ホワイトチョコ、クッキー、アイスが細長いグラスに盛り付けられていくーー。
滑らかに手を動かすのはパティシェの和志さん。カウンター9席だけの小さな空間で、パフェが目の前で作られる光景は見ているだけで楽しい。生クリームと、仕上げにミントが添えられ、定番メニュー「シロ」の完成である。
「お待たせしました、シロです」と差し出してくれるのはホール担当の玄太さん。柔らかい笑顔と口調が印象的だ。
定番メニュー「シロ」(撮影:梅谷秀司)時刻は20時。満席の店内には、若い女性を中心に中年の男女もいるが、共通しているのは皆パフェを食べていること。黙々とスプーンを動かす人や、和志さんや玄太さんとおしゃべりをしながら食べる人もいる。初めて来たという緊張気味の人には、玄太さんが気さくに話しかける場面も。
不意にパトカーのサイレンが聞こえ、ここは歌舞伎町なのだと思い出す。パフェというかわいらしいイメージとは正反対の、お世辞にもキレイとは言えない雑居ビルの3階に、夜パフェ専門店「ロイトシロ」はある。恋人同士である和志さんと玄太さんが、2019年にオープンした店だ。
夜パフェとはディナーやお酒の後、あるいは一日の締めくくりにパフェを食べるというスタイル。そのため「〆パフェ」とも呼ばれている。北海道で誕生し、現在は全国的に広まっている。歌舞伎町にも数軒の夜パフェ専門店があるが、「ロイトシロ」が先駆けだ。
「パフェには季節のフルーツを使用しているんです。旬のものを味わってもらいたいので、2週間に一度メニューを変更していますね」
和志さんはパフェへのこだわりをそう話す。
幼少期からスイーツが好きで、2010年から2019年までパティシエとして勤務。パリにも1年間修行に行ったほどの本格派だ。歌舞伎町には少ない、夜中にスイーツが食べられるお店というだけで需要はあるが、あくまで「美味いお店」として選んでほしいんです、とプライドを覗かせる。そのために、技術や知識を駆使するのはもちろん、夜間ならではの客のニーズをパフェに反映させているという。
「ほかの店のパフェに比べて、ボリュームは小さめにしています。食事やお酒の後に来る方が多いので、美味しく食べきれるサイズにしているんです。重すぎず、甘すぎないように、さっぱりした材料を入れるようにもしています」
ご想像以上に美味しいですよ、と玄太さんも笑顔で言う。多いと週5回も通うほど、ロイトシロのパフェにほれ込んでいる人もいるという。店での過ごし方も、パフェをさくっと食べて帰る人や、お酒を飲みながらまったり過ごす人などさまざまだ。
2016年に恋人同士となり、現在に至るまで仲良くお店を切り盛りする玄太さん(左)と和志さん(撮影:梅谷秀司)和志さんと玄太さんは2016年にイベントで出会い、すぐに恋人同士になり、同棲を始めた。カップルダンサーとして歌舞伎町を中心に活動しつつ、将来を見据えたときに、「終電を逃した後でも、みんなが集まって笑顔になれる場所をこの街につくりたい」と考えるように。パティシエという和志さんのキャリアを活かせて、当時の歌舞伎町にまだない、けれど流行しつつあった夜パフェ専門店を開くことを決めた。
2019年4月にクラウドファンディングを実施すると、目標の200万円を上回る237万円超が集まった。資金調達だけでなく宣伝効果にもなったそうで、2019年6月のオープン後は予想以上に人が訪れ、多忙のあまりうれしい悲鳴を上げる日々だったという。
飲食店は一般的に、1階の路面店のほうが集客面で有利とされる。ロイトシロがあるのはビルの3階で、かつ、立地は歌舞伎町のなかでもかなりディープなエリアに位置している。だがその場所にしたのは、「酔っ払いがふらっと入ってきても困るし、行きづらいくらいの場所がよかった」と、あえての選択だったことを二人は明かす。
そのように来店ハードルを上げても、ロイトシロはたちまち繁盛店となったのだ。店内には、常連客から贈られたという2人の似顔絵が飾られているなど、ただ人気があるだけでなく、愛されていることも伺える。
和志「歌舞伎町だけど治安はいいよね。お客さんに迷惑がかからないよう、酔っぱらっている人はお帰りいただいていますし」
玄太「たまに男性客が女の子に近づこうとすると、『話しかけるんだったらお酒でもおごったら?』って、やんわりと間に入ったりしますね」
玄太さん(撮影:梅谷秀司)和志「女性客が多いので、緊張するっていう男性も多いですけど、おじさんが一人でいらっしゃったりもしますよ」
玄太「若い女の子が自分のことを気にしてるって思っちゃダメです。おじさんは匂いだけ気にしておけば大丈夫(笑)」
軽妙な掛け合いで、和志さんと玄太さんはお店について説明する。だが、今でこそ順調だが、開店から1年も経たないうちに、新型コロナという未曽有の事態に直面した。「こんなにも簡単にお客さんっていなくなるんだな、って」と、二人は当時の心境を明かす。
コロナでも閉店は一切考えなかった
時短営業やお酒の提供自粛の要請、激減する客数や売り上げ、先が見えない不安、申請してもなかなか振り込まれない助成金など、マイナス材料ばかり積み重なっていったが、お店を閉業するという考えはまったくなかった。
和志「お客さんが少なくはなったんですけど、(通常営業での再開を)楽しみに待ってくださる方もいたので、辞めるっていう考えはなかったですね」
玄太「夜遅くはお店に来にくかったけれど、コロナ禍で時短営業になって、営業時間も早まったので、逆に来られるようになった方もいました。それで今も来られている人もいます」
和志「一周年のときも、運よく時短営業の影響がなかったりとか、何とかなっていたので、気持ちも保たれてたのかもしれないですけどね」
2人の関係性が、コロナ禍でも変わらず、平和で穏やかだったのも支えになっていたのかもしれない。当時はステイホームを余儀なくされ、家族やパートナーなど同居人と暮らす人は、顔を合わせる時間が長くなった。苛立ちや不安をつい相手にぶつけてしまい、関係性が悪化したケースも少なくない、という報道が散見されていた。
だが和志さんと玄太さんはどこ吹く風。「コロナが終わったらどこに旅行に行こうか?」と話すなど前向きだった。一緒にコロナに罹患もしたが、幸い無症状だったため、家でのんびり過ごしながら療養した。
写真左から和志さん、玄太さん(撮影:梅谷秀司)コロナ前も、休日は基本的に一緒に過ごしていたという二人。お店の営業時間も含めると、ほぼ24時間一緒にいることになるが、ケンカはほぼないという。その理由は、価値観が同じだからだと和志さんは話す。
和志「性格は反対だけど、価値観が合ってるんだと思います。マナーというか、道徳的なものが。人として、みたいな。飲食店での店員さんへの態度とか、ごちそう様ですをちゃんと言ったか、とか」
玄太「えっ、そうなの?」
和志「違う?」
玄太「うーん、何でしょうね」
和志「わからないのに否定するんだ(笑)」
数年が経ち、ウイルス騒動がほぼ終息した現在。人々の生活や行動も、飲食店の営業も、以前に戻っている。ロイトシロも、かつてのようににぎわいを取り戻している。改めて、「みんなが集まって笑顔になれる場所」の大切さを、2人はエピソードを交えながら語る。
玄太「お父さんやお母さんを連れてきてくださる方がめっちゃ多いんです。ご家族に紹介したいお店だと思ってもらえたのはうれしいですね。妊婦さんが来られて、しばらく経って、お子さんと一緒に来てくれたこともありました」
和志「高校生のころから来ていた子に、『就職したんです』って言われたのもすごくうれしかった。勝手に成長を見守っていますね」
お客さんのなかには、コミュニケーションが苦手だったり、職場や学校に馴染めていなかったりと、人間関係に悩みを抱えている人も少なくないのだと和志さん。けれど、ロイトシロに来ると生き生きとし、周囲の人たちと楽しそうに話したり、友達ができたりする人もいるという。
営業時間は通常は夜間だが、日曜のみ昼営業をしている。その理由は、昼にしか来られない人もいるから。居場所として必要としてくれる人に、できるだけ開放したい思いがあるのだ。「昼営業の売り上げはあまり良くないんですけど、止めたくない。ずっとやっていきたいんです」と和志さんは言葉に力を込めた。
(撮影:梅谷秀司)ロイトシロという店名は、『タンタンタンゴはパパふたり』という絵本に登場する、同性のペンギンのカップル「ロイ」と「シロ」が由来だ。ペンギンたちを、同じく同性のカップルである自分たちと重ねたのだった。
人気店ゆえに、ロイトシロはたくさん取材も受けており、「ゲイカップルが営む夜パフェ専門店」という風に紹介されることも少なくない。人によっては、ことさら「ゲイカップル」と強調されるのを好まない場合もあるだろうが、2人はあまり気にしていないようだ。
和志「嫌だという思いはないですね、事実だもん。隠しているわけでも、売り出しているわけでもないし」
玄太「ほかに面白い情報ないし。何でもいいよね」
和志「同性愛カップルが一緒にビジネスをする場合、こういうモデルケースもあるよっていうのを、世に示せてるのならいいかなって思いますね」
玄太「でも、ゲイのことを嫌いな人が、私たちのことを知らないでパフェを食べて、『美味いじゃん!』ってなったら、ざまーみろって思うかも(笑)」
2人が同性カップルであることを知ると、「どうして歌舞伎町でお店を? 新宿二丁目じゃないの?」と聞かれることも少なくないという。理由は、「本当の意味での多様性」を実現したかったから。性自認も性的思考も年齢も国籍も職業も経歴も考え方も、あらゆる人たちが集まってこそ、本当の意味で多様性。「いろいろな方が来てくれるのがいいんじゃないかな」という思いで、東京の縮図である歌舞伎町を選んだのだった。
2人は個性的な髪型をし、玄太さんはタトゥーやピアスやスプリットタン(先が二つに割れている舌)など人体改造を愛好し、和志さんはポールダンスに打ち込んでいる。いわゆる、メジャーと括られることが多くない趣味趣向や活動を堂々と実践し、好きだと公言することで、同じような立場の人々に勇気も与えているのだ。
(撮影:梅谷秀司)今後、ロイトシロをどのようなお店にしていきたいか聞いてみた。
和志「ようやくコロナが落ち着いて、イベントとのコラボや、企画の案件をいただくようになったので、そういうのに力を入れていきたいです。歌舞伎町だけにとどまっていたので、もっと多くの人に周知してもらいたい。メディア露出もどんどんできたらと思います」
玄太「わかんない。まあ、お店が末永く続いたらいいですね」
和志「今は2人で回せる規模でね。もうちょっと人がたくさん来てくれたら、何か考えたいです」
2人の今後についてはどうなのだろうか。日本では同性婚は認められないが、ずっとパートナーでいようという、いわゆるプロポーズ的な意思表示はあったのか?
2人「ないです(笑)」
玄太「現状では結婚できないし。結婚ができるようになったら、したいなぁと思うときはありますけどね」
和志「現状維持でいいんじゃないかなと思ってます」
欲があるようで、ないようでもある。2人は似ているようで、似ていないようでもある。常にマイペースかつ本音で生きる2人が営むお店も、2人の関係性も、きっとこれからも平和かつ穏やかに続いていくのではないかと感じた。
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