山岳医療の現状です。長野県松本市の病院に勤務する男性医師は、山での診療と病院での検診の2本柱で山岳医療を支えています。放送中のドラマで医療監修も務めている、実在の「マウンテンドクター」を取材しました。
ドラマで注目される山岳医療の現場
フジテレビ系列で放送中のドラマ「マウンテンドクター」は山岳医療の現場で成長する医師の物語で、信州が主なロケ地となっています。
折しも夏山シーズン本番。好天に恵まれた7月は登山者が増え、長野県内の山岳遭難者は28日時点で61人と、過去5年で最悪だった2023年の1.6倍以上になっています。実際の山岳医療の現場ではどのようなことが行われているのでしょうか。
八ケ岳の山小屋にある診療所では…
北アルプスと並んで人気の八ヶ岳連峰。
長野県茅野市の登山口・美濃戸口から3時間ほど登ると、山小屋「赤岳鉱泉」に到着します。
(記者リポート)
「赤岳鉱泉の入り口、入ってすぐ左側にあるのが山岳診療所です。けがをしたり体調が悪くなったりした人をいち早く医療につなげ重症化を防ぐ役割があります」
設立4年目の「赤岳鉱泉山岳診療所」。夏だけでなく冬も対応する全国唯一の診療所です。
44歳のリアル“マウンテンドクター”
市川智英医師:
「この活動をモデルケースにして山岳医・看護師が年間通して山で活動していける場を用意していきたい」
診療所の医師の1人、市川智英さん(44)。
実は…
市川智英医師:
「手を貸すか。肩でもいいです。そうそう」
ロケ現場でアドバイスをする市川医師。
ドラマの医療監修者の1人で1年ほど前の台本作りからアドバイスをしてきました。
自身も「国際山岳医」の認定を受けた、まさに「リアル・マウンテンドクター」です。
市川智英医師(松本協立病院):
「ドラマはうれしいですね。山岳医療って本当に世の中で知られていない医療分野だと思うので、山にもお医者さんがいるんだよということを全国の登山者に知ってもらいたい」
愛知県出身で富山大学医学部で学んだ市川医師。登山を始めたのは医師になってからで、愛知県の大学病院時代、初めて北アルプスの西穂高岳に登りました。
市川智英医師:
「バチバチとみぞれに打たれながら登ったんですけれど、非日常感が楽しくてそれ以来、山にはまりました」
専門は循環器内科ですが、登山を続けるかたわら山岳医療の勉強も開始。2018年、山での病気やけがの知識に加え、高度な登山スキルも必要な「国際山岳医」に認定されました。
市川智英医師:
「せっかく取ったからにはここから山岳医療に関してやっていきたいなと思う中で、松本という土地が登山者にとってはいい場所だったんです」
信州に移住し、現在は松本協立病院に勤務しています。
全国的にも珍しい成り立ちの診療所
「赤岳鉱泉」の診療所立ち上げに誘われたのは2020年。
「赤岳鉱泉」は八ヶ岳連峰を目指す多くの登山者が立ち寄る場所で、一次救命の拠点として最適でした。
かねてから診療所を望んでいた山小屋と有志の山岳医・山岳看護師が運営委員会を設立し、2021年に業務を始めました。
大型連休と夏・冬の週末、公募の医師らが交代で滞在し、警察や遭難対策協議会、ふもとの病院と連携して傷病者に対応します。
北アルプスなどで大学の医学部が運営する診療所とは成り立ちが異なり、全国的にも珍しいケースです。
山の診療所ならではの工夫 「プチプチ」も活用
市川智英医師:
「うちは基本的にはファーストエイドをメインでやっているので、病院にあるような医薬品や点滴は基本置いていないんです」
診察は無料。運営は企業や登山者の寄付金で賄い、医師・看護師の報酬はありません。
このため、備えている医療資材は必要最低限です。
骨折や捻挫をした患部を固定する際は…
市川智英医師:
「貧乏診療所では、段ボールを…。廃棄するのもったいないので代用してます」
段ボールを添え木として使っています。
凍傷には「プチプチ」(緩衝材)を使います。
市川智英医師:
「『プチプチ』を使うことで、安く保温性が保てて、こう、ぐるぐる巻いちゃうんです」
2023年は50人以上の遭難者に対応
2023年に対応した患者は靴擦れや骨折・捻挫、高山病など50人以上。緊急時は救助を要請しますが、最初の診療をして、SNSで麓の病院と容態を共有することで症状の悪化を食い止める役割を果たしています。
山小屋「赤岳鉱泉」の主人・柳沢太貴さん:
「医師がいなかった頃は私どもスタッフが判断しなければいけませんでした。この場で留めて良いのか、すぐ下山させた方が良いのか、そういう判断がちゃんとできるようになったことで、より安全な登山を目指せます」
実際に登山者が凍傷を負ったケースでは
冬山シーズンのある日、登山者が手に凍傷を負いました。数日経つと壊死した部分が黒ずみますが、初期の段階では程度が良くわかりません。
その日は平日で医師が不在。山小屋のスタッフが写真と症状を市川医師に送って判断を仰いだ結果、救急搬送につなげました。指の一部は切断することになりましたが、判断が遅ければ更に悪化していたということです。
赤岳鉱泉山岳診療所・市川智英医師:
「まったく薬が無い中で、できることって何があるのか不安だったんですけど、重症化を食い止めることは出来ているのではないかと思います」
山岳医の仕事は麓の病院でも
山岳医の仕事は山の診療所だけではありません。
市川医師が勤める松本協立病院は2019年に「登山者検診」と「登山者外来」を開設しました。
高齢者に多い体調不良の遭難を防ぐ「検診」
2023年の1年間に長野県内で発生した山岳遭難は過去最多の302件。滑落などのほか病気や疲労によるものも多く、今シーズンも高齢の登山者を中心に体調不良で救助されるケースが相次いでいます。
松本協立病院の医師:
「肺活量の検査やっていきますね」
そこで、登山の前に自分の体の異常や体力を把握する検診を始めました。登山が趣味のNBSのデスク(61)が実際に受けてみました。
肺活量やエコー検査などに続いて最後に行うのがCPX「心肺運動負荷試験」です。自転車を最初はゆっくりと漕ぎ始め、徐々に強度を上げて心電図や血圧を測定します。運動しながら測定することで登山時の狭心症や不整脈などのリスクを発見しやすくなるといいます。
検診で100人中15人位に心臓の異常が見つかる
結果は―。
松本協立病院・市川智英医師:
「心臓に関しては現状では大きな問題は無いと思います。標準コ-スタイム通り登ってプラスアルファで少し休憩するくらいで登れば適切なペースになります」
とりあえず一安心ですが、これからも山登りを続けたいならもっと積極的にトレーニングをする必要があるとのこと。甘やかしてはくれません。
登山者検診では100人中15人位に心臓の病気が見つかるといいます。
市川智英医師:
「想像以上に病気の方が多くいらっしゃる。山で突然死される方は氷山の一角で実際にはギリギリの状態で登っている人たちがいっぱいいると思います」
登山者への啓発も重要な仕事
山岳遭難をいかに減らすか。啓発活動も重要な仕事です。
「赤岳鉱泉」での安全講習会には医師も参加していて、この日のテーマは「靴擦れ」でした。
赤岳鉱泉山岳診療所・大橋教良医師:
「水ぶくれはできれば破かない方が…着けておいた方が治りが良いです」
「低体温症」や「日焼け」など身近なテーマで医師がレクチャーする会が頻繁に開かれています。
九州からの登山者:
「お話を聞いて山が大好きだから自分の命を守らなきゃいけないと感じました」
「山小屋に着いた時に診療所の看板が見えたのでほっとしました」
山岳医療の未来を見つめて
取材した週末は雨で登山者は少なく、海外からの団体も登頂を断念するほどで、幸い受診した人はゼロでした。設立から4年。診療所は一定の成果を上げていますが、2024年度中に法人化して地域との連携を更に強化させたいとしています。
ドラマ「マウンテンドクター」では「山岳診療科」の医師が遭難現場に赴き、登山者の治療に当たっています。
現状ではそうした体制は叶いませんが、市川医師は山岳医療の新たな「モデルケース」を作りたいと意気込んでいます。
赤岳鉱泉山岳診療所・市川智英医師(松本協立病院):
「医師が現場に行くことによって出来る処置が変わってきたりとか、山で治療してその続きを病院でというケースも出てくると思います。そういった山の医療と病院の医療をつなげてやっていけるような、まさにマウンテンドクターで実践するようなことが今後できていければ良いなと思います」
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