手塩にかけて育てている牛をなでる岡山健喜さん=滋賀県近江八幡市で

 名だたるブランド和牛の中でも、最古の歴史を誇る「近江牛」。江戸時代、彦根藩でみそ漬けにし、滋養薬「反本丸(へんぽんがん)」として将軍家や大名に献上した史実も残る。肉食が禁じられていた時代、特権階級が口にした味は格別だったに違いない。  近江牛の定義は「滋賀県内で最も長く飼育された黒毛和種」。子牛の仕入れ先はさまざまだが、約100戸の生産者が、伝統の飼育技術に餌の配合など独自の工夫を加えて育て上げ、生後約30カ月で出荷する。主な市場は滋賀県内と東京。枝肉の歩留まりと肉質を組み合わせた格付けで、A4、B4以上には「認証近江牛」のお墨付きがつく。  県畜産課によると、1戸当たりの飼育頭数は平均220頭超で、北海道に次いで2位。その7割以上は鈴鹿山系を源に日野川や愛知(えち)川が琵琶湖に注ぐ東近江地域で飼育されている。近江牛発祥の地・竜王町で「岡喜(おかき)商店」を営む岡山健喜(たけき)さん(56)は「昔からきれいな水と、肥沃(ひよく)な地で育った近江米の稲わらや裏作の麦が手に入り、牛の飼育に恵まれた土地柄」と話す。  岡喜は1839(天保10)年、農耕の牛馬を商う家畜商が起源。戦後、肉牛の飼育を始め、岡山さんは6代目。同町で繁殖用の雌牛70頭、車で30分ほどの近江八幡市の牧場で肥育牛600頭を育てる。  さらに弟の俊明さん(53)がレストラン部門、和弘さん(50)は国内外の販売も含めた流通を担う。「兄弟仲良く」。25年前に他界した父親の言いつけを守り、オカキブラザーズは「3人束になって」(岡山さん)近江牛に向き合ってきた。  近江八幡の牛舎では、牛たちが給餌箱に首を伸ばし、黙々と餌をはんでいた。恵まれた環境とスタッフの愛情を受け、ストレスが少ないのだろう。顔つきも穏やかだ。「日々牛の体調を管理し、おいしいお肉を供給し続けること。『地域の宝』は守らなあかんですわ」。牛と同様に温和な表情を浮かべる岡山さんに、静かな使命感が漂っていた。  文・写真 有賀博幸

◆味わう

 近江牛は肉質のきめ細かさ、霜降り度合いの高さ、脂の口溶けの良さが特徴。竜王町山之上のレストラン「岡喜本店」で「すき焼き御膳」(3800円)=写真=を味わった。鮮やかな赤身に満遍なく広がるさし。火が通った肉は軟らかく、見た目ほど脂っぽくない。甘みとまろやかな風味が口中に広がった。ステーキやすき焼きだけでなく、滋賀県内では肩バラ肉をすき焼き風にした「焼きすきじゅんじゅん」などの食べ方も。近江牛は同県内の全自治体で、ふるさと納税の返礼品になっている。


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