放牧場で草をはむ木曽馬=いずれも長野県木曽町の木曽馬の里で

 緑が目に鮮やかな放牧場で、小柄な馬がのんびりと草をはむ。長野、岐阜両県にまたがる御嶽山の麓に広がる開田高原(長野県木曽町)。日本の在来馬、木曽馬36頭を飼育する「木曽馬の里」を訪れた。  7月中旬でも涼しく、過ごしやすい。乗馬体験もでき、初めて挑戦した長野県茅野市の介護士上田透香(とはる)さん(52)は「眺めも良いし、風も心地よい。最高」と笑顔を見せた。

◆人懐っこい在来馬

初めての乗馬体験で笑みがこぼれる女性

 日本の在来馬は、「ドサンコ」の呼称で知られる北海道和種や長崎県対馬市の対州馬など8種しかいない。木曽馬は、背までの高さが約130センチと競走馬のサラブレッドより30センチほど低い。短い脚と大きなおなかが特徴だ。「X」の字のように後ろ脚の関節部分が内側に入り込んでいるため踏ん張りが利き、傾斜地での作業に適している。  50ヘクタールの敷地内には、放牧場や厩舎(きゅうしゃ)、乗馬用のコースが広がる。小さな子どもが、放牧場の柵越しに草を差し出すと、馬が首を伸ばしてゆっくりと食べる。馬にまたがれば、さらに距離が近づく。顔や体をなでると、気持ちよさそうに目を細めた。岐阜県恵那市から友人と訪れた近藤実(みのり)さん(27)は「おとなしくて、人懐っこい」と話した。  標高1100メートルにある高原は、気象庁によると昨年8月の平均気温が20度前後で推移。ただ、近年の猛暑で最高気温が30度を超える日が増えており、エアコンを設置する店も出始めた。

つゆで麺を温めて食べる「とうじそば」=木曽町のふもと屋で

 こうした寒冷地で育つ作物は限られる。かつて農家の主食は、特産のソバなどの雑穀。いろりにかけたつゆで麺を温める「とうじそば」で客をもてなした。甘じょっぱい味で箸が進む。今も町内の民宿兼飲食店の「ふもと屋」で味わえる。  農作業や荷役などで長く暮らしを支えた木曽馬。牧草だけの“粗食”に耐えてきた結果、消化器官が発達し、おなかは大きくなった。世話を任されたのは主に女性や子ども。乗馬センターの場長中川剛(たける)さん(47)は「小柄な体やおとなしい性格といった世話しやすい特徴を受け継いだ馬が残ったのでは」と推察する。この地の人と馬との長いつながりの結果だという。

◆激減…保存に尽力

 ただ、国が軍備の強化を進めた明治時代以降、軍用に不向きとされた小型の馬と、大型馬との交配が進み、数千頭いた木曽馬は激減した。30頭ほどになり、1969年に保存会が発足。残っていた純血の種馬から数を増やす取り組みが始まった。農業が機械化され、暮らしの中での馬の役割が小さくなる中、新たな付き合い方の模索が続く。  その一つが、馬と触れ合うことで心身を癒やすホースセラピー。地元の県木曽養護学校の子どもたちが、センターで馬に触れる。それぞれの障害の程度に応じて乗馬などを体験すると、心身の緊張がほぐれてリラックス効果があるという。セラピーに付き添った同校の元講師、二木知子さん(63)の祖父は、木曽馬を守ろうと尽力した故・原義亮さん。「背が低くて穏やかな木曽馬だからこそできる。残って良かった」  電車やバスを乗り継ぎ名古屋から約2時間、東京なら約4時間という距離は、都市部に飽きた外国人観光客を呼び寄せている。海外のユーチューバーが木曽馬の動画を発信した影響からか、1年も前から乗馬体験を予約する人もいる。  町は、今後20年で里での飼育数を倍増させることを計画する。町開田支所長の高橋博之さん(59)は「動物って飼い主に似るって言うでしょ。だから、開田の人たちの性格を代々引き継ぎ、木曽馬の今の気質があるってことじゃないのかな」。穏やかで人懐っこい。開田高原がより好きになった。(中日新聞・藤原啓嗣) <木曽馬の里> 乗馬体験はセンターの職員が手綱を引いてリードする。全長140メートルのコースを歩く「ショート(約2分間)」が800円、280メートルの「ロング(約5分間)」が1500円で、受付時間は午前10~11時50分と午後2~3時50分。敷地内にはそばを味わえたり、土産を買えたりする施設もある。国道361号を挟んだ場所には「おんたけウェルネスラボ」があり、森の中に遊具を設置。アーチェリーやレンタル自転車でのサイクリングも楽しめる。


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