かばん作りこそ天職

兵庫県丹波市の細川晋さん(63)

“かばんの街”としても有名な兵庫県豊岡市にあるかばんの製造メーカーで25年以上勤め、7年前に独立。

ドクターヘリで現場に向かう医師や看護師などが使う医療用の特殊なかばんなど、客の声に応えながらオーダーメードのかばんを作ってきました。

細川晋さん
「お客様が、『こんなのがほしかった』って笑顔で受け取ってくれるんです。その笑顔を見た時に、『頑張ってよかったな。これこそ天職だな』と思うんです」

きっかけは孫

そんな細川さんが新たに手がけたのは、体に障害がある子ども用のランドセルでした。

きっかけは、孫の咲真くん(7)の進学です。

咲真くんは、1歳のときに脳性まひと診断されました。

右半身が動かしづらく、右手で物をつかんだり指を細かく動かすことはできません。

小学校の入学にあわせてランドセルを探しましたが、咲真くんにとって扱いやすいものはありませんでした。

特に、荷物を出し入れするふたの開け閉めを、片手だけで簡単に操作できるものはなかったということです。

細川晋さん
「小学校はランドセルを使うよう指定されていなかったため、当初はショルダーバッグで通わせることなども考えました。しかし、孫の場合は右手を細かく動かすことが難しいため、片手でかばんを押さえて、もう一方の手でファスナーを持って開けることができないんです。ランドセル選びは悩みました」

おととし秋。

細川さんは咲真くん用のランドセルを一から作ることにしました。

細川晋さん
「やっぱりみんなと同じようにランドセルを担いで登校させてやりたいなという思いがありました。そして、何よりもかばん屋の孫ですから、かばんのことでは苦労させたくないなという、“じぃじの意地”みたいなところがありました。これまでに培った技術や知識を総動員しました」

改良重ねた “こだわり”の一作

これまでに培ったかばん作りの技術も取り入れ、自立するよう生地の間に補強板を入れてランドセルらしい丈夫なつくりを実現しました。

そして、試作品を咲真くんに実際に背負ってもらっては、使い心地を聞きながら改良を重ねました。

特にこだわったのは片手でも使えること。

ランドセルのふたは片手で簡単に取り外しができるドイツ製の磁石のホックを採用しました。

取り付けられたひもを引くとかぶせが開いて、一度閉まればランドセルを逆さにしても開かない仕組みです。

さらに、右半身の力が弱いため肩からランドセルがずれ落ちないよう、両肩にしっかり固定するための専用のベルトもついています。

このベルトは磁石で取り外しができるため、片手でも問題なく使うことができます。

そして、重さも1.3キロほど。

まだ体が小さい咲真くんにとっても背負いやすいそうです。

咲真くん
「色も黒でかっこいいし、ふたを開け閉めする磁石の部分も使いやすいです」

細川晋さん
「デザインや使い心地など、大変気に入ってくれたので安心しました。毎朝、孫が友だちと一緒にランドセルを背負って登校する姿を見るたびに、『頑張って作ってよかったな』と実感しますね」

“ほかの子どものために”

咲真くんにとっては世界にひとつのランドセル。

しかし、細川さんはこうしたランドセルを必要とする子どもはほかにもいるのではないかと考えるようになりました。

「ハンディキャップがある子どもたちが、自分の作るランドセルで少しでも学校生活が明るくなれば」

そんな思いがかばん作りの原動力になっているといいます。

細川晋さん
「困っているのは何もうちの孫だけじゃないと思います。同じように体に障害がある子どもはほかにもいます。周りのみんなと同じように通学できないとか、かけっこできないとか進学に不安を持っているかもしれませんが、その悩みを取り除き、楽しい学校生活を送ってもらうためのお手伝いができればと思っています」

選択肢の多い社会へ

細川さんが製作したランドセルは、2023年度、兵庫県が地域の企業の優れた製品などを表彰する賞の大賞に選ばれました。

体に障害がある子どもを持つ親などから問い合わせが寄せられているということです。

要望があればパーツや素材の組み合わせによってさまざまな障害に対応したランドセル作りにまだまだ挑戦していきたいと意気込んでいました。

“じぃじの意地”で始まった細川さんの取り組みは、より選択肢の多い社会の実現につながるのではないか。

今回の取材を通してそう強く感じました。

(5月21日「リブラブひょうご」5月28日「ほっと関西」で放送)

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