熱した石に水をかけると水蒸気が立ち上がり、サウナ内の温度は80℃まで上昇する。(PHOTOGRAPH by ARCTIC TREEHOUSE HOTEL)

小さな部屋の中で、みな木のベンチに横一列になって腰掛けている。焼けた石に水をかけると、高温の水蒸気が立ち上がり、部屋の温度は一気に80℃まで上昇する。紀元前7000年ごろフィンランドで始まったとされるサウナの習慣は、今ではフィンランド文化の礎であり、社会をつなぐ習慣となっている。サウナストーブから立ち上がる水蒸気は「ロウリュ」と呼ばれ、その効能を疑問視するフィンランド人はいない。

人口550万人のフィンランドにサウナは約300万台ある。1980年代には都市化が最盛期を迎え、国民の7割が都市部に移住するが、アパートであれ戸建てであれ、ほとんどの家にサウナが設置された。公共のサウナも全国にあり、家族や友人が集う場所として、あるいはリラックスして一汗かく場所として人気だ。

現代に息づく古代の知恵

サウナの長い歴史はフィンランドの森から始まる。初期のサウナは、極寒の冬に暖を取るために地面に穴を掘り、そこに熱した石を敷いただけのものだった。こうした穴は今でも残っており、古いものでは石器時代までさかのぼる。

サウナはやがて地面の上に築かれるようになり、家の中で一番神聖な場所として、産屋として使われたり、死者を埋葬のために清める場所として使われたりするようになった。

一方サウナは、これといった目的もなく過ごせる場所でもある。日々のストレスが癒やされる場所というサウナの概念は、フィンランドの文化の本質だ。

「サウナの日」は本来、仕事に充てられる平日と週末を区別するための日だった。今日、サウナの日に関して厳しい決まり事はないが、サウナには健康回復の効果があるということは広く認識されている。

現在、9割近いフィンランド人が少なくとも週に1回はサウナに入り、多くの人がそれを幸福の鍵だと考えている。事実、世界幸福度報告のランキングでフィンランドは6年連続で1位になっている。サウナとは瞑想の場であり、携帯電話をしまい、高度にデジタル化された世界を離れ、純粋に「今」と向き合う場なのだ。

フィンランドのサウナの起源は紀元前7000年までさかのぼる。(PHOTOGRAPH BY PIHLASRESORT)

サウナは健康を増進する場所として常に見られてきた。古いことわざはこう伝えている。「もしタール(シャクジョウソウから作った消毒剤)でもウオツカでもサウナでも回復しなければ、命にかかわる病だ」と。

部分的にではあるが、このことわざは現代の医学から見ても間違っていない。体を熱と蒸気にさらすと代謝が上がり、血流と心血管系の機能が改善されることが分かっている。またサウナには減量効果を期待できるかもしれないし、人によっては湿疹や皮膚の炎症などに効果がある。

地元民のようにサウナを楽しむには

フィンランド式サウナを存分に楽しむためには、まず地元の習慣に慣れることだ。

自宅にサウナを設置する人が増え、社交場としてのサウナは下火になっていたが、今また人気が回復してきている。ヘルシンキにあるバー「ロウリュ」やヘルシンキに隣接するエスポーにある「ボドム」では店内にサウナを設置。常連客が地元産の「サハティ」ビールを飲みながら一汗かけるようにした。サウナは再び愛する人と大切な時間を過ごす場であり、内密の話をする場であり、出会いの場となり、またビジネスの場でもある。

サウナには一般的に全裸で入る。元々はサウナを清潔に保つ習慣だったが、フィンランド人は今も全裸を好む。服を脱ぐことは日々の役割や義務から解放され、一緒にサウナに入る人と対等の関係になることを意味している。

とはいえ水着を着用しても奇異の目で見られることはない。サウナは皆をリラックスさせるためのものだ。守らなければならない規則はあまりない。

サウナはアロマの香りで満たされていないし、心地よい音楽も流れていない。フィンランドのサウナはシンプルさで知られている。静かでどこで入っても同じ匂いと音がする場所。それがフィンランド式サウナだ。

サウナに音楽が流れていないとしても、「ビヒタ(ヴィヒタ)」というシラカバの若い枝葉を束ねたものを使って体をマッサージする音は聞こえてくる。ビヒタで優しく体をたたいたり、こすったりすると血流がよくなり、肌が柔らかくしなやかになるという。

体が熱くなりすぎたら、フィンランド人は冷水に浸かったり、雪の中で転がったりしてくる。冬の気温は場所によってはマイナス45℃まで下がるフィンランドで正気の沙汰とは思えないかもしれないが、体温が急激に変化することで免疫機能が高まるという報告がある。

サウナは、スウェーデン、エストニア、トルコ、日本など他の文化圏でも浸透している。しかし古く、独特で、神聖なフィンランド式サウナは一度体験してみる価値があるだろう。

文=SAMANTHA LEWIS/訳=三好由美子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年3月28日公開)

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