「微住(びじゅう)」という言葉をご存知だろうか。移住でも旅行でもなく、一定期間、地域で暮らすように滞在する=“微妙に住む”旅のスタイルのことだ。福井市出身で、「生活芸人」と名乗る田中佑典さんが提唱し、2017年から台湾と福井の間で「微住」を進めている。
観光地を回るだけでなく、地域の人たちと交流を深め、その土地の暮らしを体験する「微住」こそが新たな地域観光の戦略になると強調。7月からは約2カ月間、「微住」とインターンを組み合わせて、台湾に住む大学生を福井県内に受け入れた。

観光客増加を見込み中国語を学ぶ

“繊維王国”といわれる福井県。機織りが盛んな坂井市丸岡町にあるリボン製造会社「エイトリボン」では、工場見学を希望する台湾からの観光客増加を見込み、中国語の勉強を始めた。

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「『チェッガ』っていうのは『これ』。物を表すので、『これ見てください』は『カンチェッガ』と言います」と社員に教えるのは、講師を務める田中佑典さんだ。

中国語レッスンには、田中さんが台湾からインターンとして受け入れている建築やデザインを学ぶ3人の大学生も参加した。レッスンの後、社員が会話の実践練習を兼ねて、学生らを工場へ案内した。

その途中、案内する社員が「『触ってみてください』をどう言うのか教えてほしい」と田中さんに尋ね、田中さんが「モウモウカンバ。触るはモウモウ」と教える場面もあった。

工場内には、半世紀以上前の昭和から使われている織機が並ぶ。小気味よい音を立てながら、糸が複雑な模様のリボンへと織られていく様子を、興味深そうにのぞき込む台湾の学生たち。

1人が、織機の前でリボンを指差し「これは裏面ですね?」と尋ねた。田中さんが「そうです」と中国語で答えた後、社員には「裏面はベイミェン。表面はビャオミェン」と伝える。

機織り機の後ろには、手作業で糸を束ねる職人がいて、学生たちはその繊細な職人技に見入っていた。

工場見学後、台湾の学生を案内した社員は「自分の発音に不安があったが、自然に『モウモウカンバ(触ってみて)』という表現が出るようになっていて楽しかった」と笑顔で話していた。

祭りの準備を体験 台湾の味も堪能

今回、2カ月間の「微住」の拠点として、学生たちが1カ月間滞在したのが、福井市東郷地区。地元の有志が「微住」受け入れ先として取り組んでいて、地区内の寺には「微住発祥之地」と記された石碑も建てられている。

8月9日は、東郷地区の夏の一大イベント「おつくね祭り」を翌日に控え、住民や学生らが準備作業に追われていた。

作業が一段落すると、学生たちは住民に“台湾の味”を堪能してもらおうと、定番料理の一つ「ルーローハン」を慣れた手つきで作り上げ、振る舞った。

地元住民は「日本ではあまり使わないスパイスを使っていて異国情緒のある味」と、本場の味を楽しんでいた。

「微住」を通して、台湾人と交流が続く東郷地区。住民らは「普通に日本人と同じように話かけてくれる雰囲気ができている」と街の変化を感じていて、「地域が(微住に)影響されて変わるのではなく(受け入れに)慣れるくらいで、地域らしさは今まで通りであってほしいと思っている。色んなところと関わり合いがあるのはいいことだし、地方にとっては重要」と話す。

田中さんは「微住を受け入れる側も、前後で心が成長していくし、心の距離も近づいていく。地域の人も、最後には『また来てね』とか『今度は私たちが行くよ』と言うようになっていて、それが僕の目指す“一期三会”。一過性の関係でなく、何度も行き来しあえるような交流が、福井にはぴったり」と語った。

「人や場所に愛着が湧いた」

滞在の最初の頃は、コンビニが近くにない生活環境に不安を抱いていた台湾の学生たちだが、次第に地域に溶け込んでいった。

2カ月の「微住」を終え「福井に来る前は何もわからなかった」「地域の人と食事を作ったりして、台湾ではできないような生活が体験できた」「多くの住民と知り合い馴染んできて、人や場所に愛着が湧いた」などと滞在を振り返っていた。

人口減少が加速する中「微住」のように、時間をかけて理解を深めることが福井の強みになると田中さんは強調する。

田中さんは、「微住の受け入れをするときは皆、最初は“おもてなし”とか言ってかっこつける。だけど、おもてなしの“裏”を見たい。今回で言うと、祭りの準備の部分も微住者にとっては貴重な体験になる。外から来る人は、もっともっと普通の暮らしや関係を求めている。それが起点となって地域や人への愛着になると思うので、福井の人にも理解してもらい微住者の受け入れ地域が増えていけばと思っている」と語った。

台湾からの学生たちは今回、大野市や福井市東郷地区の2カ所を拠点に約2カ月間「微住」し、15社を訪れた。田中さんは今後、「微住」を受け入れる福井県内の拠点も増やしていきたいとしている。

地方に残る伝統文化を、時間をかけてじっくりと味わい、細く長くつないでいく微住。自然と行き来する関係性を築くことで、人口減少に悩む地域の新たな資源となるかもしれない。

(福井テレビ)

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