わが子に一番合った志望校はどこなのか――。
過熱する中学受験において親が頭を抱える難問の最適解を見つけ出すには、どんなことを意識したらいいだろうか。37万部超えのベストセラーとなった「『学力』の経済学」の著者、中室牧子・慶応義塾大教授(教育経済学)に聞いた。
「井の中のかわず」がいい?
超難関の高みを目指した方がいいのか、実力に見合った学校を選んだ方がいいのか。そんな進学先を選ぶときの悩みについて、「井の中のかわず効果」という学説を用いて説明した。
最初に提唱したのは米国の心理学者。ごく身近にいる周囲の人とのみ比較することで、自分の能力を誤って見積もってしまうことを指す。
中室さんによると最近の研究では、もともとの学力が上位の生徒は、同じクラスに自分と同じような学力の高い生徒がいることによって学力が上昇するが、もともとの学力が下位の生徒は、同じクラスに学力の高い生徒がいることによって、むしろ学力が下がってしまうことが分かっている。
「井の中のかわず効果」は、これに対する一つの説明だ。
「難関校を目指してほしい」とか「滑り込みでもいいので第1志望の学校に合格してほしい」と願うのが親心だろう。
中室さんもそうした親の期待には理解を示しつつ、「滑り込み合格」の副作用について注意が必要だと語る。
「『井の中のかわず効果』に関する研究は、いろいろな国のデータを使って行われていますが、結論は国によらず一致しています。『第1志望の最下位』と『第2志望の1位』は、入試時点では僅差の実力にもかかわらず、入学後の成績は『第2志望の1位』の方が高くなることが分かっています」
海外の研究では、入学後の学力にとどまらず、大学進学率、年収、メンタルヘルスにも良い影響があり、暴力や喫煙などの問題行動も減らすことが分かっている。
なぜ、第2志望の1位の方がさまざまな面で有利になるのか。
これは、子ども自身の自己効力感によって説明できるという。
「自分ならきっとうまくできる」と自分の可能性を信じている子どもは、進路や進学に明るい希望を持ち、努力をする。しかし、第1志望の最下位になってしまうと、学力の高い優秀な同級生と自分を比較して、自分に対する自信を失い、努力することをやめてしまうのだ。
進学校への入学を果たしたにもかかわらず、入学直後のテストで低い成績を取ってしまい、下位層から浮上できなくなった生徒を「深海魚」と呼ぶこともある。
中室さんによると、日本の進学校でも実際に「深海魚」が存在することは、研究でも裏付けられているという。
子どもの能力を伸ばすものとは
学校選びにおいて大事なことは、他人との競争に勝つことだけではない。中室さんは、受験の合否のような短期的な成果だけでなく、長期的な成果に目を向けることの重要性を説く。
例えば、社会に出た後に活躍していれば、子どもの頃に「受験に失敗した」などという話は、いずれ笑い話に過ぎなくなる。
長期の成果に大きな影響を与えるのは、優れた教員の存在だ。経済学では、教員の優秀さを測る指標として「付加価値」がある。付加価値は、その教員が教えた生徒の学力の「伸び」で測ることができる。
中室さんによると、米ハーバード大のラージ・チェティ教授らが、全米の大都市圏の公立小・中学校の約100万人の学力テストのデータと卒業後の納税記録などの行政記録情報を用いた研究を行ったところ、付加価値の高い教員は、生徒の大学進学率▽将来の収入▽貯蓄率――を高めていることが明らかになった。
それだけではなく、10代で妊娠したり、犯罪に巻き込まれたりする確率も低かった。
付加価値の高い教員は、担任した生徒の学力を上げるにとどまらず、学力以外にも好影響を与え、将来にわたる成果にプラスの影響を及ぼすということがうかがえる結果となったのだ。
米国では、このような教員の付加価値を公表している自治体もあるという。
では、こうした仕組みがない日本ではどうすればいいのか。
授業を見学する機会があれば、子どもたちの力を伸ばせる教員がいるかどうかという視点を持って見ることが必要だと、中室さんは説明する。
男女別学か 共学か
難関大学の入試合格者の高校別ランキングを見ると、男女別学の学校が上位に名を連ねる。
「成績や進学に限ってみれば、男女別学の方が効果があるという研究も少なくありません」
中室さんは、ソウル市内の男子高校68校、女子高校60校、共学高校68校に在籍する約9万人を対象とした米ペンシルベニア大のヒョンジュン・パク教授らの研究を取り上げた。
それによれば、韓国版の大学入学共通テストの点数は共学の生徒よりも別学の生徒の方が高く、大学進学率も高くなっていることが示された。
男子校と女子校に分けてみると、ともに理数系学部への進学で有利になることを示す研究もある。ただし、「男子校と女子校とでは異なるメカニズムが働いています」と、中室さんは語る。
男子校では、理数系科目に男性教諭が多いことから男子生徒が影響を受けやすい「ロールモデル効果」によることを示す研究がある。
女子は、女子校に行くことで「女子は理数系科目が苦手」という「ステレオタイプ(固定観念)の脅威」から逃れられ、理数系の勉強に専念できるのだ。
ただ一方で、幼少期に同性の子どもでグループを形成すると、短期間でも性別に対する偏見や固定観念を強化したことを示すエビデンス(裏付け)もあるといい、「学力や学歴、進路以外への影響も考える必要があります」とも述べた。
「単純に『別学の方がいい』と考えるのではなく、別学と共学の違いとそれぞれの良さを理解することが大事なのです」【千脇康平】
なかむろ・まきこ
慶応義塾大教授。1975年奈良県生まれ。98年慶応大卒。米コロンビア大で博士課程修了後、日本銀行や世界銀行で調査・分析などの実務を担う。専門は教育経済学。
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