子ども・若者が高い目的を持ち、それを達成しようとすること自体が持っている価値をあまりにも軽く見過ぎた判示には強い憤りを覚えました(写真:metamorworks/PIXTA)

熊本県長洲町の高齢者が生活保護の打ち切りをめぐって起こした裁判で、福岡高裁(久保田浩史裁判長)が3月22日、高齢者側を勝訴とした一審・熊本地裁判決を取り消し、打ち切りは適法だと逆転判断したことが批判を呼んでいる。

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生活保護が打ち切られた理由は、准看護師として働きながら学校に通い、正看護師を目指していた同居孫の収入が増えたこと。しかし打ち切りの結果、孫は追い詰められて学校に行くことも働くこともできなくなり、学校を1年以上休学することになったという。

ネットでは「どんなに努力しても貧しい若者は貧しいまま」「正看護師になれば、もっと自立しやすくなるのに」「孫の収入は孫のものではないのか」などと批判が相次いでいる。

原告側は上告する方針だという。生活保護制度が抱える課題について、貧困や奨学金などの問題にも取り組む太田伸二弁護士に聞いた。

生活保護を受けている世帯でも進学できる

――生活保護を受けている世帯でも、子どもは大学や専門学校に通えるんでしょうか?

生活保護を受けている世帯の子どもが大学や専門学校に進学することはできますが、その場合、その子どもについては「世帯分離」という措置が取られます。

世帯分離された場合でも他の家族と同居を続けることはできるのですが、生活保護の対象外とされます。

――家族が受けられる生活保護費や、学生の生活はどうなりますか?

世帯の人数が増えると、生活保護費も増えます。しかし、世帯分離されると保護費の計算上、世帯の人数としてはカウントされないので受け取る保護費が減ることになります。

この点、2018年度からは大学や専門学校に進むことを理由とした世帯分離の場合、住宅扶助(家賃相当の生活保護費)の計算では、世帯員の人数としてカウントできることになりました。ただ、生活扶助(食費や光熱費等に相当する生活保護費)など、その他の生活保護費が減額されることに変わりはありません。

学生自身の生活費や学費については、アルバイトをしたり奨学金を受けたりすることなどによって、自分で用意をする必要があります。

――今回のケースではなぜ生活保護が打ち切られたのでしょうか?

生活保護は、世帯の居住地や世帯人数などによって計算される最低生活費という金額を、収入が下回る場合に開始され、収入が上回るようになると廃止される制度です。

今回のケースでは、孫の収入と祖父母の収入を合わせると、最低生活費を上回ることを理由として生活保護が廃止されました。孫の収入は准看護師として病院で働いて得たものです。

たしかに、生活保護が廃止された時点では、孫の就労収入と祖父母の年金収入を合わせると最低生活費を上回っていたようです。しかし、孫は准看護師になってからも、正看護師になるために看護学校に通い続けていました。

正看護師になるには実習を受ける必要があり、実習期間は病院での就労収入が下がります。それに備えて収入を増やしていたところ、世帯分離解除と保護廃止がなされてしまったのです。

県も途中で方針変換 生活保護を再開

――生活保護に対するネガティブな意見も珍しくないネットでも、今回の判断には批判的な見方が多いようです

今回のような進学する子どもに対する世帯分離は、生活保護を受けながら大学や専門学校で学ぶことを認めていない現行制度の下で、それでも子どもの進学を認めるためにおこなわれるもので、その目的は将来的な世帯の自立を促すことにあります。

今回のケースでおこなわれたように、准看護師を取った段階で世帯分離を解除してしまったら、正看護師の資格取得は難しくなり、世帯分離をした目的を完全には達成できません。

実は熊本県も、廃止からおよそ1年後に、正看護師の資格を取得したほうが自立助長に効果的だとして、改めて孫を世帯分離して生活保護を再開しています。このようなことからしても、世帯分離を解除せず、祖父母の生活保護を継続するという判断は十分にあり得るものでした。

――結果的に、また生活保護を受けられるようになったとはいえ、今回のような行政の廃止判断が裁判所で認められてしまうと、自治体によっては子どもがいつまでも自立できない恐れがありますね

今回の高裁の判決は、孫の収入と祖父母の収入を合わせると最低生活費を上回るので、「孫の就学・資格取得により、自立を一応達成することができた」として、世帯分離を解除して、保護を廃止した処分を認めています。

しかし、「一応」の自立で十分とすることは、大学や専門学校へ進学する者を世帯分離する趣旨が「世帯の将来的な自立」のためであることと整合しません。

正看護師は准看護師に比べると賃金が高く、孫の将来的な自立を考えた場合にはそれを支援するのが生活保護法の趣旨にも合致するはずです。

その点で、この世帯に生活保護をおこなっていた熊本県としては、世帯分離を解除して保護を廃止する方向ではなく、世帯分離を継続して修学を支援する方向に裁量権を行使すべきでした。

子どもの目標、支える支援のあり方を

――原告は上告する方針とのことです。最高裁ではどのような審理が期待されますか?

今回の判決は「孫が看護師の資格取得を目指していたという主観的な事情は、自立の目的達成に関する判断を左右しない」と、孫の正看護師になろうとする希望を切り捨てています。

子ども・若者が高い目的を持ち、それを達成しようとすること自体が持っている価値をあまりにも軽く見過ぎていて、この判示には強い憤りを覚えました。

社会を見れば、子どもの貧困に取り組む視点から、修学支援新制度も導入され、給付型奨学金や学費の減免も拡充されています。

生活保護制度を見ても、先に述べたように住宅扶助の関係では世帯分離されていても保護費を減額しない扱いになりましたし、大学や専門学校への進学時に転居する場合は30万円、転居しない場合は10万円を支給する「進学準備給付金」の制度も始まりました。

大学や専門学校への進学率は70%を超えています。私はそもそも大学や専門学校への進学者を世帯分離する扱いを止めるべきだと考えていますが、そのような扱いを続けるとしても、修学を支援する方向で制度が運営されなければならないと考えます。

高裁判決の結論は、このような方向性に大きく反するものです。最高裁での判断には引き続き注目していきたいと思います。

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