年齢を重ねるにつれ、筋肉の硬化や肺活量の低下といった身体の変化により、声の響きやトーンが変わることがある。(PHOTOGRAPH BY JOEL SARTORE, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

年齢とともに、自分の声が変わってきたと感じている人はいないだろうか。声の変化は高齢に近づくにつれて多くの人に起こるものだが、声が円熟味を増してやわらかくなる人もいれば、声が震えたり、ささやき声になったり、話すのに苦労するようになったりする人もいる。加齢に伴い声が変化する理由と、医師に相談すべき場合やタイミングについて解説する。

声帯も変化する

年齢を重ねると、筋肉量の減少や姿勢の変化により、以前は簡単に出せていた声を同じように出すのが難しくなることがある。歌手を生業とする人たちからは、声が低くなったり、震えたりするようになるとの報告が聞かれる。

声も小さくなり、嚥下(えんげ、飲み込み)障害や、パーキンソン病などの神経疾患を患っている人たちでは特にその傾向が強くなる。声帯と呼ばれる、振動することで声を作り出す複雑な器官が張りと弾力性を失い、湾曲したり、萎縮したり、隙間が生まれたりすることによって、声のトーンに影響を与える。

「声帯の細胞の構成も変化します」と、米ワイルコーネル医科大学の言語聴覚士、ジェームズ・カーティス氏は言う。そうした細胞の変化が、呼吸能力の低下、筋肉の緊張や姿勢の変化と相まって、「息の音が混じったり、粗かったり、張り詰めていたり、ガラガラしたりしていない滑らかな声を出す能力に重大な影響を与えるのです」

声帯は声を出すのに不可欠だが、「老けた」声の元凶が常に声帯にあるとは限らない。実際には、加齢に伴うさまざまな体の変化が、声にもダメージを与えている。

そう考えると、最大で高齢者の3人に1人が発声障害を経験していると推定されるのも、驚くにはあたらないだろう。症状は人によってさまざまだが、最も一般的なものとしては、声量の低下、声のかすれや声がれ、声をコントロールする力の低下などがある。

「高齢者の声」に対するイメージ

こうした変化は通常、ゆっくりと起こり、早い人では50代で「加齢性音声障害」が始まる。すべての人が加齢に伴う声の変化を経験するわけではないが、変化がある場合には、本人をはじめ、周囲の友人知人、子どもたちもそれと気づく。

2014年1月に学術誌「Journal of Language and Social Psychology」に発表された研究で示されているように、近年は、人は高齢者の声を知恵や優れた話術と結びつける傾向があることが示唆されている一方、高齢者の声に否定的な意味づけをする傾向も根強い。年老いた声が柔軟性や説得力に欠ける証拠とみなされるとする報告もあり、このことは高齢者の能力や真価に対する古くからの固定観念を助長すると指摘されている。

声の老化と性差

声の専門家は長年にわたり、女性の声の変化を生殖周期におけるホルモンの変動と関連づけてきた。19世紀には、女性のオペラ歌手は、月経が来るたびに声を休ませることが一般的だった。また現代のオペラ歌手も、月経前には声が変化すると訴えており、ウクライナでは一部の劇場が、月経期間中の有給休暇を提供しているほどだ。

したがって、更年期もまた声の変化、特に音程や声量の変化の一因と考えられているのも当然だろう。エストロゲン(女性ホルモンの一種)の減少による粘膜の乾燥のほか、男性の声を低くするアンドロゲン(男性ホルモン)の増加も、声の変化の原因になり得る。そのため、更年期における声の変化を遅らせたり防いだりするために、ホルモン補充療法を受ける人もいる。

しかし、加齢に伴う声の変化の性差に関する研究はまだ初期段階にあり、研究者によると、更年期の女性の声を維持するための研究はまだ非常に少ないという。

発声機能を改善する治療

加齢に伴う声の変化を引き起こす要因は、遺伝から職業に至るまで多岐にわたる。そして、発声に関わる要素が非常に多いことから、研究が進むスピードは遅くなりがちだと、カーティス氏は言う。「声の変化には多くの要因が関わっています。声を出すのは体全体を使う行為なのです」

そのため、高齢者の発声機能を保ち、改善する治療法も多岐にわたる。薬物療法としては、ホルモン補充療法や、声の変化にもつながる甲状腺肥大を抑える治療薬などがある。

しかし、主な治療法は通常、手術を伴わない音声治療であり、言語聴覚士によって個別に指導が行われる。一般的に、声、呼吸、姿勢の訓練が含まれており、声の音域や量を保ったり、個別の問題に対処したりするために設計されている。

高齢者の声を専門に研究するロバート・T・サタロフ氏とカレン・M・コスト氏によると、加齢による発声障害の患者の大半は手術を必要としないという。一方で、より深刻な声の問題に個別に対処するためにはさまざまな方法がある。

たとえば「声帯内注入術」は、片側あるいは両側の声帯に充填剤(脂肪やコラーゲン、ヒアルロン酸など)を注入する手術であり、衰えたり、麻痺(まひ)したりした声帯を補強することで声を強化し、その機能の改善を助けるものだ。

「甲状軟骨形成術」では、首に開けた小さな穴からインプラントを入れて声帯の位置を修正し、声を改善して、衰弱あるいは麻痺した声帯の機能を回復させる。慢性的な声がれには、喉頭の神経をピンポイントで治療する手術が行われることもある。

治療が必要になる前にできるセルフケア

このように治療法は色々とあるものの、声に関する問題の多くははじめから避けられる。「われわれは、声についても体のほかの部分と同じように考え、ケアする必要があります」とカーティス氏は言う。そして意外なことに、声を守るうえでとりわけ効果的な方法の中には、口や喉とはほとんど関係がないものもある。

年齢を重ねても活発で健康的な暮らしを送ることは、筋肉量や筋力、スタミナを維持し、呼吸系にも良い影響を与える。口の中を健康に保てば、唾液や粘膜の問題を未然に防ぐことができる。

声の専門家らはまた、栄養と水分補給の重要性を強調しており、高齢者には水をたくさん飲み、細胞機能の維持を助ける健康的な食事をとり、室内では加湿器を使うよう勧めている。そして、喫煙は声に悪影響を及ぼすだけでなく、声を発する器官そのものに致命的ながんを引き起こす可能性があるという点で一致している。

望ましくない声の変化による心理的な影響が、別の健康問題をもたらすこともあると、カーティス氏は言う。「自分の声に変化を感じ、それが社会的な活動への参加にも影響を及ぼすと、その人は徐々に社会との関わりを失い、気分が落ち込んでしまうことにもなります」。そうなれば、体を動かす機会が減り、孤立や衰弱が進み、生活の質が低下し、健康までが脅かされる可能性がある。

声の変化をありのままに受け入れることが、解決の一助となることもある。2022年4月に学術誌「Logopedics Phoniatrics Vocology」に発表された研究では、負の烙印(らくいん)を恐れたり、加齢に伴う声の変化を受け入れられなかったりする高齢者は、効果的な介入の機会を失う場合があることが示唆されている。

一方で研究者らは、加齢に伴う声の「障害」の多くを、単に時間の経過がもたらす現実としてとらえ直す試みを進めている。そして実際、高齢者にも、そうした考えを持つ人が増えているようだ。発声障害を持つ高齢者の最大80%が治療を行わない選択をしていることが、調査によって明らかになっている。

ただし、助けを求めることをためらわないでほしいと、カーティス氏は助言する。声に大きな、あるいは急激な変化があった人や、個人的または社会的な活動や仕事に支障が出ていると感じる人は、医師に相談すべきだろう。「声は非常に個人的なものです」と氏は言う。何歳であろうとも、「患者自身によく関わるものなのです」

文=Erin Blakemore/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年6月12日公開)

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