京都府警を定年退職後に一般社団法人「つなぎ」を設立した中邨よし子さん。認知症の当事者や家族、地域のために活動している=京都市左京区で2024年5月16日午後1時25分、銭場裕司撮影
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 道に迷って帰れなくなり警察に保護された認知症の人を家族に代わって迎えに行く一般社団法人を、京都府警の元警察官が2023年4月に設立した。全国でも珍しい取り組みで地域の居場所作りなどにも力を入れる。家族の支えとなって保護された認知症の人を少しでも早く安心できる場所に帰したい――。そんな思いで動き出した元警察官の目には認知症を巡るどんな実態が見えてきたのか。

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定年を機に設立

 法人は京都市左京区の「つなぎ」。京都府警の警部補だった中邨(なかむら)よし子さん(61)と竹内雅人さん(60)が、中邨さんの定年退職のタイミングで設立した。それぞれ代表理事と理事を務める。

 中邨さんは警察人生の半分以上を地域部門で過ごし、高齢者の保護などに関連した仕事も多かった。

 法人を設立した理由は現職時代に感じた課題にある。認知症の人を保護する事案が増えていく一方で、すぐに迎えに来られない家族も多かった。

 警察には認知症の高齢者に対応する専用設備はない。中邨さんの経験では、相談室などのパイプ椅子に座ってもらい付き添い役の警察官と待ってもらった。夜間はベッドのない保護室で休んでもらうか、折りたたみベッドやソファに横になってもらうなどの対応を取るしかなかった。

心を鬼にして

一般社団法人「つなぎ」のカフェスペースにある案内板。落語の会が開かれることもある=京都市左京区で2024年5月16日午後1時41分、銭場裕司撮影
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 警察は昼夜問わず有事の対応があるため人を割いてパトカーで送り届けることも簡単にはできない。家族にも事情があることを理解しながらも、心を鬼にして「タクシーで迎えに来てください」と夜間に伝えざるを得ない時もあった。中邨さんは「申し訳なかったと思います」と振り返る。

 一緒に活動する竹内さんは盗犯の刑事を長年務めたが、中邨さんと同じ署に配属された際、地域の安全・安心活動に取り組む業務で一緒になった。「定年後はどうするの?」。そんな話をする中で、竹内さんも当直時などに同じような課題を感じていたことが分かり、法人を作って自分たちで取り組むことにした。

遠方家族からのSOS

 活動内容の柱となるのは、会員登録した認知症の人が警察に保護された場合、家族から連絡を受けた団体のスタッフが迎えに行って自宅などに送り届けること。対象エリアは京都府亀岡市以南と、大阪府と滋賀県の一部で、行方不明時には家族に代わって通報も行う。

 初めての緊急要請は23年6月。駆けつけたのは警察署ではなかった。

 80代の母親が京都市の自宅近くにある公園にいるのに帰ることができない……。電話で母親と話をした契約者の娘からそんなSOSの連絡が入った。母親は1人暮らしで、この時は少し混乱していたという。娘は遠方で暮らしている。

 契約時などに顔を合わせていた竹内さんが駆けつけると、母親は「来てくれたー」と安心した様子を見せた。自宅まで送った後に大雨が降り始めたという。

一般社団法人「つなぎ」のカフェスペースで実施された昭和歌謡などを楽しむイベント。地域の人たちが集まり、生演奏にあわせて歌声が響いた=京都市左京区で2024年5月16日午後2時20分、銭場裕司撮影
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 中邨さんは法人を設立するまでは同居家族がすぐに迎えに行けないケースを想定していた。だが、活動を進めるうちに1人で暮らす認知症の人がたくさんいる実態が見えてきた。他の府県など家族が遠方で暮らすケースも少なくない。

 家が近くても仕事のためすぐに迎えに行けないこともある。法人と契約した家族の中には、母親を保護した警察から「何時ごろに来られますか」と聞かれて苦しい思いをした経験がある男性もいた。迎えに行った際、「無事で良かったなあ」と言うべきところを、「何してんの」ととがめるように言ってしまったと後悔していた。離職も考えていた時に法人とつながり、男性は安心材料を得られたという。

1人暮らしでもやれる

 法人は地域の居場所づくりにも力を入れており、事務所にワンオーダーで自由に過ごせるカフェスペースを併設している。最初は1人で訪れた人が、だんだんと顔見知りを増やして井戸端会議を楽しむ様子も。服装がおしゃれになる人もいて、中邨さんは外出することが張り合いになっていることを実感した。

 中邨さんは多くの出会いの中で「認知症イコール徘徊(はいかい)」という誤ったイメージを持っていたことに気付かされた。1人暮らしでもサポートがあれば十分に生活できることが分かり、自分が認知症になった時には安心できる地域であってほしいとも願う。現在はさまざまな人と関わりながら「勉強させてもらっている」と言う。

若者のためにも

 法人名の「つなぎ」には当事者を家族につなぐ意味に加え、国や行政などがこの課題と向き合うまでの「つなぎ」になる願いも込めた。中邨さんは言う。「本人を守る役割を家族だけに負わせてはだめだと思います。今の高齢者のためだけではなく、後ろに控える若い人たちのためにも社会として対応を考えないと」

 当事者や家族のニーズはさまざまで、法人では会員の相談内容に応じて個別のプランを立てている。問い合わせは075・777・9758(24時間対応)、カフェスペースは平日午前10時~午後4時。会費などの詳しい内容はホームページ(https://kyoto-tunagi.com/)へ。【銭場裕司】

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