指の関節を鳴らす行為は、ゾッとするような不快感から純粋な満足感まで、さまざまな反応を呼び起こす。この習慣は一般に良くないことだと言われているが、背後にあるメカニズムを理解すれば、関節を鳴らす行為がなぜ人にそれほどの充足感を抱かせるのかがわかるかもしれない。
関節鳴らしはなぜ満足感があるのか
関節からポキポキという音がしても、実際に骨にひびが入っているわけではない。関節包(関節を包む袋)の中には滑液(かつえき)が入っており、滑液には主に二酸化炭素と窒素の気泡が含まれている。
「関節包を可動域の限界まで伸ばすと、真空に近い状態が生じます」と、米ルイジアナ州ラファイエットで活動するカイロプラクター、マシュー・キャバノー氏は言う。「関節をすばやく伸ばすと、関節包の中で一気に気泡が消滅するのです」
気泡が潰れるだけの現象が、なぜそれほどの満足感をもたらすのだろうか。関節を鳴らす行為は、実際に身体的な解放感をもたらし、一時的に関節の可動性を高めることがあると語るのは、米カリフォルニアにある医療機関DISCスポーツ&脊椎センターの整形・脊椎外科医ロジェ・メリキアン氏だ。
「快感があるのは確かです」と氏は述べる。よく言われるのは、急な動きが関節の周りの神経終末を刺激し、痛みの減少と幸せホルモンの一つであるエンドルフィンの放出につながるという説もあるが、証明されているわけではないと氏は付け加える。
しかし、この快感には生理学だけでなく、心理学的な側面も関係している。関節を鳴らす行為は、ときに習慣となり、時間がたつにつれて強化され、プラセボ効果を引き起こす場合がある。一部には、関節が鳴る音を聞くだけで快感を得るという人たちもいる。
「先日、TikTokで関節を鳴らす音のASMR動画を見つけました」とキャバノー氏は言う。「ポキポキという音を聞きたいだけで、身体的な解放感を伴わなくても構わない人もいるのです」
関節を鳴らすのは体に悪いのか
友人や家族から、習慣的に関節を鳴らすと関節炎のリスクが高まると言われたことがある人もいるかもしれないが、どうやらそれは事実ではないようだ。
関節炎になるというのはよく使われる脅し文句だが、「(1998年以降の)研究によると、指の付け根の習慣的な関節鳴らしと、手の変形性関節炎の有無との間に有意な相関関係は示されていません」とメリキアン氏は言う。
「一部の研究では、習慣的に指の付け根の関節を鳴らす人たちは、そうでない人よりも手が腫れたり握力が低下したりする可能性が高いことが示唆されています」と氏は付け加えているが、握力の低下に関しては、まだ結論が出たわけではないようだ。
2017年に医学誌「Hand Surgery and Rehabilitation」に発表された研究 は、習慣的に指の付け根の関節を鳴らす人(1日に5回以上)とそうでない人を35人ずつ比べている。すると、関節を鳴らす人たちの方が、指の付け根の軟骨が厚くなっていたものの、握力に悪影響は見られなかった。
だからといって、関節鳴らしに何の問題もないわけではない。首や背骨のような大きな関節は、慎重に扱う必要がある。こうした部位は作りが複雑でけがや問題が起こりやすく、間違った扱いをすると、頭痛や手足のピリピリとした痛み、めまいなどが引き起こされる場合がある。深刻なケースでは、首の骨を動かす処置と、脳卒中につながる動脈解離(動脈の内側の壁が裂けること)との関連も指摘されている。
自力で整体をするとき、過度な力を加えたり、不適切なテクニックを使ったりすると、靱帯や筋肉、神経の損傷につながる。なぜなら、首や背骨は「複雑な構造をしており、日々さまざまな圧迫や緊張にさらされているため」だとメリキアン氏は言う。
背骨はまた、非常に敏感な脊髄を取り囲んでいるため、自分で音を鳴らそうとする場合には、素早く、優しく、浅く押すテクニックを使うようキャバノー氏は勧めている。
「自力で整体を行うことの主な問題点は、力の加減や、関節を押す方向を間違ってしまうことです」とキャバノー氏は言う。「正常な範囲で関節を運かす分には危険はありません」
悪い例としては、指の関節をひねることが挙げられる。「指は曲がるものであり、ひねるようには動きません」と氏は言う。「ひねるべきでない関節をひねると、靱帯に負担がかかり、関節が傷つき、炎症を引き起こす可能性があります」。自力整体をしていて痛みを感じた場合は、中断して専門家に相談すべきだろう。
大半の研究は、関節を鳴らす習慣が長期的に大きな影響を及ぼすことはないという結果を示しているものの、悪評はすっかり定着してしまっている。「あなたは手の関節を鳴らしますか」とメリキアン氏に尋ねてみたところ、「いいえ」という答えが返ってきた。「手は仕事に欠かせないものですから」
文=Hannah Singleton/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年5月10日公開)
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