石垣を隔てて支笏湖を望む天然露天風呂=いずれも北海道千歳市の丸駒温泉旅館で

 環境省によると約3万2千年前の噴火跡である支笏(しこつ)湖(北海道千歳市)と石垣を隔てた露天風呂。湖面にはねる魚の水音と葉擦れの音を聞きながら、玉砂利の間から湧く温泉を足裏に感じる。深い森に囲まれた千歳市の丸駒温泉旅館は、かつて船でしか渡れなかった秘湯の趣を残す。創業109年、存続の危機を乗り越え、湖水を使ったサウナなど新しい魅力を創出している。  国立公園にある丸駒温泉旅館の天然露天風呂は、国内でも珍しい湯船の底から湯が湧き出す「足元湧出泉」だ。季節や雨量によって支笏湖の水位とともに深さが変わり、春は30センチ、秋は150センチほどの「立ち湯」になる。目線の高さは湖面の少し上。東京から訪れた会社員の幸田哲司さん(58)は「まるで湖につかっているようだった」と爽快な表情を見せた。  お湯の温度は36~39度。中性で無色無臭。旅館をふもとに抱く恵庭岳(1320メートル)に降った雨が温められ、カルデラ湖である支笏湖のほとりに湧き出る。旅館前の湖岸を掘ると寒い日には湯気が立ち上り、湖水もぬるいところがある。

◆厳しい環境越えて

 創業は大正4年(1915年)。土木工事のため支笏湖を訪れ、後に創業者となる佐々木初太郎さんが、恵庭岳のふもとに温泉が出ると聞いて家族とともに小舟で渡り、木を拾って小屋を建てたのが始まりだ。対岸の支笏湖温泉街から直線で約10キロ、エンジン付きの漁船なら20分ほどの距離だ。丸駒温泉旅館への舗装道路は1960年代までなく、釣り人や登山客が船でやって来た。過酷な自然環境の中で少しずつ旅館を整え、80年代に現在の建物(55部屋)になった。前社長で館主の佐々木義朗さん(61)が創業家の4代目だ。  温泉街の祭りや水産資源の保護など地域振興も担ってきたが、2008年のリーマン・ショックと新型コロナウイルス禍で打撃を受け、21年に民事再生法の適用を申請。国内外で宿泊施設の事業再生などに携わってきた日生下(ひうけ)和夫さん(51)が社長に就任し、歴史と文化を継承しながらも新たな魅力創出に挑んでいる。

丸駒温泉旅館の日生下和夫社長

◆水質日本一サウナ

 力を入れたのが湖水を使ったサウナだ。旅館で使う水は、たびたび水質日本一となっている支笏湖の水を浄化している。この水を熱した石にかけて蒸気を浴びる「ロウリュ」を導入し、水風呂も新設。ほてった体をテラスのいすに預け、湖を渡る風にさらす-。インターネットで評判になり、若い客層が増えたという。  昨年11月には、湖畔に貸し切り型屋外サウナ2棟を新設。近隣の木材業者のおがくず木質ペレットを熱源に使い、電力を使わない環境に配慮したサウナだ。札幌のIT企業と共同運営する。対岸の風不死(ふっぷし)岳(1102メートル)が最も美しく見える「こだわりの角度」(日生下社長)。湖で足を冷やし、係留した小舟で休むこともできる。

対岸には風不死岳。心身が整う湖畔のサウナ

 6~8月は地元で「チップ」と呼ばれるヒメマスも魅力の一つ。刺し身はとろりとした食感、焼き身やフライは上品なうまみが楽しめる。この夏には湖水を使ったクラフトビールも旅館で販売を始めた。  日生下社長は自身も兵庫県の温泉旅館の生まれ。「次の世代へ自然環境と旅館を守りたい。110周年に向け、ロビーにペレットストーブを置いて石や木を使った、初太郎さんの世界観をイメージした改装も計画している」と話す。(北海道新聞・山田芳祥子)     ◇   深く息を吸い込み、酷暑で疲れた心身をリフレッシュしたい-。東京新聞と友好紙の記者が4回に分け、お薦めスポットを紹介する。 <丸駒温泉旅館> 新千歳空港から車で1時間、JR札幌駅からは同1時間10分。現在の部屋数は55。日帰り入浴の受け付けは午前10時~午後2時。大人1200円、小学生600円、3歳以上の幼児300円。火、水曜定休。同旅館が支笏湖温泉街で営む飲食店「メメール」では、チップのフライをパンに挟んだ「支笏湖チップドッグ」(800円)が人気だ。(問)宿泊・予約専用ダイヤル=電0123(25)2341


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