低下だけでなく燃費も大幅に低下してしまいます。

 そこで水冷式なのです。インタークーラー周囲は40~45℃の冷却水に覆われています。外気温にかかわらず安定した水温で吸気温度をコントロールできます。夏場は「クーラー」ですが厳冬期はむしろ、エンジンの冷却水も使って吸気の温度を加熱する「ヒーター」の役割を果たすのです。

 この水冷式インタークーラーの冷却水を冷やすため専用のラジエターが必要となりますが、水温を40~50℃に管理するため、70℃の風を吹き出すエンジン冷却水用のラジエターの後方に置くことはできません。インタークーラー用ラジエターはエンジンルームの最前端、走行風が直接当たる位置に置くのです。

 冷却系統といえばエアコン用コンデンサーもあります。コンプレッサーで圧縮された冷媒(エアコンガス)は80℃ほどの半液体になり、コンデンサーでおおよそ50~60℃に冷却されエバポレーター(減圧熱交換器)に送られます。

 エアコンは、高圧縮された液体冷媒が一気に気化する際の気化熱により温度を下げるのがその原理です。気化した冷媒を再びコンプレッサー圧縮で液体化→コンデンサー冷却→エバポレーター気化のサイクルでエアコンは機能します。

 エアコン・コンデンサーも80℃の半液体物資を50℃に下げるため、通過風は外気温度程度が必要です。やはりインタークーラー用ラジエターと並んで、エンジン冷却用のラジエターより前方に置かれます。

 このほかにもエンジンオイルクーラーやATオイルクーラーなどもあります。ATオイルは100℃前後が適温なので、ATオイルクーラーはエンジン冷却水用ラジエターのロアタンク内に内蔵されています。

 エンジンオイルクーラーはオイルフィルター部から配管し、小型ラジエターで120℃前後のオイルを100℃前後に冷却するため、エンジン冷却用ラジエターの横か、後方に配置します。

 このように、冷却系といってもその作用温度域によって配置が決められているのです。冷却効率を、腐食を防止するため、コア部分の冷却フィンはこまめに優しく清掃しましょう。

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