持ち寄った種を囲んで話題の尽きない種の交換会=埼玉県加須市で
大豆、モロッコインゲン、オクラ…。作物の名前が書かれた手のひら大の小袋が、テーブルの上にずらりと並ぶ。埼玉県加須(かぞ)市のカフェで5月に開かれた「たねの交換会」。家庭菜園を広めようと活動する「農ある暮らしの会」が主催し、県内や東京都内から10人ほどが参加した。小袋の中身は、参加者が採種して持ち寄った野菜などの種で計40種ほど。初対面でも種の由来や栽培方法など話が尽きず、テーブルを囲んで和気あいあいとした雰囲気だ。 「埼玉の旧川里町(現鴻巣市)で100年以上採り続けられてきた大豆です。枝豆もみそも、すごくおいしい」「これはヒユナという菜っ葉で暑さに強い。東南アジアでは炒めてよく食べる」「元は長野の友人が育てていた糸萱(いとかや)カボチャの種です」。そんなやりとりをしながら各自、気になった種を選んで持ち帰った。 「種には(作物が育つための)情報が蓄積されています。みんなでシェアできればハッピーだな、と」。農ある暮らしの会を主宰する主婦、湯本圭さん(44)=加須市=は交換会を始めた理由を、そう話す。「1人で採種するよりも、交換すれば多くの品種を入手できる」。交換した相手が違う環境で育てれば、遺伝的多様性が増して「種が強くなる」という。参加者が、もらった種から育てた作物の種を相手に戻す「種返し」をすることもある。ただし、国が種の開発者の権利を保護する登録品種は対象外だ。 失敗談も含め、栽培の経験も互いに語り合える。最近は「酷暑」をどう乗り切るかがもっぱらの話題だ。 湯本さんは、義肢装具士として糖尿病の患者らのケアをした経験などから、食の大切さを実感し、10年ほど前に野菜作りを始めた。農薬や肥料を使わない自然栽培を学び、借りた畑に8歳の長男と通いながら、少ない労力でできる栽培を模索している。 「植物がどう育ち、どう次の代の命に変わるのか、そういうサイクルが子どもの時に体に記憶されるといい。食べ物をつくる体験をみんなにしてもらいたい」 ◇ 「ふじのくに地球環境史ミュージアム」(静岡市駿河区)准教授で植物地理学が専門の小川滋之さん(39)は「種の交換会は各地で行われ、地域の種の発掘や保全に貢献している」と説明する。在来植物の保全を研究し、国内外の種の交換会を訪ねてきた。各地の伝統的な野菜を栽培、研究している小川滋之さん=埼玉県寄居町で
種には、自家採種の「固定種」や、主に種苗会社が開発した「F1(エフワン)」という交配品種の種がある。F1は作物の大きさが均一で、大量生産や輸送に向き、高度経済成長とともに大勢を占めるようになった。ただし、その特長は一代限りで、採った種をまいても作物の形質はバラバラ。そのため、栽培を続けるには、毎年、新たに種を買う必要がある。 一方、固定種は農家らが昔から繰り返し採り続けて形質を安定させてきた種で、何代も同じように育つ。種を採る農家が減る中で、各地の個性豊かな固定種を残そうと見直されるようになり、農家では「日本有機農業研究会」が1982年に種の交換会を開始。最近では家庭菜園を楽しむ人たちの間でも交換会が増えているという。小川さんは「農家では採算に合わない固定種も、農家以外なら楽しんで取り入れられる。種が保全されやすくなるんです」と指摘する。
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