1人のガイドが複数のバスを同時に案内できるリモートシステムを、奈良交通(奈良市)が全国に先駆けて導入した。同社では新型コロナウイルス禍で修学旅行が軒並み中止となった影響で、貸し切りバスのガイドが半減。人手不足の中、回復する需要に技術革新で対応する狙いだ。担当者は「今後も生徒たちに思い出の旅に来てほしい」と話し、インバウンド(訪日外国人)への活用にも期待をかける。その実力とは――。
「1号車は間もなく奈良公園近くです。窓からたくさんの鹿が見えるでしょうか」
ベテランガイドの桜井史子さん(53)がマイク越しに呼び掛ける。桜井さんがいるのは奈良公園から約1キロ離れた奈良交通本社。専用ブースの中で、神奈川県から修学旅行に訪れた中学生をリモート案内中だ。正面のディスプレーには担当する3台のバス車内の様子が映し出され、脇のもう一つの画面にはバスの位置情報が表示されている。画面からちらりとのぞくバスの車窓の風景もヒントに、臨場感のあるアナウンスを心掛ける。
「修学旅行生は動画の実況や画面越しのやり取りに慣れている世代。使い方はまだまだ広がると感じた」。案内を終えた桜井さんは、高揚した様子で語った。
実車経験も生かして
このシステムはNTT西日本が開発し、奈良交通が2023年11月に試験導入した。「複数台を一度に案内するとなると、先頭と後続では走っている場所が違う。車窓の風景が違うのに、どうガイドするの?」。当初は桜井さんも戸惑ったというが、今では完全に払拭(ふっしょく)された。
導入に伴い、同社はバスの前方と中ほどに2台のディスプレーを設置。ヘッドホン姿のガイドと各バスの乗客はディスプレーを通してリアルタイムにやり取りができる。ガイドは全地球測位システム(GPS)でバスの現在地を把握、自らの実車経験も生かして、バスの中から今何が見え、次に何が見えてくるのかをイメージする。少し慣れれば、十分に案内できるという。
学校行事の場合、バス同士をリモートでつないで、引率教員が全体に話し掛けることも可能だ。桜井さんも現在では用意した動画や手描きのイラストを画面に映したり、他のバスの様子を共有して生徒同士に手を振り合ってもらったりと、機能を使いこなしている。
この日、桜井さんの案内を受けた神奈川県二宮町立二宮中3年の女子生徒(14)は「電波状態の悪い場所では画面が固まることもあったがすぐ解消され、不便はなかった。説明もよく聞こえて分かりやすかった」と満足した様子だった。
「助っ人」の活躍に効果実感
導入の背景にあるのは、深刻なバスガイド不足だ。修学旅行を多く請け負ってきた奈良交通はコロナ禍で大きな打撃を受けた。コロナ前の19年には約40人のガイドがいたが、ベテランを中心に退職が相次ぎ、現在は17人。今春入社した5人も既に2人が退職した。そんな中、24年5月にシステムを本格導入。導入後2カ月で29校の修学旅行バス計117台を延べ35人で案内し、効果を実感しているという。
日本バス協会(東京都)によると、23年7月時点の会員事業者のバスガイド数は2240人で、調査を始めた07年(5354人)の半数以下だ。奈良交通の大谷和也・観光事業部長は「将来的にバスガイドの数が増えていくとは考えにくい。リモートシステムを使えば少ないガイドで多くの人を案内できる。今後、業界でも広がっていくのではないか」と話している。【稲生陽】
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