畝の周りの草はそのまま。土を耕し種をまく学生たち=東京都町田市で

 恵泉女学園大(東京都多摩市)は、1年を通し有機農法で野菜を育てる「生活園芸Ⅰ」を全学生の必修科目にしている。開始から今年で30年。虫に悲鳴を上げ、くわを振り、種をまきながら、学生たちは何を学んでいるのだろう。2回で報告する。(鈴木久美子)  学内にあるチャペルの横の小道を通って、長靴姿の学生たちが「教育農場」へと歩いて行く。9月末、生活園芸Ⅰの秋学期初回の授業に14人が参加した。  農場まで徒歩5分、隣の町田市の雑木林に囲まれた谷戸70アール。ツーピクと鳥の鳴き声が響き、トンボやバッタが飛び交う。  「土に返る素材をマルチにして畑を覆ってありますから、まず、それを通路にどかしてください」と、担当する菊地牧恵助教(57)が伝える。マルチとは草よけに畑に敷くもので、一般的には黒いビニール製をよく見かける。だが、この農場では竹チップや草、剪定(せんてい)した枝などを使う。  こうした有機物が増えれば、土にはそれを食べる生き物がすみ、有機物は分解されて植物の栄養になる。畝の周囲は草を刈っていないので虫がすみ、実った野菜をえさにする他の虫を食べてくれる。畑の土は黒くフカフカだった。  2人一組で60センチ×150センチの畑を受け持つ。牛ふんと鶏ふん、米ぬかを混ぜた肥料をバケツで運んで土にまき、くわで耕し水をまく。冬野菜のハクサイの苗を植え、ダイコンの種をまき、土をかぶせ、乾かないようにぎゅっと押さえた。  学生の大半が野菜作りは未経験。初めは面倒くさそうにしていても、畑に来ると案外、活動的だという。聞いてみると、「土いじりは楽しい。季節によって出てくる虫は違うし、野菜もおいしい。お店で売っているのとはサイズが違う」「台風や温暖化で、せっかく育てた野菜が収穫できなくなるニュースに悲しくなる」などと話す。「虫は怖いが、自分で耕すのは楽しい」と言う中国・上海からの留学生が道具の片付け場所に迷っていると、周りの学生が教えてあげていた。  生活園芸は1988年に始め、学園創立時の理念に基づく必修3科目の聖書、国際、園芸の一つだ。  有機農法に切り替えたのは6年後の94年。当初は収穫量が激減したが、苦心しながら5年ほどで軌道に乗せた。週に1回、90分の授業で、夏休みなど長い休みには手を入れない。その条件下でできるプログラムが定着している。  「化学肥料や農薬を使わないという環境への配慮が、有機農法を始めた理由でした」。ゼロから授業を作りあげた澤登早苗同大名誉教授(65)は振り返り、「ところが学生からは、それ以上のことを教えられた」と言う。  「虫を害虫か益虫かで分けるのではなく、いろんな虫がそこにいることによって害虫化しないというのが有機農業の考えです。多様なものとの共生が基本で、いのちの循環がある。学生はそれを見ていました」  収穫した野菜は各自が持ち帰る。家族との会話が増えたという学生もいた。「人を育てる力もあるんです」  授業中、畑で1人の学生が、はい出てきたミミズに土をかけ、やさしく土中に戻した。微生物も草も虫も極力排除せず、互いの関わり合いの中で食べ物を育む。そういう経験を学生たちはしていた。     ◇   少子化の影響で同大学は今年、学生募集を停止した。教育農場の取り組みは、どうなるのか。

<恵泉女学園大> 1929年にキリスト者、河井道(1877~1953年)が創立した恵泉女学園を源流に、88年開学。人間社会、人文の2学部4学科がある。学生数は478人(5月1日現在)。



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