「三大うどん」の候補の一つ、水沢うどん=渋川市の「始祖 清水屋」で2024年5月17日午前11時44分、庄司哲也撮影

 有名チェーン店が海外進出し、その味が世界で知られるようになったうどん。夏本番を迎え、涼やかなのど越しを味わいたいという人も多いだろう。ひもかわのように幅広のものから細麺まで種類もさまざまだ。「日本三大うどん」といえば「うどん県」を名乗る香川の讃岐うどん、藩主に献上されていたといわれる秋田の稲庭うどんが挙げられる。あと一つは「はて?」【庄司哲也】

街道もある群馬・渋川の「水沢うどん」

 伊香保温泉(群馬県渋川市)から4キロほどの場所にある古刹(こさつ)・水沢寺(水沢観世音)。門前の県道沿いには、13店のうどん店が立ち並び「水沢うどん街道」と呼ばれている。その中の一つ、「始祖 清水屋」は1500年代後半に創業した老舗だ。

 「『三大うどん』といっても言ったもん勝ちの面もありますから」。17代目当主の大河原清一さんはそう言いながら水沢うどんのこだわりを説明する。

うどんを提供する店が建ち並ぶ「水沢うどん街道」=渋川市で2024年5月27日午後4時24分、庄司哲也撮影

 麺は地元の水沢の水と小麦、塩だけで手打ちで作られ、つややかな光沢とつるつるとした喉越しが特徴だ。その麺を、白ごまやかえし、ショウガのしぼり汁で作るごまだれにくぐらせて食べる。「甘ったるい味で食べさせるところもありますが、これが本来のごまだれ」

 「始祖 清水屋」はうどんの呼び方にもこだわりがある。うどんが中国から伝わったことにちなんで「うむどん(饂飩)」と呼んでいる。

歴史誇る長崎「五島うどん」

 水沢うどんの手打ちに対し長崎県五島列島の「五島うどん」は粉を打って延ばしていく手延べだ。五島うどんも「三大うどん」の有力候補だ。

 細麺だが強いコシが特徴。生地を延ばす過程で麺が付着しないように島の椿(つばき)油が使われている。さらに生地には地元の海塩が練り込まれ、その麺を相性抜群の地元でとれるトビウオで作ったアゴだしで食べる。

 「五島うどんは、歴史やストーリーがしっかりしています」と語るのは、生産者団体の五島手延べうどん協同組合(長崎県新上五島町)の橋口文信参事。地理的に中国と近い五島列島は古くから大陸との交易が盛んで、うどんも遣唐使が島に伝えたといわれる。五島うどんが日本のうどんのルーツになったという説もある。

 ただ、その地理的な条件が五島うどんにとってはマイナスの影響も。橋口さんはこう明かす。「五島が西の端にあり、大消費地の首都圏から離れているため知名度が上がりませんでした。『ごしまうどん』と呼ばれることもあったほど」という。

細麺の富山「氷見うどん」

 「手打ち」と「手延べ」。その両方を取り入れているのが、富山県氷見市周辺の氷見うどん。細い麺だが独特の強いコシと粘り、ツルツルの食感の喉ごしのうどんだ。

 江戸時代中期に創業の「氷見うどん高岡屋本舗」の池田秀一社長によると、輪島のそうめんの技術を取り入れ、氷見で「糸うどん」の製法を編み出した。

 製法のもとになったそうめんは、水沢うどんや五島うどんと同じくルーツは中国。中世に留学した禅僧が持ち帰ったという。高岡屋本舗のうどんの製法は長く門外不出で、江戸時代には「加賀藩御用達」のうどんだった。

 氷見うどんも三大うどんの一つと言われるが、池田さんは「讃岐、稲庭、水沢、五島以外にも群馬では館林などもうどん文化が盛ん。いろいろありますよね。メディアや通信の発達によって『三大』の言葉が言われるようになったのでは」と、控えめに語る。

 うどんを歴史や自然環境、経営などさまざまな側面から学術的に研究しようと研究者やうどん業界関係者らで組織する「日本うどん学会」副会長の鹿島基彦・神戸学院大准教授に「三大うどん」の見解を聞いた。

 「もめますね。候補はたくさんあり、当学会としては特に決まった見解はありません。みんな地元を推すので収集がつきません。自分が思ったら、それが三大うどんだと思います」

 郷土愛や好みもあり、簡単にはゆずれない「三大うどん」の座。うどんの話だが、この辺で「手打ち」とはいかないようだ。

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