1907年に誕生し、今も変わらない亀の子束子=東京都北区で

 亀の子束子(たわし)は、1個ずつ手で作る。曲げた針金の間にココナツヤシの繊維を均等に並べ、全体をくるくるとねじると繊維がよれて棒状になる。それをU字に曲げて留め、帯をまいて出来上がり。  「機械化しようと試しましたが、自然の材料なので、無理でした。職人の手の感触によってでなければできません」と、亀の子束子西尾商店の広報部、石井淑子課長(59)。同社の初代、西尾正左衛門(しょうざえもん)が1907(明治40)年に開発したのが、亀の子束子だ。  誕生は偶然のことだったという。昔はたわしといえば、わらや縄が主に使われていた。だが明治に入ると西洋料理を出す店も増え、肉やバターなどの脂分を洗うのに、そうしたたわしでは頼りなくなっていた。  一方、シュロ縄業を営む家で育った正左衛門は、シュロの木の皮を針金で巻いた靴拭きマットが大量に返品され、困っていた。げたから靴へと世の中の履物の変化に対応して作ったマットだったが、シュロは柔らかく、人の体重がかかると毛先がつぶれてしまった。ある日、妻がマットの一部を曲げて障子のさんを掃除しているのを目にし、正左衛門は、たわしを作ろうとひらめいたという。  妻の手をモデルに試行錯誤を重ね、形が似ているからと「亀の子」、また漢学者に相談して「束子」の漢字を名に付けた。材料は、シュロより成長の早いココナツヤシの繊維に替えた。  以来これまで117年、形も作り方も、ほぼ変わらない。「できた当時から完成形でした」と石井さん。  台所に欠かせないたわしは少し硬めの繊維の一本一本が細かな凹凸に入るので、根菜類の泥を洗い落としたり、ざるの目やまな板の包丁傷などの汚れをかき出したりするのに重宝する。油の付いた調理道具を予洗いして洗剤の使用量を抑えたり、階段や植木鉢などの外掃除で使い切ったりとエコな道具でもある。  「職人さんが大事な基盤です」と広報部の西尾祐理子さん(41)。職人を募集中。3年かかって「一人前かな」という。 文・写真 鈴木久美子

◆訪ねる

 亀の子束子西尾商店の本店=写真、東京都北区=の建物は、1923年上棟という2階建ての西洋建築。戦争による焼失を免れ、現在は1階を店舗として開放。天井が高く、風情あるたたずまいを楽しむことができる。  海外の観光客も多い東京都文京区根津に4年前に開いた谷中店は、築75年の銭湯をリノベーションした建物で、カフェも併設する。  受け継いだ商品の品質は変えず、見せ方は新しく。たわしが家にないという若い人も最近は少なくないそうで、同社では良さを伝えたいと、たわし作りの体験イベントも開いている。


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