「食べ物に下剤を入れられた」「ゴキブリやムカデの死骸を寝室や玄関に置かれた」――。アンケート結果には、DV(家庭内暴力)被害の状況が詳細に記されていた。回答者は全員男性だ。「DV被害に遭うのは女性」「男性は女性より強くて当たり前」といった社会の固定観念が、被害男性を追い詰めている実態が明らかになった。【川原聖史】
アンケートは徳島県の2023年度「DV被害者セーフティネット強化支援事業」の一環で、同県でDV被害者支援に取り組む一般社団法人「白鳥の森」が実施。これまで同法人が相談を受けた20~50代の男性20人を対象に行い、全員から回答を得た。
配偶者から男性へのDVは、殴られたり、けられたりする身体的暴力だけではない。回答には、仕事のため帰宅が遅くなった深夜に「お前はダメな人間だ」と暴言をはかれ、長時間の説教を受けるといった精神的暴力についても記されていた。収入の全てを妻に没収され、生活を制限される経済的DVを受けていた男性もいる。20人全員が、命の危険を感じていたと回答した。同法人の野口登志子代表理事は「DV被害に性別は関係なく、男性も女性も被害内容に差異はない」と話す。
被害相談は増加傾向
警察庁によると、男性からのDV被害の相談等(110番通報など含む)件数は増加傾向にある。2013年は3281件だったが、23年には2万6175件とこの10年で約8倍になった。男性の被害が世間に認知されてきた影響も考えられるが、野口代表理事は「氷山の一角に過ぎない」と指摘。「被害者の中には『暴力の被害者=女性』という認識を持っている人も多く、相談に行くことをためらう男性もいる」と語る。
アンケートの回答者は、親類や会社の同僚に指摘されて同法人に相談に訪れた人が多いという。結果の検証は、同法人とDV問題に詳しい濱野滝衣弁護士が行った。濱野弁護士は「配偶者からの暴言など、精神的に追い詰める行為がDVだと気づいていない被害者は多い。世間一般には身体的な暴力というイメージが強いからだ」と話す。濱野弁護士によると、「妻から厳しく言われているだけ」と被害男性側が精神的DVだと認識できていないケースもあるという。
「恥ずかしくて」相談できず
男性が相談に行きづらい背景の一つに、自治体などの相談窓口が「女性支援センター」「子ども女性相談課」など、女性や子どもを意識した名称が多いことにあるのもアンケートで分かった。ある被害者は「男の自分が相談するのは場違いではないか」とためらい、窓口に行くのを諦めたと明かす。回答には「男性は被害に遭わないだろうという偏見を捨ててほしい」などと切実な思いが記されていた。
また、相談できなかった理由として「恥ずかしかった」と回答した人も多かった。同法人は「女性に暴力を振るわれることは男として恥ずかしい。男だから強くあるべき」というジェンダー意識が被害男性を孤立させているとみている。
アンケートに回答した30代のある被害者は、「白鳥の森」に相談したことで被害に遭っていたことを自覚。弁護士を介して離婚調停が進み、平穏な生活を送れるようになった。だが、離婚が成立し数年がたった現在も、元妻から受けたDVを思い出す「フラッシュバック」を起こし、体が震えて言葉が出なくなることがある。男性は毎日新聞の取材に「相談しても『男だから我慢できるだろう』という返事ばかり返ってきた。誰にも理解されず、私が我慢すれば家庭は円満になると思っていた」と振り返った。男性は、世間の「無意識の男性差別」がなくなってほしいと訴えている。
DV被害の具体例は以下の通り。
身体的暴力
・菜箸で刺す
・包丁を突きつける
・腐った物を食べさせる
・自分の連れ子に虐待をする
精神的暴力
・ゴキブリやムカデの死骸を寝室や玄関に置かれる
・眠らせてもらえない
経済的暴力
・収入を全て没収される
・相談なく高額な商品を購入し、請求書を渡してくる
※「男性DV被害者へのアンケート調査による被害状況の検証と支援課題等報告書」より抜粋
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。