茶山台団地にある「DIYの家」の上階には、多目的に利用できるショールーム的スペースもあり、コミュニケーションの場にもなっている(写真:筆者撮影)この記事の画像を見る(5枚)

さまざまな団地で近年、「再生」に向けた取り組みが行われ、なかには一定の成果を出している事例がある。その1つが大阪府・泉北ニュータウン内にある「茶山台団地」(大阪府堺市南区)だ。

約1000戸で構成されるこの団地は以前、入居者の高齢化や減少が進んでいた。しかし今では子育て世代を中心に入居者が増えており、団地再生の成功事例となっている。

そう言える理由は再生に向けた仕掛け、仕組みづくりはもちろん、それ以上に団地運営に関わる「人づくり」、コミュニティー形成に成果をあげていることだ。

団地暮らしはメリットも多い

高度経済成長期に全国各地で開発され、当時は庶民のあこがれの住まいだった「団地」。国土交通省によると約3000カ所あるとされるが、今や住民の高齢化や入居者減少による過疎化といった問題を抱えているものも多い。

このように書くとなんだか寂しげになってしまうが、実は団地の住環境は決して捨てたものではない。

というのも、保育施設や学校などが近くにあるなど、生活基盤がすでに整っているものがほとんどだからだ。郊外なら大きな公園が併設された団地も多く、子育て世帯にとっては大変よい住環境が整っている。

もちろん、建物や設備の老朽化や共同住宅ならではの騒音問題、階段の上り下りが大変といった問題もある。

郊外の「ニュータウン」にある団地は丘陵地帯にあることが多く、移動は坂が多くて大変だ。 通勤通学に時間がかかる立地なら、なおさら不便さを感じるかもしれない。

ただ、そうしたことを厭(いと)わない人や家族なら、住まいの選択としては「あり」ではないか。

収入によるが、一般的な賃貸住宅より手頃な家賃で生活できるし、各自治体の住宅公社などでは、子育て世帯を対象とした家賃優遇制度を設けているケースもあるなど、この物価高の時代に住居費を抑えられるのは何よりの魅力だ。

なお、一言で団地といっても共同住宅タイプと戸建てタイプがあり、さらに各都道府県の自治体や住宅供給公社、民間が供給したものなどがあり、管理運営のあり方や課題などはさまざまだ。団地における問題はそれぞれで異なることをあらかじめご承知おきいただきたい。

入居率が93%にまで回復

大阪府の泉北ニュータウン内にある「茶山台団地」(堺市南区)は2017年度に入居率が83%にまで低下していた。この数字だけを見るとおおごとには感じられないかもしれないが、当時は入居者の半数以上が65歳以上で、近隣のスーパーが撤退するなどといった事態が起こっていた。

つまり、何も手を打たなければ、さらなる高齢化、入居率の低下、それらによる過疎化、利便性の低下は必至な状況だったのだ。

そのため、運営者である大阪府住宅供給公社が2015年から再生の取り組みを本格化し、今では入居者が93%まで回復している。

入居率回復の呼び水となったのが、若い世代を呼び込むための仕掛けだ。

たとえば、隣接する2つの住戸を1戸につなげ、広々と住めるリノベーション物件「ニコイチ」や、入居者がDIY(Do It Yourself)で自分好みに模様替えできる物件「つくろう家(や)」などを用意した。

DIYのモデルルームの様子(写真:筆者撮影)

このうち「つくろう家」は一般的な賃貸住宅なら退去する際に求められる原状回復を不要としているのが特徴だ。「つくろう家」の利用者の半数以上がDIYができることを入居の決め手にしたというアンケート結果もある。

このように、ターゲットとする若い世代にニーズを合わせた住戸の導入、いわゆる「ハコ」の改善効果が非常に効果的だったのだろう。

大きな役割果たす“伴走者”

しかし、DIY住戸の導入やそれを可能にする制度の見直しだけで、若い世代を呼び込めるわけではない。それを可能にするには、さらなる仕掛けと、地道に下支えする人の存在が大きな役割を果たす。

たとえばDIYができる住戸があっても、多くの入居者がDIYに慣れているわけではない。それを満足のいくレベルで行えるよう、手助けや助言をし続けてくれる伴走者のような人たちがいるからうまく回るのである。

茶山台団地には空き住戸を利用した「DIYの家」と呼ばれる工房がある。

「DIYの家」では工具や作業台を無料で誰でも使える(写真:筆者撮影)

ここには地元でDIYショップを営む専門家などがいて、道具の貸し出しや壁紙などの素材の販売、見栄え良いDIYを可能にするためのアドバイスも実施している。

入居者はもちろん、それ以外の地域の人たちが電動工具や作業台を自由に、しかも無料で使えるため大好評。子どもたちの工作の悩みにも応えている。

このため、DIYの主要ターゲットである若年夫婦だけでなく、幅広い世代の人たちが集まる場となっている。

多世代交流の場はほかにもある。

「茶山台としょかん」は、従来ほとんど利用されていなかった集会所を、本を持ち寄って小さな図書館として利用しているものだ。高齢入居者向けにスマホ相談会などが開かれることもあり、今では利用者が多いにぎやかな場所に生まれ変わっている。

また、近隣にスーパーがないといった事情を受け、空き住戸を活用した食堂「やまわけキッチン」があるのも大きな特徴の1つだ。軽食やお茶を楽しめるため、月に約250人が利用しているという。

憩いの場になっている「やまわけキッチン」(写真:筆者撮影)

取材当日は2月の3連休の日曜日だったが、スタッフの方々の手によってDIYされた居心地の良い空間で、子どもたちがお昼ご飯を食べていたり、ご高齢の方々がお茶をしていた光景がとても印象的だった。

いつでも大人の目がある安心感

「団地に住んでいると、入居者の人たちが子どもたちの様子を見守ってくれます。誰かの目があり安心できることもこの団地に入居する魅力の1つですね」と、ここの責任者で子どもを持つ女性は話していた。

このほか、介護や健康、子育てなどの相談やチェックなどができる「茶山台ほけんしつ」というスペースも設けられている。

昨年11月から運営されたもので、「ほけんしつだより」という独自リーフレット(月刊)は、雑誌編集の心得がある入居者が制作に携わっている本格的なものだ。

ちょうど5年前、この団地を取材したときは、今ほど地に足の着いた団地再生の姿を目にできようとは、正直なところ考えられなかった(『入居希望者が続々集まる「茶山台団地」のすごみ』)。

運営する大阪府住宅供給公社や行政などの支援があるから可能なことなのだろうと、いぶかしんでいたからである。

何か大きな変化があったのだろうか、と考え、思い当たったのが、この5年に起こった大きな出来事、コロナ禍だ。

たとえば「やまわけキッチン」では、コロナ禍を契機に団地に住む希望者にお弁当やお総菜を届け、それを通じて定期的な独居高齢者との交流を確保し、体調を確認するなどの取り組みを行ったという。

コロナ禍を経て強まったコミュニティー

コロナ禍は大きな社会的混乱、人と人とのつながりを分断するような出来事だったが、茶山台団地ではそれを乗り越え、より強固なコミュニティー形成につなげたのだろう。

茶山台団地には、団地再生を自分事としてとらえる入居者や地域の人々の努力がある。

そのうえで思うのだ。このようなコミュニティー形成による団地再生のかたちを全国津々浦々に広めようとするのは至難の業だろう、と。コミュニティー形成は人づくり、人の参加が不可欠であり、大変根気の要る事業だからだ。

茶山台団地(写真:筆者撮影)

また、茶山台団地における団地再生が一定の成果をあげているのは、一大人口集積地である大阪府にあり、かつ交通などの利便性があるという恵まれた地理的条件があることも忘れてはならない。

どんなに仕掛けを作り、コミュニティー形成に力を入れても再生が難しい団地や地域がある。それは大阪府住宅供給公社のほかの団地において、茶山台団地のノウハウを平行展開しきれておらず、それぞれで試行錯誤的な再生チャレンジを行っていることからもうかがえる。

それぞれが置かれる状況や課題がそれぞれに異なるため、団地や地域の再生は大変難しいケースが多い。とはいえ、この困難を極めた5年間を乗り越えた茶山台団地の経験と成功事例は大変貴重であり、より多くの方々に知ってもらいたい。

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