1960年代の「ヌォーヴァ・チンクエチェント」ことフィアット500をベースにチューニングを施したアバルト595SSなどというモデルが広く知られていたが、一連のアバルト車は熱心な信者を生み出すほど人気のブランドであった。そのなかのヒット作の一台を紹介しよう。

文、写真/いのうえ・こーいち

■憧れブランド「アバルト」

アバルト 750GTザガート。倍の排気量を持つクルマに対して互角以上に渡り合える走りが魅力だった

 リアに取付けられたエンブレムには「Fiat deriv. Abarth750」と描かれている。deriv.とはデリヴァツィオーネ、起源とか派生するというような意味のイタリア語だ。つまり小型スポーツカー、フィアット車をベースにつくった「750」エンジン搭載のアバルト、を意味している。

 アバルトというブランドは、クルマ好きにとって思わず胸ときめいてしまうような特別なブランド、である。「火の玉ブランド」などと愛称されるほどにチューニングされた小型車は、倍の排気量をクルマを「カモ」にするほどの目覚ましい性能の持ち主だったりする。

 1950年代の終わりから1960年代にかけて、「750」クラスや「1300」クラスといった小排気量のクラスでは、それこそ数えきれないほどのトロフィーを獲得し、世界チャンピオンに君臨する常勝ブランドでもあった。

 エンジンやシャシー、先のフィアット500などはそのボディまでを利用してつくり出された速い小型車は、いち時代を謳歌した憧れのアバルト、だったわけだ。

■エンジンはいいサウンド

アバルトによるチューニングでエンジン出力はもとの倍近い出力を発揮した

 もともとのアバルト社は、スポーツ・マフラーのブランドとして基礎が築かれた。そのむかし、ホイールをアルミに変え、マフラーはアバルトにして……というのが、スポーティカーのチューニングの基本メニュウのひとつであった。

 アバルト・マフラーは抜けもよく、いいサウンドを轟かせた。その成功で名を挙げたアバルトは、フィアットの小型車を次々にチューニングして、アバルト車に変身させた。

 もともとが小排気量だから、そんなに大パワーではないのだが、ベースのクルマに較べたらひと回り以上速い。アバルトの方もチューニングをどんどんエスカレートさせて、サーキット専用に近いモデルまでつくり出すから、当時のクルマ好きの注目はどんどん大きくなっていく。

 たとえば表題のアバルト750GTのエンジン、もともとはフロア・ユニットともどもフィアット600のそれが利用された。

 633ccのOHVエンジンは、ヘッドをはじめとしてほとんどの部品を新調、747ccの排気量でオリジナルの倍近い43PSを発揮した。ウエーバー・キャブ、アバルト・マフラーを備えた、生まれながらのチューニング・エンジンは実に小気味よい走りを提供してくれた。

■ザガート製の「ダブル・バブル」

カロッツェリア・ザガートの手による特徴的な「ダブル・バブル」ボディ

 フロア・ユニットはフィアット600。驚くことに足周りもほとんどそのまま利用される。それがアバルトらしいともいえるのだが、エンジン・チューニングに賭けた情熱からすると、あまりにも拍子抜けするほど。

 エンジンとともにもうひとつの見どころになるのがボディだ。

 そのままフィアット600のボディを持ったアバルト車もつくられたが、アバルト750GTザガートはそのネーミング通り、カロッツェリア・ザガートのアルミ・ボディが架装されている。軽量であることとともに、「ダブル・バブル」というザガートの特徴が盛り込まれている。

 それは、左右に膨らみを持たせたルーフ部分。ヘルメットを被ったドライヴァでも、ヘッドクリアランスが保てる工夫だけでなく、リアのエンジンリッドなどにもそのモティーフが採り入れられ、この小さなクーペを個性的に仕立てている。

 室内も、大きなメーターを備え、雰囲気はスポーティ。このアバルト750GTザガートは、北米を中心にヒットした。当時の広告をみると、それこそ倍の排気量のアルファ・ロメオのスパイダーと同じ価格だったにもかかわらず、熱心なクルマ好きを中心に、この種のメーカーとしては異例な数「量産」された。

 そして、アバルトは勢いを駆って、DOHCエンジン搭載の「ビアルベーロ」に至るのである。

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