プラカードを掲げて多度大社の上げ馬神事の開催に反対する動物愛護団体の人たち=三重県桑名市の多度大社で2024年5月4日午後1時40分、兵藤公治撮影

 人馬が坂を駆け上がる多度大社(三重県桑名市)の上げ馬神事は今年、「動物虐待」との批判を受け、大幅に改善された。高さ約2メートルの土壁が撤去され、坂が緩やかになった。だが、神事が終わった今も、馬をたたくムチの使用禁止を求める声が上がるなど模索が続く。【渋谷雅也】

 上げ馬神事は5月4、5日に実施された。人馬ともにけがは無く、無事に終了した。

 「今年は昨年よりお客さんが少なかった。観光業としては厳しく、来年以降はどうなるだろうか」。多度大社の前で料理店を営む男性は、今年の客足を見て不安な思いを口にする。

多度大社の上げ馬神事で、土壁が撤去されて緩やかになった坂を駆け上がる馬と騎手=三重県桑名市の多度大社で2024年5月4日午後1時20分、兵藤公治撮影

 例年は2日間で約20万人が訪れ、周辺の飲食店や土産物店にとってもかき入れ時だった。だが、多度大社の発表によると、今年の見物客は2日間計14万人にとどまり、昨年と比べて約6万人減った。

 男性の店は例年、2階に50席余りある観覧席が満席になるが、今年は半分しか席が埋まらず、売り上げは3分の1に減った。常連客からは「上げ馬の迫力がなくなったね」「来年は席を予約しようか悩む」と厳しい声があったという。

ハイライトなく「迫力がない」

 2日間の神事では、地元の各地区から選ばれた若者が4日は陣笠(じんがさ)と裃(かみしも)姿で、5日は花笠(はながさ)をかぶった姿で騎乗し、9頭の馬が挑戦。約100メートルの助走から坂を駆け上がった。三重県四日市市の無職、松田弘司さん(89)は「従来とは違うけど、時代の流れを考えれば壁がなくていいと思う。動物と関係者が無事でいることが大事」と話した。

 一方、神事を長年、見守ってきた人たちからは戸惑いの声も上がった。壁を越えられるかどうかは、祭りの「ハイライト」だった。今年の神事を見た、桑名市出身で愛知県愛西市のパート職員、伊藤肇さん(76)は「小さいころから親しんできた祭り。楽しみにして来たけど、壁がないから簡単に坂を上がることができて迫力がない」と語った。

ムチ打ちが強すぎるケースも

 「このような感じで続けていけば、これからも続けることができる。もっとよくしていきたい」。神事が無事終了し、多度大社御厨(みくりや)総代会の伊藤善千代会長(75)はこう話した。

 一方で「ムチを持って走ることは許していたが、それでも強くたたく行為があった」と伊藤会長。伊藤会長によると、ムチは騎乗して走る合図の時だけ、馬の肩にムチを使用する決まりだった。だが、実際には騎手の気合が入り過ぎて力強くムチを打ったり、また、馬の尻をたたくなどの行為があり、スピードを出し過ぎていた馬がいたという。

 こうした状況に、騎手らを指導した北勢ライディングファームの中村勇代表(60)は「問題点はムチの使い方。騎手がわざと強くムチを入れているわけではないが、強く入れ過ぎていた。みんなに認められ、馬に寄り添った祭りにするため、ムチを持たないことも考えたほうがいいかもしれない」と提案する。

愛護団体は刑事告訴

 動物愛護団体はこれまで、神事の見直しを繰り返し求めてきた。昨年10月には動物愛護団体「PEACE」(東京都豊島区)など2団体が神事の主催者を動物愛護法違反容疑で刑事告訴。三重県警桑名署は「とても難しい問題」として慎重に捜査を進めている。同署は2011年に実施された神事を巡り、馬の尻や腹を棒でたたいたとして、同容疑で神事に参加した男性を書類送検しているが、この時は不起訴になっている。

 三重県は8月、文化財保護審議会を開き、今回の上げ馬神事の改善点について話し合う。今後の神事について、ムチの取り扱い方などが焦点となりそうだ。今後の神事について、福永和伸・県教育長は「文化財としての価値を維持しつつ、動物愛護の精神が守られ、安全にやっていただくことを期待している」と話す。

上げ馬神事

 南北朝時代から約700年続くとされ、三重県の無形民俗文化財に指定されている。馬が坂の頂上に築かれた高さ約2メートルの土壁を乗り越えた回数で、農作物の豊凶などを占うのが恒例だった。しかし昨年、馬が斜面で転倒して前脚を骨折し、殺処分されることになったことがSNS(ネット交流サービス)で拡散されると、「動物虐待ではないか」などといった批判が相次ぎ、多度大社側は今年から改善して実施することを決めた。

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