鬼岳から見る天の川(鬼岳天文台提供)

 夏の夜の晴れた東の空、天文台の丸いドームの真上に織り姫星(ベガ)とひこ星(アルタイル)、デネブの「夏の大三角」が輝く。そこから南の空にきらめくさそり座の尻尾に向けて、天の川が帯状に連なる。長崎県五島市の鬼岳(おにだけ)天文台では、空から降り注ぐような満天の星を肉眼で見ることができる。

鬼岳から見る天の川(鬼岳天文台提供)

 「鬼岳の尾根とさそり座の尻尾が、ちょうど平行に並んで見えるんですよ」。天文台館長の田中英人さん(60)は、レーザーポインターの緑色の光で一つ一つを指し示しながら解説する。  北の空には北斗七星とカシオペヤ座。360度パノラマの“天然プラネタリウム”を全身で感じようと、地面で大の字になって空を仰ぐ人も。「非日常の世界に涙を流す人もいます」

鬼岳天文台のニュートン式反射望遠鏡(同天文台提供)

◆小説で人気に拍車

 九州の西端に位置し、大小152の島からなる五島列島。「五島のシンボル」と言われる鬼岳(標高315メートル)の中腹に天文台は立つ。田中さんは館長として24年にわたり、宇宙の魅力を伝え続けている。

昼間の鬼岳。青い海と空が心地よい

 なだらかな鬼岳は、鮮やかな緑色の芝生に覆われ、昼間は景観や草スキーを楽しむ人でにぎわう。夜になると、澄んだ空気と街の明かりに邪魔されない立地が、美しい星空を生み出す。西端の地とあって天の川が10月ごろまで鑑賞できるのも魅力の一つ。2000年の館長就任時は年間千人に満たなかった来館者は、近年4倍以上に。夏休みには外まで行列ができるほどになった。  人気に拍車をかけたのが、辻村深月さんの小説「この夏の星を見る」(KADOKAWA)。長崎、東京、茨城を舞台に、天体観測を通してつながる高校生たちの物語で、21~22年、東京新聞や中日新聞など新聞6紙で掲載された。鬼岳天文台は作品に登場する「五島天文台」のモデル。星や宇宙に関する本がぎっしりと並ぶ本棚や、観測室へとつながる短い鉄製のらせん階段、博識で明るいキャラクターの館長など、小説そのままの世界が広がる。

◆望遠鏡ではっきり

田中英人館長(左)。スタッフやボランティアとともに星空の魅力を伝える

 天文台の目玉は、口径60センチで、肉眼の約7千倍の光を集めるニュートン式反射望遠鏡。赤い照明の中で脚立に上って接眼レンズをのぞくと、月のクレーターや土星の輪、木星のしま模様まではっきりと見える。  屋外で肉眼、館内では望遠鏡による観測。みんなドキドキや興奮を求めてやって来る。宇宙関係の仕事を目指すと宣言した小学生もいた。田中さんは、ここでの体験が人生を変えるものにもなると確信している。  とはいえ、自然が相手の天体観測。天候や霧、月の満ち欠けなどの条件により、観測できない日も少なくない。実際、記者が訪れた7月中旬も鬼岳全体が霧に覆われ、満天の星を見ることはかなわなかった。それでも、ここから見える月に感動する人もいる。楽しみ方は人それぞれ。五島は来るだけで癒やされ、自然と力が湧いてくる場所だと田中さんは言う。  「鬼岳で夜の空を見上げ体中にエネルギーをためる。『また明日からも頑張ろう』。来た人にそう思ってもらえる場所であり続けたい」  鬼岳を再訪し、満天の星を次こそ感じたい。田中さんの話を聞き、そんな気持ちでいっぱいになった。(西日本新聞・本田彩子) =おわり

山の中腹にある鬼岳天文台

<鬼岳天文台> 午後8~9時、完全予約制。観望希望日の前日午後4時までに予約フォームか電話で申し込む。観望料(観望+星空解説セット料)は、大人300円(千円)▽高校生220円(800円)▽小・中学生150円(600円)▽乳幼児無料。12月29日~1月3日は休館。問い合わせは鬼岳四季の里=電0959(74)5469。 

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