TBS『アンチヒーロー』の初回は大健闘。SNSでは高評価が並んだ(写真:ドラマ公式サイトより引用)

『VIVANT』に次ぐヒットになるのでは、と注目されている日曜劇場『アンチヒーロー』(TBS系、日曜よる9時〜)の初回は大健闘。世帯視聴率が『VIVANT』の初回と同じだったと幸先もよかった。世帯視聴率は指標にならないと言われて久しいとはいえ、いいときは相変わらず指標化されているのだ。

『アンチヒーロー』は『VIVANT』と制作陣が同じという触れ込みで、事前情報を明かさないPR方法を踏襲したものの、肝であるチーフ演出および原案の福澤克雄やメインライターの八津弘幸が不在であることには懸念もあった。

が、ふたを開けてみたら、次世代スタッフの作った“逆転パラドックスエンターテインメント”はSNSでは高評価が並び、大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK、2020年)から久々にテレビドラマに主演した長谷川博己の演技は極めて好意的に迎えられた。

主人公は「単純な正義の人」ではない

ここでは、何がウケたのか、主として「アンチ」と「リーガルエンタメ」と「長谷川博己」の3点に絞って解説しよう。

長谷川演じる主人公の弁護士・明墨正樹は、タイトルがアンチヒーローだけあって、単純な正義の人ではない。殺人犯を無罪にする弁護士である。なぜ彼がそんなことを行うのか。理由は冒頭、殺人事件の容疑者・緋山啓太(岩田剛典)に向かって朗々と語られる。

「過ちを犯してもやり直せる 日本はそんな優しい国だと思いますか」

明墨は、罪――とりわけ殺人を犯したら最後、どれだけ償っても「殺人犯」というレッテルは拭えず、自分だけでなくまわりにも「殺人犯の関係者」として白い目で見られてしまうと語る。だからまともに社会復帰するためには殺人犯ではないことを証明しなければならないと。

緋山を有罪にする証拠は多く集まっていたが、明墨は違法スレスレのやり方で証拠を潰していく。明墨のキャラ紹介でもある初回としては十分すぎるほど、彼の鮮やかな仕事っぷりが連なっていく。

たとえ悪事でも躊躇なく弁護するキャラクターの先行として、『VIVANT』の堺雅人が演じた、人気ドラマ『リーガルハイ』シリーズ(2012〜2014年 フジテレビ)の古美門研介を思い出したドラマファンも少なくなかったようだ。

「正義は特撮ヒーローものと『少年ジャンプ』の中にしかないものと思え。自らの依頼人の利益のためだけに全力を尽くして闘う。我々弁護士にできるのはそれだけであり、それ以上のことをするべきではない。わかったか、朝ドラ!」という名言をはじめとして、古美門は世のなかを鋭く突いた数々の名言を発し、お金になる訴訟事件の弁護を引き受けて勝ち続けていた。明墨もそうなのかと思えば、たぶん、そうではないだろう。

「アンチヒーロー」とはどういう意味なのか

日曜劇場という枠からして、おそらく、ヒューマニズムを担保するはずだ。『VIVANT』だって堺演じる主人公が第4話でむごい処刑を行ってざわつかせたが、後半、役所広司演じる父とのヒューマニズムあふれる関係が視聴者をホッとさせたものである。

『アンチヒーロー』も初回の終盤、刑務所に入った謎の男(緒形直人)が現れ、明墨と何か関係があることを匂わせている。

また、miletの歌う主題歌『hanataba』が歌詞を読むとラブソングのようであることからも明墨のダークっぷりはつかみであって、ヒーローとは、正義とは何かを問い直すことに力点が置かれると推察できる。

「アンチ(反)」という言葉は昔からあるが、SNSの時代、何かを批判する層が「アンチ」と呼ばれネットミーム化している。そのため親しみやすいワードになった反面、どこか悪い印象もつきまとう。『アンチヒーロー』の場合、従来の、類型的なヒーロー像とは違うという意味合いと、ネットミーム的な猥雑な印象によって、いい意味でつかみどころのない、多彩な像が結べるタイトルになったといえるだろう。

コートの襟を高く立てスマートに歩く長谷川博己。見てくれもよくて中身も優秀にちゃんと感じさせられる俳優は貴重である。

長谷川の滑舌のいい、単語の粒だった語りが説得力抜群。時折それが何やら怪しい話術のようなやや胡散臭さも感じさせるところがいい。真面目で清らかな話し方もできる俳優だが、詐欺師みたいなニュアンスを入れてくるところがうまさだ。第1話でも対立する検事・姫野(馬場徹)のほうがクセなく明瞭に語っているのだ。

光と影を勢いよく反転させるのではない、光と影の境界がにじみ揺れ動く、水彩画や木漏れ日みたいな役作りは、明智光秀を演じた『麒麟がくる』、金田一耕助を演じた『獄門島』(2016年 NHK)、哲学者を演じた『はい、泳げません』(2022年)などでも見せてきた技である。大正期の人権弁護士を演じた『リボルバー・リリー』(2023年)でも単なるいい人にならないようにいろいろ裏設定を考えながら演じていたようである。

単なるダークな人物ではなさそう?

『アンチヒーロー』の明墨は、犬を飼っていたり、子どもに優しかったり、関係性がまだ謎の紗耶という少女(近藤華)と話しているときは穏やかだったり、初回の終盤、空を見上げたときの表情が清らかそうだったりと、職場における彼の一連の言動は偽悪的に感じる。

とりわけ、緋山の検察側の証人に立った聴覚障害のある尾形(一ノ瀬ワタル)に対して、彼を騙して利用したようで、代わりに彼の訴訟をただで受けていいと申し出るところなどは、単なるダークな人物ではなさそうだ。

今期、朝ドラこと連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)のヒロイン(伊藤沙莉)は法学を学び、のちに弁護士、そして裁判官になる。ヒロインは清廉潔白だが、訴訟の解決にみだらな見返りを求めるような悪徳弁護士も登場した。

もう一作、ラブ&ミステリーをうたった『Destiny』(テレビ朝日)のヒロイン(石原さとみ)は検事で、彼女の前に立ちふさがる敏腕弁護士(仲村トオル)は金や権威のある者を無罪にしていくダークな弁護士である。『虎に翼』にも訴訟が解決してくれるが見返りを求めるような悪徳弁護士が登場した。

一般的に、弁護士は守る人、検事は責める人、みたいな印象を抱きがちだが、決してそういうわけではなく、それぞれ訴訟に勝つのが仕事であって、そのためにはどんな手段もいとわないものとして描くドラマが近年は増えている。

リーガルものは法律という、この国に生きとし生けるもの誰もに関心がある題材である。ルールが明文化されるだけあって、誰もが理解できるし、法律の知識を得ることもできる。

緋山は現代のラスコリニコフなのか

『アンチヒーロー』でも明墨は、尾形を存在しない法律を使って騙した後、「ものごとを知らないとはおそろしいね」と言っている。法を知り学び、法をどう解釈するか自分なりに考えることで、よりよい生き方が見つかる可能性がある。また、現行の法がほんとうにそれでいいのか考えることの重要性を知る者こそが生き残ることができる。明墨はそれを体言している。

冒頭の明墨の信条から考えると、やむをえない事情で殺人を犯したことによって自分自身も関係者も不幸になってしまった人物がいるのではないか。例えば、ドストエフスキーの『罪と罰』のように、自身にとっては正当な理由のもとに、金持ちで強欲な老婆を殺害した苦学生ラスコリニコフのような人物がいるのかもしれない。

緋山は、町工場の労働者で、社長のハラスメントに耐えかねて殺害に及んだとされている。緋山は現代のラスコリニコフなのだろうか。

緋山が本当に無実であれば、明墨はやりすぎなところはあるものの、実に頭のキレる、名弁護士ということになる。が、緋山が実際殺していたとしたら、殺人犯を無罪として世に放つことになり、ちょっとこわい。

初回のクライマックス、冒頭と同じシーンに戻って明墨が「人、殺してるんですから」と緋山に語りかけたとき、ガラスに明墨が映って緋山と重なっている。どこか暗喩的な気になる画であった。

緋山がどういう人物なのか、無表情で言葉少なく、わからないところが面白く、初回で1話完結にしないで2話に引っ張ったことは作戦であろう。

一時期、各話完結が見やすいと好まれていたが、昨今は配信されることも考慮に入れてか、あとを引く終わり方が増えてきている。配信では、続きをどんどん見たくなることが大事なので、区切りなく続いていくもののほうがいいのである。元来、連続ドラマは週刊連載漫画のように続きが気になるものを作ってきたので、いい原点回帰になっているのではないか。ただ『アンチヒーロー』が第3話以降も1話完結にならないかは不明だが。

ネットも注目「長谷川博己Vs.野村萬斎」

さて。初回、終盤、野村萬斎演じる東京地検トップの検事正・伊達原泰輔が「日本という国は罪を犯した者がやり直せる国」と明墨と真逆のことを未来あるこどもたちに語っていた。

この伊達原と明墨が最終的に対峙するのではないかと世間では注目されている。『シン・ゴジラ』(2016年)対決(ゴジラの中の人だった野村とゴジラと戦う内閣官房副長官役の長谷川)になると話題だ。

野村と長谷川の共演作で印象的なのは、野村が尾上菊之助とW主演した舞台『わが魂は輝く水なり』(2008年)である。この舞台に参加した長谷川は、それまで演じたことのなかった喜劇調の演技にトライして好評を得た。いま長谷川がテレビで愛されるシュッとしてかっこいいだけでなく、どこかおもしろい面を作りあげた作品で共演した、長谷川博己と野村萬斎の演技対決に期待したいのだ。

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