7月8日、東京・西麻布の三つ星レストラン「レフェルヴェソンス」でインパクトレポート2023年版の発表イベントが開催された。東京有数のファインダイニングは普段なら華やかな料理が運ばれ、ワインが注がれる。しかしその日はジャーナリストや飲食店関係者、食材の生産者、学生など約60人が集い、食と農のこれからを考える、濃密なセミナー会場となった。
インパクトレポートは、持続可能な社会の実現に向けた企業の取り組みを開示する報告書だ。サステナビリティーレポートのほうが耳になじみがあるかもしれない。日本マクドナルドホールディングスや味の素などのグローバル企業が公表するケースは多いが、一軒のレストランの発表はめずらしい。
東京大学大学院教授、中嶋康博さんによる「食料・農業・農村基本法」改正をめぐるレクチャーや、中嶋さんと同店エグゼクティブシェフ生江史伸さんとのトークセッションなどが催された。
レフェルヴェソンスといえば、アジアのベストレストラン50のサステナブル・レストラン賞を18年に受賞し、20年からはミシュランのグリーンスターを毎年獲得。22年の「世界海洋デー」には国連で生江シェフがスピーチをするなど、サステナビリティー意識の高いレストランとして知られる。
反面、「僕たちだって完璧じゃない。だめなところも見てもらわないとフェアじゃないという気持ちがあって」と生江シェフ。何ができていて、何ができていないのかをつまびらかにするレポートの制作を決めたという。
第三者機関に託す方法もあったが、あえて内製を選び、電気・水道・ガスの使用量、二酸化炭素(CO2)排出量、ごみの量、従事者の男女比といったデータを自分たちで算出した。
2回目となる今回は22年と比較。客数が約1200人増えた分、エネルギー使用量もごみの量も増えた。それでも1人当たりで換算すると、可燃ごみ、不燃ごみ、段ボールの利用は減り、電力・水道・ガスは使用量・CO2排出量ともに減少。さらに改善すべく、紙のリサイクルやコンポストの仕組みづくり、再生可能エネルギーへの転換に向け電力会社との交渉などが進行中だ。
「レフェルヴェソンスだからできるんだよね」という声も聞こえてくる。三つ星だから、グリーンスターだから、と。生江シェフにはそれがもどかしい。「いや、その気になれば、誰でもできる」。内製にはそんな思いも込めた。「CO2排出量は、電気・水道・ガスの請求書に記載された使用料を各社ホームページ掲載の算出式に当てはめれば、自分たちで出せるんですよ」
同店を経営するサイタブリア(東京・港)代表の石田聡さんはレポートを名刺代わりに渡すことも多い。今のところ「外以上に内への効用が大きい」と語る。「日頃の取り組みが可視化されることによって、スタッフに使命感や誇りが生まれていると感じます」
B5判・全104ページの冒頭を飾るのが、レフェルヴェソンスのビジョン「リジェネラティブレストランへ」との言葉だ。「持続可能性を越え、地域社会の育成、生物多様性の保護、環境の再生に取り組んでいく」と意思表明する。CO2排出量を抑えるのも、ごみを削減するのもその一環といえる。
社会や環境の再生・回復にレストランがどう関わるのか。料理で語るとわかりやすいかもしれない。同店のシグニチャー料理に「アルチザン野菜」がある。環境に負荷をかけない栽培や採集を心掛ける農家から届く野菜、ハーブ、花、野草で構成され、多ければ約70種ほどが盛り込まれる。
「こちらからは何も指定せず、自然のなりたちや栽培のサイクルに添ったものを送ってくださいとお願いしている」(生江シェフ)。ちなみに、食材は国産比率93.8%。仕入れにおける環境負荷を明確にするため、輸送距離を計測し、できるだけ近郊から調達する。
たとえば、23年版のレポートに登場する「SHO Farm」(神奈川県横須賀市)は可能な限り在来種・固定種を使用し、炭素貯留の観点から不耕起で栽培、プラスチック資材は原則使わず、省施肥、無農薬、水は雨水、自家発電の太陽光を用いる環境再生型農業を実践する。「彼らのような生産者から仕入れることで、環境の再生や回復を促す一助になれば」と説明する。
ところで、発表イベントには「ガストロノミーの持つ力の拡張」とのテーマが掲げられた。「社会と様々につながることで、レストランで培われた知見や技術、ネットワークは店を超えて生かされる」との考え方だ。海の環境改善に取り組む葉山アマモ協議会と共に子ども向けワークショップを実施したり、セミナーやボランティア、チャリティーなどへ参加したり。生江シェフもスタッフも幅広く活動してきた。
実は、レフェルヴェソンスにはひそかな願望がある。社会における飲食業のステータスを上げることだ。「そのためにはレストランの社会的価値をデータ的にも示して、人々の納得を得ていかなければ」。インパクトレポートはその手段のひとつでもある。「店一軒がどれだけ環境負荷を減らそうと、知れている。飲食業全体が社会に影響を与えられるようにならなければ」とは、石田さんと生江シェフ共通の思いだ。
だから、「インパクトレポートを歯磨きのような習慣に」と生江シェフは思い描く。「食事をしたら、誰だって歯を磨くでしょう。営業や経営にもれなく付いて回るものという感覚です。これからのレストランビジネスには不可欠になると思っています」
フードジャーナリスト 君島佐和子
高井潤撮影
[NIKKEI The STYLE 2024年9月8日付]
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