チベット民族が共生するすべての動物はそれぞれの重要な役割を果たしている(パブリックドメイン)この記事の画像を見る(25枚)世界36カ国を約5年間放浪した体験記『花嫁を探しに、世界一周の旅に出た』が話題を呼んでいるTVディレクター・後藤隆一郎氏。その後藤氏が旅の途中で訪れた、ヒマラヤ山脈にある辺境の地、チベット仏教の聖地「スピティバレー」で出会った「標高4000mに暮らす人々」の実態をお届けします。*この記事の前半:TVマンが見た「絶滅危惧種と暮すチベット民族」驚く日常(前編)*この記事の続き:TVマンが見た「絶滅危惧種と暮すチベット民族」驚く日常(後編)

人懐っこい村人と警戒心のない野生動物

朝食を食べた後、カナさんと二人で村を探索した。四方が山々に囲まれた小さな村には女性と子どもたちがたくさんいて、皆、とても人懐っこい。

歩いていると、小さな子どもたちが後からゾロゾロとついてくる。

スマホのレンズを向けると、屈託のない笑顔でピースサインを見せてくれた。幼い弟を背負いながら妹の手を引く10歳くらいの男の子もいる。

大自然を遊び場にしている子どもたちは、皆、元気いっぱいで、わんぱくそうだ。

その光景は何だかとても懐かしく、大分県に住んでいた幼少期、近くにガキ大将がいて、こんな感じで遊んでいたのを思い出した。

ムド村の人々。若い女性と子どもがたくさんいる(写真:筆者撮影)可愛いピースサイン(写真:筆者撮影)子どもたちはとても人懐っこい(写真:筆者撮影)弟と妹の世話をする小学生くらいの子ども(写真:筆者撮影)

村は動物であふれ返っていた。放牧された牛やロバがあちこちに佇んでいる。くるりと巻いた大きな角と茶色く長い毛を持つヤギが日なたぼっこをしながら、のんびりと寝転がっていた。

長い毛と角を持つヤギ(写真:筆者撮影)

やがて、山から2匹の犬がヤギの群れを導いて降りてきた。群れの先頭と後尾には、中学生ぐらいの男の子がいる。ここでは、幼い頃から仕事や責任を持たされることが多いようだ。

ヤギが小屋に近づくと、犬たちは遅れてくるヤギを促すために、猛スピードで駆け寄った。すると、のろのろと歩いていたヤギたちも一斉に小屋に向かって駆け戻っていく。

それぞれの動物に与えられた重要な役割

犬はヤギを管理するだけでなく、この村に訪れる危険な野生動物から身を守る番犬としても役立っていると村人から聞いた。ここでは、すべての動物がそれぞれの重要な役割を果たしているのだ。

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  • 放牧から村に帰ってきたヤギの群れ
    (写真:筆者撮影)

  • 角があるヤギとないヤギがいる
    (写真:筆者撮影)

  • 犬に促され小屋に戻るヤギ
    (写真:筆者撮影)

  • ムド村の犬。凛々しい顔つき
    (写真:筆者撮影)

  • 牛を引く小さな女の子
    (写真:筆者撮影)

  • 放牧から村へ帰ってきた牛の群れ
    (写真:筆者撮影)

  • 黒い牛が多い
    (写真:筆者撮影)

  • 飼育されている「ヤク」
    (写真:筆者撮影)

  • ひづめ近くまで長い毛に覆われている
    (写真:筆者撮影)

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次に村に戻ってきたのは、放牧から戻ってきた黒い牛の群れだった。その中には、特に大きく、足元まで黒い長い毛で覆われた牛がいた。それは、カザの観光案内の看板で見た「ヤク」だ。

「高原の王者」と呼ばれる野生のヤクは、頭に太くて硬い角と、頑強な体を持ち、凶暴なユキヒョウや獰猛なオオカミさえ避けて通る。

高海抜、低気圧、低酸素、飼料の少ないツンドラ気候の寒冷高地の草原に生息する。ヤクは、チベット高原やヒマラヤ地方の固有種で、ウシ科の哺乳類。野生種は「ノヤク」と呼ばれる。

絶滅危惧種に指定されている野生のヤク「ノヤク」(パブリックドメイン)

国際自然保護連合(IUCN)の正式な推計によると、現在、野生のヤクは世界中で1万頭ほどしかおらず、絶滅危惧種に指定されている。

野生種(ノヤク)は体長2m、肩高1.6m、体重は1トンにも達する大型動物。その形状は牛に似ているが、体表はひづめの辺りまで達する黒くて長い毛に覆われている。

「ノヤク」は体長2m、肩高1.6m、体重は1トンにも達する大型動物(パブリックドメイン)

想像をはるかに超えてくるヤクの有用性

チベットの山岳民族は、2000年も前からヤクを飼いならし、家畜として活用してきた。ヤクの乳からは、バターやヨーグルト、チーズなどが作られ、彼らの主食となっている。

1カ月ほど前、北インドのバシストにあるジャーマンベーカリー(ドイツのパン屋)で、ヤクのチーズパンを食べた。

その味は濃厚で、臭みがあり、塩味も感じられた。

ヤクのチーズパンは、西洋人のバックパッカーに大人気で、朝早くから行列ができ、1時間もすれば完売してしまうほどであった。

他にも、ヤクはさまざまな用途で使用されている。

糞便は農作地の肥料となり、カラカラに乾燥させて燃料としても用いられる。これはチベットの山岳に住む遊牧民族にとって極めて重要な役割を果たす。

かつて、人々がチベットの寒冷山岳地帯を長期間かけて移動する際、食料の確保と同様に、燃料の確保も生死に関わる問題であった。しかし、旅に必要なすべての荷物を持ち運ぶことはできない。

そこで、先人が通った道を示す目印となるヤクの糞を、補給燃料としても活用していたのだ。

寒冷砂漠地帯の荒野では燃料となる木々を見つけるのが困難だが、ヤクの糞は牛や馬に比べると、火の勢いが強く、長時間持つ。極寒の夜を過ごす旅人にとって、ヤクの糞は、まさに神からの贈り物なのだ。

そんな理由で、チベットの山岳民族にとって、ヤクの糞は命綱であり、特別な意味を持っている。

乾燥させているヤクの糞(パブリックドメイン)

それぞれの動物に与えられた重要な役割

また、ヤクは輸送の主力であり、「高原の舟」にも例えられる。空気が薄く、移動が困難なヒマラヤやチベットの山岳地帯では、馬やロバはすぐに疲れてしまう。

しかし、標高4500〜6500mの高山の草原に生息する野生のヤクは、急な斜面や谷をも平気で乗り越えていける足腰を持ち、生まれつき心臓や肺が大きい。

また、近年の研究では、低酸素の状況下でも呼吸がしやすくなる特殊な細胞が肺の血管にある可能性が示唆された。

ヤクは生息することが厳しい高地に適応するための進化を遂げた、稀有な動物なのである。

山岳地帯で荷物を運ぶヤク(パブリックドメイン)

村を歩いていると、真っ黒に日焼けした、しわくちゃの老婆たちが道端に座り込んでいた。動物の皮を敷き、糸を紡いでいる。

カナさんが話しかけ、糸の紡ぎ方を教えてもらう。

彼女は世界中の旅先で見つけた骨や石、植物でアクセサリーや染め物を作るハンドクラフト作家。世界中のさまざまな民族の知らない技法の織物などに興味があるとのこと。

ヤクや羊の毛を紡ぐ老婆たち(写真:筆者撮影)下に敷いているのは動物の皮(写真:筆者撮影)

「それ、ヤクの毛?」

「そうだと言ってます」

ヤクは寒さから身を守るため、分厚い皮を持ち、その体表はやわらかな内側の毛と外側の硬い毛の2層で覆われている。

チベットの人々は、その毛をより合わせて縄として用い、テントや、毛製品の材料にする。厳寒の高地で進化したヤクの体は、人々の防寒着としても最高の役割を果たす。

カナさんはスピティを回る行商から、ヤクの毛でできたマフラーを購入した。赤・黒・緑・紺の色鮮やかなチベットのデザインがとても美しい。

スピティを回る行商(写真:筆者撮影)ヤクの毛でできたマフラーを購入したカナさん(写真:筆者撮影)

生まれて初めて見る動物にまたもや遭遇

さらにぶらぶらしていると、軒先にかかる奇妙なハシゴを見つけた。

ヤクの皮と毛でできた黒い縄が螺旋状に巻かれたハシゴ(写真:筆者撮影)皮についた毛をそのまま使用している(写真:筆者撮影)『花嫁を探しに、世界一周の旅に出た(わたしの旅ブックス)』(産業編集センター)。書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

ハシゴのいたるところにヤクの皮と毛でできた黒い縄が螺旋状に巻かれている。

登る際の滑り止めとして使用しているようだ。

ハシゴに巻きつけられた黄色と黒の虎柄のデザインは、生まれて初めて見た造形で、少し不気味にも感じられた。

やはり、この村には物珍しいものがたくさんあるようだ。

さらに、何か新しいものを見つけるため、村の散策を続けると、またまた、これまでの人生で見たことのない動物の姿が目に入った。

 

*この記事の前半:TVマンが見た「絶滅危惧種と暮すチベット民族」驚く日常(前編)

*この記事の続き:TVマンが見た「絶滅危惧種と暮すチベット民族」驚く日常(後編)

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