国内最大級のテストコースを持つ研究開発施設、トヨタ・テクニカルセンター・下山が完成し、運用が始まった。650.8ヘクタール(東京ドーム138個分)の広大なスペースを持ち、11本のテストコースに加え、車両開発棟と試験車両の整備場を持つ画期的な施設。「作って走る、壊して直す」を繰り返すクルマづくりが行われていく。

※本稿は2024年4月のものです
文:ベストカー編集部/写真:TOYOTA、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』2024年5月26日号

■クルマを作るのに一番重要なのは「壊すこと」

マスタードライバーとして体を張ってクルマを鍛えるモリゾウさん

 2024年4月2日に行われたトヨタ・テクニカルセンター・下山のお披露目式に出席したモリゾウさん。

 モリゾウさん自身が運転し、横転し壊れた状態のままのGRヤリスを前に「クルマをつくるうえで一番大事なことは『壊すこと』だと改めて感じました。とにかく道を走って、壊して、直す……これを繰り返していくことこそが、クルマをつくるということなのだと思います」と語った。

 壊すたびにいいクルマができるという確信を持ったのは、コロナ禍のなかGRヤリスを開発できたからだ。

 当時モリゾウさんは愛知県蒲郡市にあるKIZUNA研修所に隣接するダートコースでGRヤリスに乗り続けていた。走れば走るだけ部品が壊れていくなか、エンジニアとメカニックが原因を追究し、対策を考えていく日々が続いた。

 容赦なく走り、クルマは悲鳴を上げ、いくつもの箇所が壊れた。壊れるたびにモリゾウさん、エンジニア、メカニックが、頭を悩まし、率直な意見を言い合い、改善を重ねた。コロナ禍ということもあり、集中力を高めた開発だったと想像する。

 その結果としてGRヤリスは発売日の翌日に富士スピードウェイで開催されたスーパー耐久の24時間レースでクラス優勝を飾った。

 弱いところを発売までに洗い出し、鍛え上げたGRヤリスだからこその結果だった。

■壊れたままの状態で展示されたGRヤリス

ミラーが折れ、ガラスにひびが入ったGRヤリス(GRMN)が、転倒時そのままの状態で展示された

 さて、あえて壊れたままの状態で展示されたGRヤリスは、2023年11月末にラリー車の開発のためにモリゾウさんがダートコースをテスト走行中に不具合があり、砂利の山に乗り上げ、横転したクルマだ。

 フロントガラスにひびが入り、助手席側のミラーは折れてしまっている。

 完全にひっくり返ったにもかかわらず、モリゾウさんも助手席のラリードライバー勝田範彦選手もかすり傷ひとつ負わなかったことは、クルマの安全性や強度を表すものだが、開発陣にとって、いいクルマづくりを考える大きなきっかけになったという。

 何をどう改善して、もっといいクルマにしていくのか? 真剣に考えたという。マスタードライバーであるモリゾウさんが体を張っていることが、伝わったからに違いない。

 「クルマをつくるうえで一番大事なことはクルマを壊すこと。走って、壊して、直す、を毎日毎日、何度も何度も、繰り返すことが大事」と語るモリゾウさん。

 その想いを共有し、いいクルマづくりに結びつけるため、テクニカルセンター・下山は、試験車両を扱うメカニックが整備場にいて、上の階にはエンジニアがいる構造になっている。

 テストが終わるとエンジニアはすぐに駆け付け、テストドライバーからの報告を聞くことができ、メカニックとともに改善点を見つけ、スピード感をもって開発にフィードバックできる。

 これまでスポーツカーの開発はニュルブルクリンクサーキットを走らなければ、いいクルマにならないといったことも言われてきたが、ここ下山で徹底的に鍛えられたスポーツカーは、どんなクルマに仕上がってくるのか? 世界が驚くクルマがここから生まれるに違いない。

■森林の約6割を残す環境保全に取り組んだ施設

上空から見ると森林保全が強く意識されていることがわかる

 トヨタ・テクニカルセンター・下山のもうひとつの大きな特徴は環境保全に取り組んでいる点だ。敷地面積の約6割の森林を残したうえで、新たに緑地を造成している。

 また東エリアには環境学習センターがあり、里山体験イベントなどを行い、地域住民の方たちとの交流の場にしていくという。

 地域に応援されるような施設にならなければ、もっといいクルマづくりもひとりよがりなものになってしまう。モリゾウさんも「ここをどう使うか? 地域の皆さんと考えていくことが大事」と語っている。

 また「地域の子どもたちに誇りを持ってもらえるような下山を残せているだろうか?」という謙虚な思いを忘れてはならないという。

 トヨタ・テクニカルセンター・下山が開発拠点やテストコースという枠を超え、みんなでクルマの未来を語れる施設になっていくことを期待したい。

■トヨタ・テクニカルセンター・下山とは?

西エリアの来客棟は開放感にあふれ自然との融合を感じさせる

 豊田市と岡崎市にまたがる650ヘクタールという広大な敷地面積を持つ研究開発施設。構想から約30年、投資額約3000億円をかけて完成し、2024年3月25日から全面運用が開始された。

 機能別に西エリア、中央エリア、東エリアに分かれ、中央エリアにはニュルブルクリンクサーキットを模した全長約5km、高低差約75mのカントリー路があり、クルマの味付けを目的に徹底的に鍛え上げられる。

 東エリアには約6kmの高速評価路や約5kmの周回路など10本のテストコースがあり、クルマの運動性能の信頼性や品質が作りこまれる。

 西エリアには車両開発棟があり、企画、設計、デザインなどの担当が常駐する。具体的にはGRとレクサスのクルマがここで開発される。また来客棟では、社外関係者との協業が行われるほか、コンビニや食堂もある。

 トヨタ・テクニカルセンター・下山で働く従業員数はなんと約3000人。いいクルマづくりに没頭する研究開発のもと、どんなクルマが誕生するのか楽しみだ。

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