野球と酪農専攻の「二刀流」を実践する球児たちがいる。北海道江別市の酪農学園大の付属校である、とわの森三愛野球部の選手3人とマネジャー1人だ。彼らが実習で搾ったミルクは、ふるさと納税の返礼品として用いられるバターの原料となり、製造過程で生じる副産物はチームメートの力の源にもなっている。
6月中旬、同校の部室を訪れると、練習試合の合間に昼食をとる選手たちの姿があった。食後に飲むのが、牛乳からバターを作ったあとに残る「バターミルク」だ。温めて、紙コップ一杯分をごくりと飲み干す。
栄養価が高く、熱中症予防にも効果があるという。
中村悠飛(はると)主将(3年)は「自分たちの身近な人が搾ったものを飲むことで、思いも感じられて力になる」と話す。副主将の長船(おさふね)大真(たいしん)選手(3年)も「色々な方々の支えがあって野球ができていることを改めて感じる。提供してくれた方々が喜んでくれるようなプレーをしたい」。
記者も試飲したが、風味はややあっさりした牛乳といったところか。普通なら廃棄されるものだが、癖もなくて飲みやすく、ホットミルクとの違いもわからないほどだ。
選手たちがバターミルクを飲み始めたのは今年4月から。牛乳はもともと飲んでいたが、酪農や農業を学ぶ「機農コース」の教員の前田康晴監督が、バターミルクが使われずに廃棄されていることが多いと知ったのがきっかけだ。
捨てるにはもったいなく、SDGsの観点からも教育効果はある。「農業系の教員として、野球だけをやるのではなく、食品ロスをしっかり無くし、動物から食を分け与えてもらっているという考えも学んでもらい、うちにしかできない取り組みを武器にしていきたい」と前田監督は話す。
部員にとって、野球部と酪農専攻の両立はそう甘くはない。山口たからマネジャー(3年)によると、1年生の間は特に忙しい。1週間を通して行われる実習が、つなぎ飼いの牛と、フリーストールの牛でそれぞれ年に3回ずつ、計6回もある。
実習中は朝4時半に起床し、5時には寮から牛舎に向かう。5時半から約1時間半、作業をしてから、授業へと向かう。放課後も、牛舎での作業が1時間半ほどある。部活に取り組める時間は午後6時からの2時間。早朝から終日、ハードなスケジュールをこなしている。
重原一紗選手(2年)も、この試練を乗り越えてきた一人だ。群馬県北軽井沢の酪農家の家に育ち、小さい頃から牛の世話には慣れ親しんでいる。酪農も野球も全力で打ち込める環境を求め、祖母も暮らす北海道にやってきた。大学でも酪農を学び、北海道の広大な土地で放し飼いの牧場を開くのが夢だ。
重原選手は「自分が頑張って作ったものがチームの力になっているのはうれしい」と話す。チームメートから「牛はどんな感じなの?」「どういった作業をしているの?」と興味を持って聞かれることもやりがいにつながっている。「今年はスタンドからの応援になるが、自分たちの搾った牛乳を飲んで頑張って欲しい」と力を込める。
早朝の実習にも付き添う前田監督は「大変さから生み出されたものなので、最強のエネルギー源になっている」と誇らしげだ。関わる人や動物、すべてに対する感謝をかみしめ、グラウンドに立つ。(鈴木優香)
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