ICT(情報通信技術)の活用で障害者の職域が広がっている。リモートワークが普及し、在宅での就業も格段にしやすくなった。企業の法定雇用率は2026年7月までに2.7%へと段階的に引き上げられ、企業が雇用の受け皿拡大を急いでいる。これまで就労を阻んできた障壁が先端技術で突き崩されれば、障害を持つ人もやりがいのある仕事に就きやすくなると期待が集まる。
「ようやく希望の仕事に就けた」。関西在住の男性(32)は笑顔で話す。デロイトトーマツのIT(情報技術)部門に23年10月、採用された。ソフトウエアの動作確認などを自宅からリモートワークで担う。
国立大学在学中の19年に広汎性発達障害と診断された。複数の用事を同時にこなせず、温度や湿度といった環境変化で体調を崩した。学生生活を級友のように送れず留年を繰り返した。「何かおかしい」。病院を受診して診断はついたが、生きづらさは変わらない。20年に大学を卒業後、障害者の就労支援機関に通い、仕事を探しても不採用が2年以上続いた。
そんなときデロイトトーマツが障害者を対象にデジタル人材育成インターンシップを開講すると知った。初歩からITスキルを学び、実践力を養うために1日6時間、週4日のオンライン指導が5カ月続いた。男性は「やっと手にした仕事。スキルをもっと磨いて会社に貢献できる戦力になりたい」と抱負を語る。
障害者の働く場が限られている一方で、デジタル人材は圧倒的に足りない。インターンシップは2つの社会課題を同時に解決する試みだ。これまで2回開催し、48人が修了し44人を採用した。「働きたくとも働けなかった人が多いので、仕事に対する意欲が高い」(担当者)。配属先での評価も高く、現在は18日まで3期生を募集中だ。
厚生労働省によると、23年6月1日時点で障害者雇用者は64万2178人に上る。年々増加しているものの、業務は軽作業や雑務などに限定されがちだった。それが今、ICTの発達で活躍の場が広がっている。
自宅から遠隔でロボットを操作
「健康保険証のマイナンバーカードへの移行はお済みですか?」。調剤薬局のキョーワ薬局・一宮店(愛知県一宮市)の店頭で小型ロボットが来店者に声を掛けていた。実は名古屋市在住の50代女性が遠隔で操作している。生まれつき骨の発達が滞る希少疾患を患い、外出はつらい。自宅からロボットを操ることで今年2月から働き始めた。
「仕事に就くのはおよそ30年ぶり」と女性は話す。高校卒業後に就職したが、通勤が困難で間もなく退職。そして就労はあきらめた。だが数年前に小型ロボットの存在を知り、がぜん意欲が湧いた。オリィ研究所(東京・中央)が障害者らの就労支援のために開発した「OriHime(オリヒメ)」だった。操作方法などを身に付け、飲食店で来店者に献立などを案内するようになった。
接客に慣れた7月、薬局に「配置転換」された。「薬局は人手不足が顕著。ゆくゆくはロボットを通じて働く障害者をさらに雇って健康相談や服薬指導なども任せたい」(キョーワ薬局)と期待する。
国は企業に全従業員の一定以上は障害者を雇うように義務付けている。23年度までの法定雇用率は2.3%だったが、24年4月に2.5%に引き上げ、26年7月には2.7%に高める。平均雇用率は2.33%に達するものの、企業間の格差が大きく、法定雇用率を達成している企業は全国で50%にとどまる。
地方の障害者と都市部の企業結ぶ
カラフィス(横浜市)はリモートワークに特化した求人を障害者に紹介する。三井正義社長は「都市部ほど法定雇用率に達していない企業が多い。やりたい仕事に就けない地方の障害者と、都市部の企業を結べば互いにウィンウィンな関係が築ける」と説明する。
これまで就労希望者約300人が登録し、うち50人弱に仕事をあっせんした。新潟県在住の男性(37)もその1人。医療サービスを手掛けるユビー(東京・中央)に22年9月、入社した。自閉スペクトラム症があり、相手の顔色や発言の本意が読めないなどコミュニケーションが難しい。
「無意識に喉を鳴らしたり、足を動かしたりする症状もあり、オフィス勤務は同僚らに気疲れして長続きしなかった」。現在は総務部門で業務委託契約の管理などを担っている。仕事はすべてリモートワークで完結する。「自宅の慣れた環境で働けるので仕事に支障はない」という。
法定雇用率が高まるほど障害者だけを切り出して仕事を割り振ることの難度は上がる。三井社長は「様々なICTツールを駆使して障害者は多様な仕事をこなせるようになっている。障害者の職域拡大を阻んでいるのは企業側の意識だ」と指摘する。「今、人手がほしい仕事は何なのか。これまでと発想を逆転すれば障害者の活躍の場は自然と広がっていく」と説く。
力を発揮できる環境、個別に整備を
法定雇用率の引き上げに伴って「農福連携」という事業モデルが注目されている。障害者が農業に携わり、農作物の成長や収穫の喜びなどを通じて仕事のやりがいを体感する。障害者に適した業務を社内で見いだせない企業などが、農園などを運営する外部事業者と契約し、企業が雇用した障害者をその農園で農作業に従事させる代行ビジネスも台頭している。
農業はやりがいのある仕事であり、農作業に適性を持つ障害者は間違いなく存在する。ただ安易に代行ビジネスに頼ることは障害者と健常者の働く場を分離することになりかねない。法定雇用率の達成が自己目的化しては両者の融合を目指す本来の趣旨に反する恐れもある。
昨今話題のDEI(ダイバーシティ・イクイティ・インクルージョン)の神髄は一人ひとりの希望や意欲、能力などに応じて、その人が最大限力を発揮できる環境を個別に整えることだ。それは障害者雇用も同様だ。DEI時代にふさわしいあり方を企業も真摯に考えなくてはいけない。
(編集委員 石塚由紀夫)
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