女性の手の方が男性の手よりも冷えていることを示す画像。研究では、女性は男性よりも寒さに敏感であることが示唆されているが、これは性別よりもむしろ体のつくりに大きく関係する問題だ。(PHOTOGRAPH BY TYRONE TURNER, NAT GEO IMAGE COLLECTION)

屋外の気温が上がり続ける中、セーターや毛布を重ねて防寒対策をしているオフィスワーカーも少なくない。冷房の効き過ぎた職場では、大勢の職員(その多くが女性)が、暑いはずの夏に寒さに凍えており、これを「女性の冬」と表現する人もいる。

女性の方がより寒さに敏感であることを示す研究はあるが、そう単純な話でもない。2024年4月29日付けで学術誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」に発表された研究によると、どの時点で寒さを感じ始めるかには、性別よりも体の大きさと身体組成(体脂肪、骨、それ以外の割合)の方が大きく関わっているという。寒さに対する敏感さや、それが健康や生産性にどのような影響を与えるかについて、今わかっていることを紹介する。

温度の好みに男女差はある?

ほかの温血動物と同じく人間もまた、体温を適度に保つことに多くのエネルギーと労力を費やしている。多くの種が、極端な気温に適応して行動を変化させている。暑い砂漠で夜行性になるのはその一例だ。あるいは、酷寒の冬を生き延びられるように分厚い毛皮を進化させるものもいる。

しかし、人間の身長や体型がさまざまであるように、どの程度の気温を理想的と判断するかは人によって異なる。冬でも短パンとサンダルで平気な人がいる一方で、いつでも帽子とセーターを身に着けていなければ寒いという人もいる。

体外の温度に対する好みは、その人の代謝がどの程度高いかと直接関係している。

筋肉量が多く体が大きい人は、体の小さい人よりも安静時により多くのカロリーを燃やす傾向にある(基礎代謝量が高い)。そして、脂肪には断熱効果がある一方で、体の芯で発生した熱が手や足に届くのを妨げることもある。

結果として、温度の好みにはある程度の性差が見られるようになると、オランダ応用科学研究機構で人間のパフォーマンスと温度の関係を研究するボリス・キングマ氏は述べている。なお、氏は今回の研究には関わっていない。

ただし、これは「女性の方がより高い温度を好む」という単純な問題ではないという。

第一に、男性と女性が理想とする温度の範囲は大きく重なっており、その差はかなり微妙なものだと氏は指摘する。第二に、人の好みの温度は活動レベルや服装によって変わってくる。キングマ氏によると、代謝よりもそれらの男女差の方が大きな違いをもたらすという。

先述の「PNAS」に掲載された論文も、こうした知見を裏付けている。この研究を行った米国立衛生研究所(NIH)のチームによると、ある人の理想とする温度がどう決まるかには、基礎代謝量、体表面積、体脂肪率のからみ合いが大きく関わっているという。

これらの要素が「同程度であれば、男性であろうと、女性であろうと、高齢者であろうと、同じような環境を好むということです」とキングマ氏は言う。

温度が体に与える影響

暖かくなり過ぎると、手足の血管が広がってより多くの熱を放出させようとし、それでも不十分であれば体が汗をかきはじめる。

一方、寒さにさらされた場合、手足の血管が縮んで熱が失われるのを防ごうとする。体温が下がり過ぎると、体が震え始めて熱を生み出すのを助ける。暑過ぎても寒過ぎても、追加のエネルギー出力が必要になり、体にストレスを与えるとキングマ氏は言う。

低体温症や凍傷が起こるのは過度の寒さにさらされたときだが、指先やつま先の細い血管が縮んで詰まり、四肢が白や青ざめた色に変わる「レイノー症」は、そこまで極端な寒さでなくとも起こりうる。女性や寒冷地に住む人に顕著に多く、冷え性の極端な例だと考えられている。症状は温めると改善するが、不快で煩わしい思いをさせられることに変わりはない。

人類は長い時間をかけて、地球の極端な気候に適応するさまざまな手段を開発してきた。暖をとるために火を焚いたり毛皮を着たりといった基本的な方法から、体温を反射する断熱性の生地のようなハイテク製品まで、あらゆる手段のおかげで、われわれはほぼどんな場所でも暮らすことができる。

「人間が地球のどこにでも住むことができた唯一の理由は、技術によって環境に適応できたことです」とキングマ氏は言う。その技術には、エアコン以外にもさまざまなものが含まれると氏は指摘する。

多くの技術が、人間を「完璧な」温度に保つためというよりも、危険なほど暑く、あるいは寒くならないようにすることを目的としている。

温度が生産性に与える影響

米南カリフォルニア大学のビジネス経済学者トマス・チャン氏が温度と労働者の生産性との関係に興味を抱いたのは、ひどく暑いオフィスで働き始めたときのことだった。

氏は長袖のシャツを半袖に替えたり、ホットコーヒーではなくアイスコーヒーを飲んだりと、できる限りの工夫をしたものの、暑過ぎて仕事に集中できない状況は変わらなかった。職場にいても、頭の中はどうすれば涼しくなるかでいっぱいだった。

チャン氏は、暑過ぎや寒過ぎによるストレスが、生産性にどの程度の影響を与えるかを知りたいと考えた。そこで、ドイツ、ベルリン社会科学センター(WZB)のアグネ・カヤツカイテ氏と共同で、ドイツの大学生グループを対象に、暑過ぎるか寒過ぎるときに彼らの作業能力がどのように変化するかを調べた。

その結果、女子学生は高い温度のときに言語と数学のタスクでよいパフォーマンスを示した一方、男子学生は低い温度のときの方が優れた成績を残した。わずか数%ポイントという、一見微妙に見えるものの有意な差が、男女の間には存在した。論文は2019年に学術誌「PLOS ONE」に掲載されている。

大した差ではないように思えるかもしれないが、多くの経営者は、生産性がこれだけ向上すれば大いに喜ぶだろうとチャン氏は言う。「従業員が快適に過ごせるようにするだけでいいのですから、実に簡単なことです」

しかし、米カリフォルニア大学バークレー校の建築家・環境エンジニアのステファノ・スキアボン氏は異を唱えている。氏は、生産性と温度の関係について、チャン氏のものを含む35件の異なる研究のデータをまとめて分析し、2021年に学術誌「Building and Environment」に発表した。

データを総合的に見たところ、生産性が著しく下がるのは、温度が極端な場合に限られることがわかった。少しくらい暑さや寒さを感じたとしても、それが本人のパフォーマンスに大きな影響を与えることはないとスキアボン氏は言う。

いずれにせよ、結局のところ「女性の冬」問題を解決する方法はどうやら、「エアコンの出力を弱める」という単純なものであるようだ。化石燃料の燃焼が地球温暖化を加速させている今、コストとエネルギーの節約につながるこうした行動はますます重要になってくるとスキアボン氏は言う。

室内をどの程度涼しくするかを調整したうえで、従業員に自分たちが着るものや作業空間をカスタマイズしてもらうことによって最適な温度での作業を可能にすれば、どちらの問題の解決にも大いに貢献するだろう。

「今のわれわれは、高価なエネルギーを大量に消費して、人々を不快にしている状態なのです」とスキアボン氏は述べている。

文=Carrie Arnold/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年7月23日公開)

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