心と体の性が一致しない性別不合(性同一性障害(※))。従来は戸籍上の性別を変更するには、法律に基づき、事実上、生殖能力をなくす手術が求められていたが、最高裁判所は2023年、これを違憲とする判断を示した。これを踏まえ、岩手県内でも性別変更を申し立て自分らしく生きる道を切り拓いた人がいる。
(※)世界保健機関(WHO)は国際疾病分類の改訂版「ICD-11」(2022年発効)で、性同一性障害を「性別不合」と改めている。
女子高時代「罪悪感あった」
一関市の会社員・大滝洸さん(27)は2024年5月、生殖能力をなくす手術なしで女性から男性へ戸籍上の性別を変更することが、盛岡家庭裁判所に認められた。
この記事の画像(12枚)大滝さんは「積み上げが認められたのがうれしかった。16歳でジェンダークリニックに通おうと思った自分にとても感謝」と話す。
大滝さんは、1997年に埼玉・さいたま市で双子の姉妹の姉として生まれた。中学生のころから女性である自分の性別と心とのギャップに気づきはじめ、地元の女子高へ進学するころには、より違和感を覚えるようになったという。
大滝洸さん:
みんな女子がいて、その空気感で自分がおかしいみたいな。服をみんなで着替えるのに罪悪感を感じてトイレで着替えるとか、そういう感じになっていった。
大滝さんは家族に内緒で専門の医療機関に通い、18歳で「性同一性障害」と診断された。
大滝さんは高校在学中にホルモン治療を始めたものの、生殖能力をなくす手術をすることは考えていなかった。「戸籍上、女性であることは変わらない。これを事実として受け止めてどこまでやるか…」と思っていたという。
司法と人生の転機
大滝さんは大学卒業後、不動産建設会社に就職し、2023年10月からは一関市の支店で営業担当として働いている。その転勤後まもなく、大滝さんに一つの転機が訪れた。
最高裁判所が、性別の変更をめぐり、生殖能力をなくす手術が求められることは「違憲」だとする判断を示したのだ。
大滝さんはその時の気持ちを「すごいと思った。司法に何も期待してなかった。奇跡だと思った」と話す。
この最高裁の判断を受けて、大滝さんはすぐに盛岡家庭裁判所に性別変更を申し立てた。
仕事や賃貸借契約で混乱を招くなど、社会生活で不便だと感じたことのリストをはじめとする必要な書類をたった1人で準備した。
大滝洸さん:
手術するという要件がなくなり、初めて自分事として考えた。権利を得ることから始めないと、ちゃんと人生を送れないんじゃないかと思った。
そして、大滝さんの誕生日でもある5月22日、ついに戸籍上の性別を男性に変更することが認められた。
「自分に正しかったよって言えるかな。将来は明るいでしょう。最初から人生を悲観する必要はない」と笑顔を見せた。
16歳の自分、悩める若い世代へ
審判の情報を発信した大滝さんのSNSは、同じ悩みを持つ人などの共感を呼び、130人ほどだったフォロワーは1000人を超えた(8月19日現在 2300フォロワー)。
裁判所の判断から3日後、大滝さんは盛岡市で行われた性的マイノリティーの人などによる催し「いわてレインボーマーチ」に参加。スピーチやパレードを通じて胸を張って堂々と生きる大切さを訴えた。
大滝洸さん:
「そんな道もあるよ」と選択肢を示したかった。大学卒業までに手術して身を隠すというモデルもある。手術を後でするのであっても、自分の人生選択で急いでほしくない。
手術なしで戸籍上の性別変更が認められた事例は、岩手県内では初めてとみられる。
かつての自分のように不安に思う若い世代に、自分の姿を見せたいという大滝さん。悩める人に希望の光を示しながら、自分らしく歩んでいる。
広島高裁が異例の判断 「ポジティブに受け止め」
手術なしの戸籍上の性別変更をめぐり、広島高裁が7月10日、男性から女性への変更を認める異例の判断を示し、大きな反響を呼んだ。
大滝さんはこの2日後、岩手めんこいテレビの電話取材に応じ、「ポジティブに受け止めた。ようやくここまで来た」と前向きに捉えつつも、「非難の声もあり、手放しでは喜べない」と慎重な姿勢を見せる。
広島高裁は、ホルモン治療で体の各部に女性化が認められるとしたうえで、「自分の意に反した手術か性別変更断念の二者択一を迫るのは、憲法に違反する疑いがある」などと指摘し、当事者の申し立てを認めたという。
女性から男性への性別変更が認められた事例はあるが、逆のパターンが認められるのは極めて異例だ。
大滝さんは「法整備など議論されている中、性別変更の動きは早いなと思っていた。社会的ニーズの高まりとか、行動した方の積み重ねがあって実現したと考えているので良かった」と受け止める。
一方、生殖機能をなくす手術なしで男性から女性に性別変更した人が、公衆浴場や女性用トイレを利用する可能性を踏まえ、今回の判断を問題視する声も目立つ。
これについては「身体の性差で区分されたスペースの運用基準について早急に整備が必要」と訴える。
「当事者の思いに沿った判断を」
さまざまな意見があるものの、広島高裁の判断が当事者にとって大きな意味を持つことは間違いない。
大滝洸さん:
手術をいつ受けるかを含め、ライフプランの組み立ては当事者によってさまざま。一人一人の「差し障りなく生活したい」という思いに沿ってほしい。
個々の事情に寄り添った判断がなされるよう、これからの司法へ期待を込める。
(岩手めんこいテレビ)
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