プリンス自動車が日産に吸収された頃、水面下で市販化が進められていたのがチェリーだ。プリンス開発陣の意地が注ぎ込まれた日産初の前輪駆動かつホットハッチの源流となったX-1Rをプリウス武井が全開試乗する!!
※本稿は2024年4月のものです
文:プリウス武井/写真:小林邦寿/車両協力:プリンスガレージかとり
初出:『ベストカー』2024年5月10日号
■まさに激レア!! ワンオーナー&ノーマル仕様の昭和の名車
また昭和の名車に出会うことができた。50年前の個体にもかかわらずワンオーナーのノーマル車。走行距離は何と実走で5万km。自動車整備工場の社長が長年所有していた車両とのこと。オリジナルを色濃く残すX-1Rを桜の花の咲く季節に試乗できることに感謝しかない。
車名の「チェリー」は文字どおり「桜」という意味。日本を代表する花の名前とすることで多くのユーザーに受け入れてもらいたいという気持ちで名付けられた。
そのため製造コストがかかるリア駆動からフロント駆動にすることで車両価格を抑える必要があった。日産自動車初のFF車の開発は、プリンス自動車時代の技術陣が担当。いくつもの課題を知恵と工夫でクリアし新車価格63万円台の低価格で提供できる大衆車としてデビューした。
チェリーは、ハコスカ同様、プリンス時代の技術者の情熱が注ぎ込まれている。型式にPが入るのはプリンスへの敬意と言ってもいい。
そんなチェリーシリーズで最も人気があるのが、1973年3月に発売されたX-1Rだ。市販車にしてレーシングカーをイメージさせるオーバーフェンダーを標準装備したデザインは特別だった。
尖った走りにふさわしいハードなサスペンションと軽い車両重量のメリットを活かしたポテンシャルは多くのドライバーを魅了した。個人的には私のヒーロー、元祖・日本一速い男「星野一義さん」のイメージがとても強い。
当時、四輪レースではFRが圧倒的に有利だったにもかかわらず、FFのデメリットをものともせず走る雄姿はとてもカッコよかった。「タックイン」というFF駆動を旋回させる技を知ったのは、星野さんのドライビングからだ。
今回、紹介する個体は、千葉県香取市のプリンスガレージかとりが所有している販売車。初代チェリーの集大成的なX-1Rは、今、どんな走りを見せてくれるのか偽りのないインプレッションレポートをお届けしたい。
■今も力強さを感じる走り
第一印象は車体全体が小さく見えた。いまの5ナンバー車と比較するとかなりコンパクトだ。
しかし、室内は意外と広く圧迫感がまったくない。ガラス面が大きくAピラーも細いこともあり視認性は抜群。オリジナルのドライビングシートの保存状態がいいのには驚いた。座ると座面に若干、経年劣化を感じるが、50年モノということを考えると許容範囲だ。
セパレートタイプのシートベルトを装着して、早速イグニッションキーを回した。燃料吸気装置はイギリスのSUツインキャブを採用しているが、冷えている状態ではチョークを引かないとなかなか始動しないためプラグがかぶる率が高くなる。しっかり暖気すれば始動性はバッチリだ。
クラッチペダルを踏み、4速ミッションをローギアに入れた。アクセルを何度かあおりクラッチをリリースすると、なんの抵抗もなく素直に動き出した。トルクは10kgm以下なのにスムーズに走り出すのは車両重量が軽量だからだろう。
この個体はノーマルサスペンションなのだが、一般道では路面ギャップがあると硬い印象がある。パワステ機能はなく、ステアリングの応答性は左右に遊び幅があるけど、タイヤの接地感はちゃんと伝わってくる。
エンジンのポテンシャルを測るため高速道路に移動。ETCレーンではなく高速通行券を受け取り高速に入った。合流車線までの左コーナーを意識的に攻めて旋回すると、無難にクリアしていく。
アクセルを踏み込むと、80馬力とは思えないほど駿足でしかも力強い。軽自動車以下の車両重量が高いポテンシャルに直結していることに感心した。
当時のカタログには0-400m加速は2名乗車の状態で16.8秒。最高速は160km/hと記載されているが、実際にドライブしてみると、その実力は現在でも色あせることはない。優れた加速性能だが、高速安定性は今のクルマと比較すると不安がある。しかし昭和時代のクルマを乗ってきた者からすると懐かしささえある。
A型エンジンはノーマルマフラーなのに、アクセルを踏み込むとキャブの吸気音とともに心地いいエキゾースト音を響かせる。高速巡行を楽しんで出口車線に入る。
フルブレーキングで360度まわり込んだ左コーナーに備える。マスターバックレスのブレーキは、踏力で止める必要があるけれど、思った以上にフィーリングがいいしよく止まる。ここでも車重が軽量なことが貢献している。
■気分は「日本一速い男」だ!?
チェリーはFRと比較するとフロント駆動で独特な挙動があったそうだが、停止状態からの加速ではトルクステアはまったく出なかった。
しかし、旋回中にラフにアクセルを開けるとステアリングにキックバックが発生してアンダーステア傾向になる。
ここでアクセルを丁寧に戻すとテールが流れてノーズの向きが変わる。そこから丁寧にアクセルを踏み込むと気持ちよく旋回してくれる。これが星野さんの得意としていたタックインという技だ。
この挙動は、チェリーというクルマだからこそできるテクニックだと思う。今では電子デバイスがドライビングをアシストしてくれるが、初期型サバンナRX-7もそうだったように、クルマのネガティブな特性をねじ伏せてコントロールできるドライバーって凄くカッコよかった。
「チェリーの星野」と呼ばれるほど卓越したドライビングを披露していた星野さんの雄姿と日産チェリーX-1Rは後世に残ると改めて思う試乗になった。
■A12型エンジン探索
A型エンジンは日産自動車を代表する名機だ。1966年から2008年までさまざまな車種に搭載された。X-1Rにはスキナーズ・ユニオン(SU)社製ツインキャブ搭載1171ccの水冷直列4気筒OHVが載せられ、最高出力80ps/6400rpm、最大トルク9.8kgm/4400rpmを発生。
数字だけ見ると非力と思えるが、車重600kg台のX-1Rは俊敏な加速を体感させてくれる。モータースポーツシーンにおいてもチェリーをはじめサニーなどに搭載された。チューニングが施されたレース用A型パワーユニットは幅広いカテゴリーで実績を残した。
●日産 チェリークーペ1200 X-1R(1974)主要諸元
・全長×全幅×全高:3690×1550×1310mm
・ホイールベース:2335mm
・車両重量:645kg
・エンジン形式:直列4気筒OHV
・総排気量:1171cc
・最高出力:80ps/6400rpm
・最大トルク:9.8kgm/4400rpm
・ミッション:4速MT
・駆動方式:FF
・サスペンション:前)マクファーソンストラット/コイル 後)トレ―リングアーム/コイル
・ブレーキ:前)ディスク 後)リーディングトレーリング
・タイヤ:前後185/60R13(標準165/70HR13)
●プリウス武井って誰?
本名は武井寛史。一応レーシングドライバーとしても活動する映像製作会社社長(が社員なし)であり、「稀代のスーパーカー手配師」と呼ばれる男。愛車がリースの3代目プリウスのため当連載ではプリウス武井を名乗る。
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