「デジタル・デバイド」という言葉は、最近あまり目にしなくなった。ネット社会が進展する中で、IT環境にアクセスできない人たちが不利益を被るということだ。
総務省の情報通信白書によるとスマホの世帯普及率が90%近くとなり、さすがに「ガラケー」を使うお年寄りはあまり見かけなくなった。「デジタル・デバイド」という言葉は「死語」になりつつあるのか、と言いたいところだが、筆者が主として取材対象とする野球界では残念ながらこの言葉は生きている。
なぜなのかはわからないが、野球関係者は今も「ファクシミリ」が好きだ。プロ野球でも、ほんの数年前まで「取材依頼はファクシミリで」という球団があった。
いまどき、ファクシミリがある家庭は非常に少ないだろう。コピー機兼用の機器があるくらいだろうか?筆者も困り果てて近所のコンビニから送信したりした。
ファクシミリが現役で稼働する地方高野連
そして地方の高校野球連盟では、いまだに「ファクシミリで取材申請を」と言うところがあるのだ。
「取材申請」については、説明が必要だろう。プロ野球や高校野球では、新聞、テレビなど「運動記者クラブ」に所属しているメディアには、年間パスを発給するなどして、取材申請は特別の場合を除き必要ない。しかし雑誌やネットメディア、それに筆者などのフリーランスは取材のたびに「取材申請」がいる。
高校野球の場合、個別の学校に取材する場合でも「当該都道府県の高校野球連盟に取材申請を」という地方があるのだ。
その申請が「ファクシミリ」であるケースが、いまだに少なくない。ほとんどの地方高野連の連絡先は、連盟会長が勤務している学校であることが多い。そして電話兼用のファクシミリが、唯一の通信手段になるのだ。
あまりに「昭和」すぎる実態
「うちは申請書類はA4サイズに統一するように言ってるんだ」。ある地方の高野連の事務局長は、分厚いファイルを見せて、ちょっと自慢そうに言った。私は心の中で「昭和か」と思ったのだが。
別の地方の高野連は、最近、公式サイトから申請書をダウンロードして記入し、PDFで送信することになった。
これは素晴らしい進化だ、と思ったのだが、公式サイトのアドレスにアクセスすると「レンタルサーバーの使用期限が切れている」。スマホのほうからはアクセスできるが、PCのほうはそういう状態だったのだ。
画像はイメージ(写真:筆者撮影)そのことを電話で連絡したのだが「うちはそんなもの借りた覚えはない。悪いけど、君の言っていること、どういう意味なのか全然わからない。スマホからでも申請できたのなら、それでいいじゃないか」と言われてしまった。
またある地方高野連に電話をすると、事務の女性が出てきて「うちはネットとかできないから、広報窓口は、〇〇新聞運動部の〇〇さんにお願いしているんです。携帯番号を教えますから、そちらに連絡してください」と言われた。
連絡をすると件の記者は「ああ、わかりました」と慣れた感じでサクサク対応してくれた。仕事をするうえではありがたいが、メディアの窓口を他のメディアが担当するのは、どうなのか、と思った。例えば不祥事が起こったときに、その新聞社は客観的な取材、報道ができるのだろうか。
恐らく正式の窓口というわけではなく、スタッフ不足などで仮に代行しているのだろうが、この地方高野連の情報管理は大丈夫だろうか、と思う。
さらに高野連の幹部が入れ替わるとメディア対応が変わることもある。以前までと同様に「取材申請」をしようと連絡すると、事務の女性が「会長は今から出張するので、そんなことでいちいち連絡してこなくていい、と言ってます」と話した。広報業務という概念そのものがないのではないか、と思った。
行政や学校で「デジタル化」できていない部署
筆者は野球だけでなく、行政関連の仕事や、学校スポーツ全般の仕事もしてきたが、行政や学校には「デジタル化」ができていない部署や人が今もたくさん存在するという印象だ。
画像はイメージ(写真:筆者撮影)行政職員の中には、いわゆるフィーチャーフォン(ガラケー)をいまだに使っている人も結構いる。ファクシミリも健在だ。お年寄りのニーズに対応する必要があるからかもしれないが、だからといってスマホやメールが使えないでは困ると思うのだが。
またある公立校の運動部を取材したときに「あとで写真を送りますよ」と言われたのだが、送られてきたのは「MOディスク(magneto-optical disk)」だった。若い人はご存じないだろうが、20年くらい前、ハードディスクドライブが普及する前は、大容量のデータはMOディスクが主流だった時代があったのだ。筆者の家にもMOドライブがあったが、久しく使っていないうちにどこかにいってしまった。
分厚いMOディスクを手にして本当に困ってしまった。これが使えるオフィスは、ファクシミリ以上に少ないだろう。このときは、知り合いの出版社に頼み込んで処理してもらった。
大手出版社は、いまだにファクシミリ、MOドライブ、フロッピーディスクドライブを一通り稼働状態で置いているところが多い。ベテランの作家やライターなどで、頑なにこうしたメディア、通信手段を使う人がいるからだ。
画像はイメージ(写真:筆者撮影)こうして紹介していくと「デジタル化から取り残されたお年寄り」の話かと思うかもしれないが、地方高野連でアナログでレトロな対応をするのは、還暦過ぎの筆者などより若い人たちだ。働き盛りの世代のはずだが、デジタル関係にからっきし弱い人が結構いるのだ。
「あとでメールでデータをお送りしますよ」と言うと「あ、おれ、こういうの苦手なんだ」とキーボードを叩く手つきをする指導者もいる。こういう人でもスマホは持っているが、通信手段以外には使っていないのだろう。高野連の公式サイトを見ることもないだろうし、ネットメディアのスポーツニュースにも疎いのではないか。
一部の指導者が「取り残されている」
デジタル・デバイドによってメディア対応が滞るのも問題だが、一方で急速にデジタル化が進んでいる中で、一部の指導者が「知らないうちに取り残されている」のは、さらに深刻だろう。
今、中学、高校などアマチュア野球の世界では、野球の技術やスポーツマンシップ、トレーニング法、健康管理まで、さまざまな専門家がネットで情報発信している。専門家の中にはZoomなどを使ってウェブセミナーを開いたり、グループサロンなどで勉強会をするようになっている。
筆者もときどき参加するが、Zoomの講習会に参加する指導者は、決まって「意識高い系」の指導者だ。顔ぶれはどこでもだいたい決まってしまう。講師の中には「本当は、ここにいない先生方に聞いてほしいんですけどね」などと言う人もいる。
また、今は練習試合などもスマホの「一球速報アプリ」を使って、オンタイムでスコアをアップロードするようになっている。女子マネジャーなどがスコア記入の傍らでスマホから入力している。
一球速報アプリを入力する女子マネジャー(写真:筆者撮影)これによって、中学、高校の選手たちの投打守備の成績が、MLBやNPBと遜色ないレベルで公開されている。これを見れば、選手の長所、短所などが手に取るようにわかる。筆者は「これはすごい進化だ」と思うのだが、こうしたデータにアクセスしない、あるいはアクセスできない指導者もかなりいるのだ。
このアプリを利用すれば投手の「投球数」などの情報も簡単に把握できるのだが、そういうことができていない指導者も多い。
ネット経由で明らかになる不祥事
学生野球協会、日本高野連は、大学、高校野球部で不祥事が起これば、指導者や学校に処分を科して発表する。今の野球界の「不祥事」には、ほぼ間違いなく「ネット」が絡んでいる。暴力、喫煙、飲酒などの不祥事は、SNSにアップされた動画がきっかけで明らかになることが多い。しかし選手単独の不祥事などは、指導者がまったく知らないケースもある。
指導者が選手のSNSに日ごろから留意するとか、指導者が選手とグループLINEを作るとかして、ネット上でのコミュニケーションを密に取っていれば、こうした不祥事につながる「悪い空気」を事前に察知できる可能性もある。
事件が発覚すると、ネット環境に疎い指導者ほど「これからはスマホ持ち込み禁止」「LINEも一切するな」など、根本的な解決につながらない「臭いものにふた」的な策を指示することが少なくない。
画像はイメージ(写真:筆者撮影)本来こうした不祥事はコミュニケーション不足によって起こりがちなはずで、指導者はネットも駆使して選手の中に入っていくべきだと思うのだが。野球界のデジタル・デバイドは、進化の大きな妨げになっている印象だ。
リニューアルされた日本高野連の公式サイト
この春の甲子園のタイミングに合わせて、日本高野連の公式サイトが一新された。派手な演出はないが、高校野球の歴史や考え方などがきっちりと押さえられている。また最新のニュースも時系列で見ることができる。非常にわかりやすい。
特に「高校野球とは」は、高校野球の歴史について簡潔かつ的確に紹介している。関係者必読だろう。
金属バットを改定し、夏の甲子園の試合時間を大胆に変更するなど、日本高野連は今、積極的に改革に乗り出そうとしている。公式サイトのリニューアルは、まさにそれを象徴している。
地方高野連は日本高野連の傘下ではなく、それぞれ別個の団体だ。経済状況の苦しさもあって、ほとんどの公式サイトは旧態依然としている。しかし地方高野連もいつまでもデジタル・デバイドの状況を放置すべきではない。遅きに失した感もあるが、高校野球も本気で「情報化」すべきだ。
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